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episode35 運命の瞬間が訪れた件

【前回のあらすじ】

全国大会の決勝戦にて、岩佐宏美と柴崎楓の一騎打ちとなった件

 視界の端に、二番目に射手をした選手が崩れ落ちるのが目に入る。

 選手名や結果が掲示された電光掲示板に目を向けると、その選手の順位が確定し、名前の横に順位が刻まれた。


【三年 古永恵 ○○× 三位】


 彼女にとっての三年間が終わりを告げる。

 崩れ落ちた彼女はしばらくうずくまっていたが、ほかの選手に支えられて立ち上がり退場する。


 自分の一手によって何十人、何百人もの選手を敗退へと導いた。

 勝者もいれば敗者もいるが、優勝を勝者とするならば、全国各地に無数の敗者がいる。

 勝ち残れる人はたったの一人。


 たとえば戦争における勝者と敗者では、敗者は少なからず、勝者に対して恨みを覚えるだろう。

 戦争に負けたことによって失われるものは多く、縁のある人の命さえ奪われてしまうから。


 けれど、スポーツは違う。


 勝ったからといって敗者から奪うものは、順位と試合の回数くらい。

 敗北したからには、本番で緊張して力を発揮できなかったとか、努力が、才能が足りなかったからと、敗者なりの理由がある。

 勝者へ送られる思いは、恨みや嫉妬ではなく、尊敬と称賛が正しい。


 だからあたしは、自分の一本が何千、何万人もの敗者を確定させたとしても、それに振り回されることはない。

 今までずっと、そうだったから。


 心の中でもう一度その気持ちを確かめる。

 胸に手を当てて心を整え、目を開く。


 目線の先はすぐ近く数メートル。

 この日初めて岩佐と視線が交わる。

 そして数秒間ではあったが、言葉にならない声のやり取りをする。




「正真正銘の」


「一番を決めよう」




 そして時間となり、岩佐が定位置へと移動をする。

 あたしはその後ろに数メートル間隔を空けて立つ。


 弓道において先攻と後攻、どちらが良いかと聞かれると、あたしにとっては先攻が一番好きだ。

 何故なら、先に的を射ることができれば、少なくとも負けることはないからだ。


 それに、一年生の時に優勝して理解した、自分は一番だという自信。


 それがあるからこそ、自分が先に矢を的に当てることで、後手の選手に強烈なプレッシャーを与えることができる。


 一年生の時と二年生の時。

 たまたまではあったものの、順番は一番だった。


 目の前で岩佐が四本目を決めるのを目撃する。

 小さく息を吐いて視界から彼女がいなくなる。


 後手、というのが、この全国大会においては初めての経験だった。

 先に決められるプレッシャー。

 それを肌でひしひしと感じる。


 これを外したら終わり。逆に言えばこれを決めたら継続。

 じゃんけんのように当たり前のことを、心の中で実感する。


 けれど、そんなことは関係ない。

 自分の才能、自分の努力。それを信じているからこそ、自分を信じられる。




 ヒュンッ




 矢の行く末に迷いはなく、ど真ん中へと的中する。


 再び歓声の上がる中、今までにはなかった声を聞いた。


「柴崎さーん頑張って!」


「柴崎先輩ファイトです!」


 声の主は近くの観客席から。

 見上げると、顔を真っ赤にしながら応援してくれる部員達がそこにはいた。


 雑音、もしくは空気としか思えなかった声に、ほのかな温かさがこもる。

 この世界は捉え方次第だと、改めて実感する。


 あたしは部員達に言葉は告げず、代わりに微笑みを向けて再度、五本目の戦場へとおもむいた。





***





 ドスン




 大きな音を響かせて、九本目の矢が的に刺さる。

 観客からは、この日一番の歓声が響いた。 


 五大会ぶりとなる、決勝における九本目にもつれこんだ試合。

 的は三分の二まで縮小したものの、岩佐に続き、あたしも的にぶれることなく矢を刺した。


 一本一本が神経を削る。

 あたしにとっても九本目は初めての経験だった。

 二十四センチの的は練習でも常時行っているが、全国大会の決勝戦ともなると、若干の緊張を感じる。


 このまま永遠に終わらないのでは。


 会場の空気が、そして何よりもあたし自身がそう思っていたその時、




 ガツッ




 岩佐の矢は的より数センチ右側へとぶつかり、音を立てて地面へと落下した。


 ここにきて、初めて均衡が崩れた。


 思わず岩佐に目線を向けると、

 信じられない、

 と言わんばかりの目で的を見つめ、呆然としていた。


 彼女の所作に崩れは見られなかった。

 普通の人ならそう思うだろう。

 けれど間近に見ていたあたしにははっきりと見えていた。


 矢を放つ瞬間。

 弓を持つ手が一瞬だけ、震えたことを。


 何が理由かは分からない。

 分かっているのは、ここであたしが的を射ることができれば、勝敗が確定するということ。


 数十秒後には勝負が決まっているかもしれない。

 唖然としながら無言で定位置から外れる彼女に続き、あたしは最後になるかもしれない場所へと足を置いた。


 小さな的を見つめながら、息を整える。これを決めればすべてが終わる。

 明日からは受験勉強の日々になる。


 強豪校からの推薦は既に難航かあったものの、あたしはそれを蹴った。

 市内で一番頭が良い学校ではなかったからだ。


 弓道はどこでだってできる。

 偏差値の一番高い高校は、決して弓道が強いところではなかったが、勉強をおろそかにしたくはない。


 後手で決められる時が来たことによる邪念を心の中で打ち消す。

 そんなこと、今でなくとも悩むことはできる。


 今はこの一本。

 最高の一本を決めて、勝負に挑んできた岩佐へとはなむけとしよう。


 弓矢を持つ手を掲げて、ゆっくりと弓を引く。

 ギリギリギリと引き絞られる弦の音が聞こえるほどの静寂。


 いつもの定位置に辿り着き、全身の筋肉を硬直させる。

 矢に振動を与えず、時が来るのを待つ。


 そして、すぐにやってくるその時。


 今放たなければいつ放つ。


 その瞬間にあたしは矢を握りしめる右手を離した。





――岩佐にとって、人生最後の弓道はこれでいいの?





 パシュン――ガッ





 あたしは人生で初めて、大会において矢を外したのだった。


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