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episode3 世界を変える選択肢を与えられた件

【前回のあらすじ】

走れメロスは素晴らしい件

「夢の侵食は終わったはずじゃ……」


 世界がぐるりと反転したかのような気分。

 恐怖と勇気が入り混じった感情が甦る。

 抹茶を大量に飲んだ後の胸やけのような感覚が起きる。


 念のため頬をつねる。

 夢の中で感じる鈍い痛みではなく、正常な肉の痛み。

 少なくとも今、夢世界にいる訳ではなさそう。


 男は不敵な笑みを浮かべている。

 壊れたはずのサングラスは修復されたのか、いや、あれは夢の中での話だ。

 サングラスが完全体をなしていても、何もおかしくない。


「夢の侵食、それも懐かしい響きだ。そうか、光君にとってはあれから二年が経っているんだったな」


 何か違和感のある言い方だったが、今はそのことはどうでもいい。


「なぜあんたがここにいる?」


 聞きたいことは山ほどある。

 夢世界とは結局何だったのか。

 夢の侵食はどうやって起こしていたのか。

 挙げればキリがない。



「何故と言われると、君に会いに来たんだよ」


「男にそんなことを言われても嬉しくない。ましてあんたとなればなおさらだ」


「随分と嫌われたものだ」


「マグマに落としたり人の足を容赦なく刺すような男を好む人間がこの世のどこにいる」


「どうせ夢なのだから、それくらいは酔狂よ」

 


 男の狂った思考は二年経っても変わっていないようだ。

 どうせ何を言ってもまともに話が通じないだろうし、早々に用を済ませて帰ってもらうことにしよう。


「俺に会って、今度は何が目的なんだ?」


「目的か。そうだな、君にとっておきの提案をしようと思ってね」


 男はそう言うと、懐から小さな黒色の箱を取り出した。

 蓋を開け、左手に載せたその中身を俺に見せて

くる。

 顔を覗かしたのは、真っ赤なスイッチだった。


「これをどうしろと?」


 どう考えてもまともなことが起きそうな気がしない、禍々しいスイッチ。

 ポチッとなと押したら、おしおきだべーと空からミサイルでも落ちてくるかもしれない。


 小さな箱を取り出してパカリと開ける動作は、プロポーズのそれに近かった。

 気持ち悪さに鳥肌が立つ。


 だが、男が次に言った言葉は、俺が全く想像もしていなかったことだった。




「光君、自分の世界を変えたいと思わないか?」




「世界を……変えたい?」


 三年前、夢葉に世界を救ってほしいと頼まれた。

 それが今度は二年後、黒幕なる人物から世界を変えたいかと言われるとは。

 世界はこんなにも、小さなものだったのだろうか。


 だが、男は気になることを言っていた。

 変える対象は自分の世界だと。

 その言葉の意味が全く持って不明だった。


「今度は異世界転生の実験でもしようと言うのか?」


「異世界転生、そんな現実味のないことを私ができるはずなかろう。だが、あながち間違いではない」


「異世界転生じゃないなら、何をするつもりだ?」


「光君、君は今、人生を楽しんでいるか?」


 人生、と言われ口を噤む。

 楽しい人生、高校二年生が悩むようなことではないが、あるなら教えてほしいくらいだ。


「俺の人生が楽しいものじゃなかったとして、あんたは何かをしてくれるというのか? また夢の侵食を起こすつもりか?」


 そう言って、俺は自分の発言に後悔する。

 これは悪い癖だ。

 何も根拠がないのに、すぐに人に期待しようとしてしまう。


 期待は幻想だ。

 しない方がいい。

 期待という空虚な妄想を人に抱く愚かさを俺は知っている。

 期待と書いて願望の押し付けと読む。


 勝手に期待して、勝手に失望して。

 そんな愚かな行動を、俺は二度と取らないと決めたのだ。


「そんな顔をしなくても、夢の侵食はもうしないさ。あれはあくまで実験の一部に過ぎない」


 鏡を見なくても想像がつく自分の表情。

 男は俺が夢の侵食のことを思い出していると勘違いしているのだろう。


「君に、二つ選択肢を与えよう」


 男は右手の人差し指と中指を立てて言った。


「一つ。君は私がこれから言う選択肢を無視して家に帰る。そして、何も変わらないつまらない日常を再び過ごし始める」


 癪に障る言い方だったが、何も言い返せない。

 自分の今後を考えても、何か面白くなる未来が全く見えなかったから。


「そして二つ。君は『チェンジザワールド』と叫び、ここにあるスイッチを押し、世界を変える」


 二つ目の選択肢、それを男は淡々と述べた。

 いや待ておかしいでしょ。


「何その必殺技叫ぶみたいな選択肢は」


 ノベルゲームの第三の選択肢として用意されてるいわばネタ選択肢のようなものを平然と突き付けてきた。

 ギャルゲーの恋愛パートでプールからサメが襲ってくる、みたいな。


「君はヒーローに憧れを抱いていただろう? どうだ、君の夢を叶えさせてあげよう」


「どうして俺の昔の夢を……じゃなくて、そんな夢を叶えるために世界を変えようとはこれっぽっちも思わないのだが」


「冗談だ。だが、チェンジザワールドと叫ぶのは真面目な話だ。スイッチを押すのとセットで世界が変わるからな」


「余計なことを……。というか、そろそろ世界を変えるとか俺に会いに来た理由とか、ちゃんと話してくれませんかね」


 イライラが募り、右手で頭をガシガシと掻く。

 何もない放課後をよもや黒幕の男と過ごす趣味は俺にはない。

 夢世界では神的存在であったが、現実世界では何ということはない。

 早々に立ち去りたいが、男が平然と自分の前に現れた理由については解明しておかないと、もどかしくて夜気持ちよく寝られない。


 相変わらず男の表情は変わらない。

 考えていることがさっぱり分からない。

 俺は男の言葉を待つ。


「簡単に言えば、君の願いを一つ叶えてあげよう、ということだ。お金持ちになりたい、高級料理を食べたい、沢山げーむを買いたい、何でもいい。

 心の底から思う願いを一つ、私が容易く実現してみせよう」


「世界を滅ぼそうとした人が何を今更。罪滅ぼしにでも目覚めたのか?」


「罪滅ぼし? 私は科学者だ。技術の進歩のためなら犠牲を厭わないさ」


 そうだ、男は常人の思想からかけ離れた思考の持ち主だったのを忘れていた。

 マッドサイエンティスト。

 まともに話をしようとするのが間違い。

 なら、喋りたいことを喋らせておけばいい。




「夢を叶えるなら、どんな対価を払えばいいんだ?」


「そうだな、強いて言えばスイッチを押して世界を変えるという私の実験に付き合ってくれればいい。

 ただそれだけだ」


「それで、何故それを俺に?」


「君とは夢の中で世話になった仲だ。是非この余興に誘いたいと思って。それに、私の力を知っている者の方が、信じてもらえやすいからな」


「生憎だが、俺はあんたと仲良くなった覚えがないし、距離感で言えば知人の知人の知人の知人くらいだ」


「まあ、好かれるようなことはしていないから当然か。じゃあ是非ともこのスイッチを押してもらいたいものだ」


「スイッチを押したら、どうなるんだ?」


「世界が変わる」


「それ以上のことは言えないのか?」


「そこから先は押してからのお楽しみとしよう」


「夢の侵食みたいに危険なことにはならないか?」


「勿論だ。今回私は君た……君の敵ではなく、味方でしかない。変わった後の世界で君が死ぬような目には遭わないと保証する」


「本当に、俺の願いを叶えるのが目的なんだな?」


「そうだ。君の願いを叶えることで、私の実験が成功するという目的が果たされる」




 俺は男が引き起こした夢の侵食を間近で見た者。

 男の科学者としての能力は申し分ないことを知っている。

 だから俺の質問にも、迷いなくすべて答えている。


 どう願いを叶えるかは知らないが、恐らく男の言うことに間違いはないのだろう。

 今回は命の保証もしてくれるらしい。


 馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまえばそれまでだ。

 男も無理に引き留めようとはしないだろう。




 ――だが、本当にそれでいいのだろうか。 




 家に帰って俺は何がしたい? 

 水無瀬がいなくなった今、俺の生きる目的など、何一つとして見つかっていない。

 帰っても待つのは退屈な春休み。


 それならいっそ、男の実験に付き合うのはどうだろうか。

 危険な人物であることには変わりないが、男の言う願いを絶対に叶える、というのがとても気にかかる。


 しばしの熟考。

 顎に手を当てて空を見上げ考える。


 その上で俺は答えを出す。


「今すぐに決めないといけないか?」


「いや、世界を変える選択だ。一晩くらい考える時間を与えよう。だが、一晩だけだ。明日の十七時。その時にこの場所に来て答えを教えてほしい。十七時を一分でも過ぎると、この話はなかったこととする」


「分かった。なら今日は帰る」


 この男と長時間一緒にいるとその思考が脳内に流れ込むような気がする。

 そんな状態で判断を下しても、悪い結果になるのは見え透いている。

 宿題は家でやるもの。

 早々に課題を持ち帰ろう。



 男の真横を通り、俺はこの場所から離れる。

 その時、夢世界では感じなかった男の体から発する匂いが鼻を突く。

 男の匂いを嗅ぐ趣味など持ち合わせていないが、何故かその匂いが気になった。




「どんな形でもいい。君は、世界を変えるべき存在だ」




 振り返った先には、もう男の姿はなかった。


 そこにはまるで最初から誰もいなかったかのように、冬の終わりを告げる風が新緑の葉と共に舞った。

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