episode29 希望を手にした件
【前回のあらすじ】
バクの正体はレア。御影光はレアから夢世界崩壊の最終手段を授かった件
激しい痛みと共に、意識が元の夢世界へと舞い戻る。
それと共に、再度夢から覚まさせる頭痛が襲い掛かってきた。
「どうした光君、抵抗はもうやめたのかい?」
剣を足に突き立てながら男は醜い顔を浮かべながら言う。
ぐりぐりと剣を動かし、足の骨まで痛みつける。
どうやらレアと会ったのは一瞬のことだったようだ。
確かに痛い。
これが現実であれば完全に意識は途絶えてしまっているのかもしれない。
けれど、今の自分は希望にあふれていた。
そのためか、頭痛も足の痛みも、さっきまでよりは痛く感じなくなっていた。
正面にいる男の顔を睨みつける。
「どうしたんだいその目は。この状況下に置かれても、まだやるつもりなのかい?」
男が自分を挑発してくる。
けれど、耳にはその言葉は全く入らない。
「夢は……」
「夢がどうしたんだい?」
「夢は、宇宙じゃなくて、地球なんだよね」
「は?」
それは、かつて男が口にした言葉。
死を目前に絶望する僕に対し、つい零してしまった言葉だった。
言うなれば、男の油断、だったのだろう。
僕は頭痛のする頭を軽く押さえながら、全神経を集中させて、一言言った。
「剣よ、消えろ」
「何をわけわからないことを……な!」
男の握る剣が瞬時に消える。
男は思わず自分の手を開いたり閉じたりして手の平を見つめる。
そして、恐る恐る僕を見た。
「何を、したんだ?」
「星矢の傷と僕の傷が治り、そして二人が目を覚ます」
「嘘だろ、どうしてそうなる!」
言った途端に二人の傷は癒え、柴崎と星矢は目を開けた。
星矢と柴崎は自分の身に何が起こったのか分からず、戸惑いの視線を自分に向けた。
夢は宇宙じゃなくて地球。
つまり、宇宙の中で構成されている、一つの惑星に過ぎない。
僕は今まで、その言葉の意味を全く理解していなかった。
けれども、レアに切り札を教えてもらった今、その意味を理解した。
今まで夢の存在は、男が掌握しているいわば宇宙のようなものだと思っていた。
しかしそれは違い、男にとって夢は地球のようなもの、つまり主導権は男に完全に渡ってはいない。
何故なら、この夢を見ているのは僕自身。
つまり、僕こそが、宇宙に当たる存在。
――だから、僕は夢世界を操ることができる。
男は僕の表情を見て、目を大きく見開いたまま空中へ移動し距離を空ける。
「動くな!」
「ぐ、なんだこれは! 体がいうことを聞かないだと!?」
その怒鳴り声だけで、男は縛られたように動かなくなる。
顔の表情が、必死にもがこうとしているのを物語っていた。
「ぐっ……!」
しかし僕もただではいられない。
夢から覚めさせようとする頭痛が収まることは無く、必死に抵抗を重ねる。
「大丈夫か、ライト!」
「まだ大丈夫。星矢こそ大丈夫?」
「何のこれしき。ライトより前に弱音を上げる訳にはいかない」
そう言いつつも、額や首筋から滝のような汗を噴き出していた。
「それより、星矢の姫様を」
「任せろ」
地面に這いつくばりながら頭を押さえる柴崎に対し、助けるように星矢に頼む。
彼は素直に応じて、柴崎に肩を貸す。
「……ありがとう」
「姫君のためなら、これくらい」
「何言ってんのよ、中二病のくせに」
そう言いながら、背けた顔はほんのり赤く染まっている。
けれど、いつまでもそんな二人を見守っている訳にはいかない。
僕は再び男の方を見た。
「黒幕、これで形勢逆転だね」
「ふざけるな! 一体何が起きればこんなことになる。どういう原理を使ったんだ!」
少し前までの涼し気な笑顔はそこになく、焦りと怒りの混じる顔で男は怒鳴った。
ジワジワと迫りくる痛みに耐えながら言う。
「今この瞬間から、この夢世界の支配者は僕になった。ただ、それだけのことだよ」
「そ、そんなこと有り得ない。私が何十年もかけて導き出した解が、そんな簡単に分かるはずないだろ」
「まあ、僕が見つけたわけじゃないけどね。あの子のおかげで、今の僕はあるんだから」
何を言っているのか分からない、という表情をしながら、男は深い縦皺をその眉間に刻み込む。
「それに、教えてもあなたには絶対に分からない。だってこれは、僕が見ている夢だから」
と言いつつも、男は勿論そのことを知っているに決まっている。
今こうして動揺しているのも、おそらく演技であろう。
そうでなければ、男がヒントとなるような言葉を口にすることすらできないはずだ。
なら、男はこの結末まで予想していたのだろうか。
夢の侵食を起こして、僕が世界を崩壊させる、そこまでのシナリオを。
だとすれば、本当の目的は一体……。
けれど、今はその考えを振り払う。
夢世界の終焉は近い。
崩壊した後は、目の前の男とはもう会うことはないだろう。
だから、考えてもしょうがない。
そう思いながら、勝負を決する右手を上げる。
親指と中指を合わせ掲げた手。
それを見て、僕が何をしようとしているのか悟ったのか、男は動揺してサングラスを地面に落とす。
「やめろ……」
「最後は正義が勝つ。どれだけあなたが天才であろうとも、奇跡には勝つことができない」
「私の野望は、こんなところで終わる訳には……」
「夢はいつか、覚めるんだ。それは、あんたも同じ」
「やめろー!」
「黒幕! この夢世界から、消え失せろー!」
パチンと、指を鳴らす。
その瞬間、断末魔すら上げることなく、男の姿は完全にこの夢世界から消え去った。
「ふぅ……」
緊張の糸が途切れ、倒れそうになる体。
けれど足に力を入れて踏ん張る。
「御影、本当に倒したの?」
「うん、これでもう、あいつは現れない」
「世界は、救済されたのか」
「そうだよ、あとはこの世界を壊すだけ。もうこれで、夢の侵食は終わり」
黒幕は倒した。
そして、夢の侵食はもう自分が最後に願うだけで達成できる。
そんなあと一歩の状態まで来ることができた。
けれど、何故か喜びの気持ちが込み上がってこなかった。
「そう。じゃあもう、この夢を見ることは無いのよね」
柴崎は節目がちだった目を上げ、星矢の顔を見る。
「ああ、その通りだ」
それはつまり、自分たちが同じ世界で干渉することがなくなるということ。
特に志熊星矢は、現実では遠く離れた場所に住んでいる。
だから夢から覚めてしまえば、もう二度と会えないのかもしれないのだ。
「姫君、いや、柴崎楓」
「な、何?」
悲壮感が漂う中、星矢は柴崎に言う。
「オレは絶対に、柴崎楓のことを忘れない。夢から覚めてもだ。だから、オレのことも覚えていてほしい。いつか、絶対に会いに行く」
それは、ほとんど告白のようなものであった。
始まりは一方的な想いであった恋心。
その恋心は苦難を乗り越えて、一つに繋がる。
「あ、あたしも絶対忘れない。あんたに助けられた時、本当に嬉しかった。あの男と戦うあんたの姿は、今なら言えるけれど、カッコよかったわ」
見つめ合う二人。
だけど、そこから踏み出すことは無い。
踏み出してしまえば、別れが尚更強くなる。
「ライト!」
二人だけの雰囲気を邪魔してはいけないと思い空を見上げていた僕であったが、不意にあだ名を呼ばれて振り向く。
そこには白い歯を向けて笑い、親指を立てる星矢と、同じく親指を立てる柴崎の姿があった。
「オレたちは先に行く。今までのこと、感謝する。夢から覚めても、友であることは変わらない。
後は、任せたぞ!」
「あ、あたしも! どうやったのかは分からないけど、あんたがいたおかげで現実に戻ることができる。ありがとう!」
「二人共……。僕からもありがとう! 二人と出会えて本当によかったよ。元気で!」
「ちゃんとあの子に、想いを伝えなさいよ!」
柴崎の言葉に、思わずフッと笑ってしまった。
門出の祝いとして、二人に向けて笑顔で親指を立てた。
その後すぐ、二人の姿は消えた。
黒幕が消え、星矢が消え、柴崎が消え。
今この場所にいるのは、僕一人だけだった。
押さえていた涙が一筋、地面に零れ落ちる。
「……そろそろ終わらせるか」
その涙を片手で拭い、僕は空を見上げた。
頭の痛みは先程から悪化する様子を見せて終わらず、一定の痛みを保っている。
まだ少しだけ余裕がありそうだった。
けれど、いつ悪化するのか分からない。
感傷に浸るのは、夢から覚めてからだ。
「じゃあ、これでおしまい」
そう呟きながら、最後に天に向かって想いを馳せる。
結局、夢葉にもう一度会うことは叶わなかった。
夢から覚めれば、もう二度と会うこともないだろう。
そしていつしか、夢の記憶は忘れ去られていく。
「夢葉……」
今はまだ思い出せる、どんな暗闇の中でも輝いているあの笑顔。
想えば想うほど、恋しくなる笑顔。
そんな彼女に、僕は別れを告げた。
「さようなら、夢葉。君のことは、忘れないよ」
もし見ているなら、聞こえているなら、この想いが届いてほしい。
そう思いながら、僕は夢世界の崩壊を宣言しようとする。
まさにその瞬間であった――。




