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episode14 好きな子の家に遊びに来た件

【前回のあらすじ】

御影光は八代功基との相談を経て、近道をせず、水無瀬を振る方向で考えをまとめた件

 からっからに晴れ渡る空を駆け巡るカラスの姿を見上げながら、俺は桜庭から事前に送られてきたマップのデータを頼りに外を歩いていた。

 そこにはいつもの分かれ道から、桜庭の家に辿り着くまでのルートが載っている。

 思っていた通り、彼女の家はすぐ近くにあり、分かれ道から歩いて五分もかからない距離だった。 

 

 最初は午前中に行こうと思っていた。

 けれど、いきなり好きな人の家に一日中上がり込むなんて何よりも間が持たなくなる。

 そう思い直し、現在の時刻は午後十三時頃。

 カバンにはテレビにも接続できる携帯型ゲーム機も入れてあり、無言の空気にならないよう、配慮は万全。 

 いつもはひどい寝癖も、今日は一つもピンコ立ちしていない状態。

 準備万端、この上なしだった。


 けれど、一歩歩く度に高鳴る心臓を押さえつけることはできず。

 まだ会ってもいないというのに顔が火照るような感覚に陥りながらも、桜庭の住むアパートへと到着した。


 アパートはお世辞にも真新しいものとは言えず、どちらかと言えば年季の入っている印象。

 構造としては二階建てで、各階には五部屋ずつしかない、狭めの所だった。

 庭には草が生い茂っており、あまり手入れはされていない様子。

 二階へと上がる階段はさび付いており、手すりに手を掛けるとさびがつきそうなくらいだ。

 

 貧乏なイメージはあまりなかったけれどと少し意外に思う。

 どちらかと言えば両親に大切に育てられてきたタイプだと思っていたから。

 どう考えても一部屋分しかないのだけれど、もしかして一人暮らしなのかな。


 二階へと上がっていくと、ギシギシと踏み場が音を立てる。

 おいおい、その内足が抜ける気がするのだが。

 防犯は、大丈夫なのだろうか。

 

 様々な心配が駆け巡る中、指定された彼女の家、角部屋の二○五号室の前に辿りついたのだった。


 後から設置されたのか、インターホンは壁のぼろさに似合わず新品のもののようだ。

 咳払いを二度三度とした後、俺はそのボタンを押した。



「はーい。ちょっと待ってね!」


 するとすぐに、中から元気な声が返ってくる。

 扉が閉まっていて奥の方から聞こえてきたにも関わらず、何て言ったか聞き取れるくらいには壁が薄いようだ。

 加えて、俺かどうか確認することなく、ガチャリと音がして扉が開いた。


「ひかるんいらっしゃい!」


 無邪気に顔を出した桜庭は、今日は白色を基調とした長袖とスカートを着ていた。

 やはり私服はいいなと思いつつも、やっぱり先に言っておいた方がいいだろう。


「ここって防犯カメラとか設置してあったりする?」


「防犯カメラ? 古いとこだからたぶんないと思うけど、どうして?」


「桜庭はたぶん、ここに一人で暮しているんだよね?」


「うん、そうだけど」


「そしたら、もう少し防犯に気を付けた方がいいよ。今扉を開けたのが俺じゃなかったら、結構危なかったと思うし。女の子が一人暮らしって、やっぱり心配だから」


「ふふ、ひかるんはわたしのお父さんみたいだね。ありがと、気を付ける」


 微笑む桜庭をよそに、このアパートをあてがった彼女の両親は大丈夫なのだろうかとそっちも心配になる。

 桜庭の両親は、今どこに住んでいるのだろうか。

 またあとで聞いてみよう。


「……じゃあ、防犯のために、明日から家まで一緒に帰ってくれる?」


 すると桜庭は、扉にちょこんと手を添えて顔を覗かしたままそんな可愛い提案をしてきた。

 水無瀬が付いてきた場合はどうしようかと一瞬悩んだが、断る理由は特になかったため、うんと頷き返す。

 桜庭が帰り道や帰った後に、何らかの犯罪被害に遭いでもしたら後悔しか残らないしな。

 家も近いし。


 桜庭はやったと小さく喜んだ後に、俺を家の中へと招き入れた。


 外装と違って、家の中はきれいな状態が保たれていた。

 1Kと呼ばれる構造だろうか。

 入ってすぐ右にキッチンがあり、その奥に六、七畳分の部屋が一つあるのみ。

 壁は傷んでいるものの、定期的に掃除しているのが伺えるくらい、きれいになっていた。


 そして奥の部屋は、女の子の部屋は物が多い印象を勝手に抱いていたものの、意外にもミニマリストな状態だった。

 ピンク色の羽毛布団が敷かれたベッドに、白い丸テーブル。

 勉強机の隣には教科書や漫画が置いてある一つの本棚。

 あとは薄型のテレビの周りに、星形やハート型のクッションがいくつか置いてあるのみ。

 服はクローゼットに全部収まっているのか、外には出ていなかった。


「すごい見るじゃん」

 

 テーブルの下に敷かれた白いカーペットの上に座りながら、桜庭は何だか嬉しそうに言う。


「もっと色々なものが置いてあると思ってから、ちょっとびっくりして。俺の部屋と同じくらい物がない気がする」


「あー、やっぱり少ないよね」


 物が少ないことは自覚しているのか、四角形のクッションを手元に手繰り寄せてぎゅっと握りしめた。

 テーブルをはさんで俺も座ると、その理由を教えてくれる。


「最初にこの家に来た時は何もなかったから、ちょっと増えた方なんだけどね」

 

「最初って……もしかして始業式の後のこと?」


「そう。ぼんやりとしていた記憶を頼りにここに来て、鞄の中に入っていた鍵を開けたら、冷蔵庫と洗濯機以外、何もなかったの。あとは床の上にわたし名義の通帳がぽつんと置いてあって、そこに入っているお金で今は生活しているの。来年の春にはバイトしないといけないかも」


 そんなことが始業式の日にあったなんて。

 自己紹介の時は、あんなに元気に話していたのに、相当不安だっただろうな。


「親からの仕送りはないのか?」


 すると、打って変わって悲し気に彼女は目を伏せた。


「お父さんとお母さんはいると思うんだけど、四月から一度も連絡が来たり、会ったことはないの」


「親の記憶もないってこと?」


 コクりと頷く桜庭を見て、ベッドの上で一人孤独に親の帰りを待っている小さな女の子の姿が想起された。

 そんな状態で、今までよく……。


 不意に抱きしめたくなる衝動に駆られたが、さすがに来て早々、女の子の家で飛びかかるような真似はできなかった。

 

「寂しくなったら、いつでも俺の家に来ていいからね。美玖もいるし」


 代わりにできるのは、彼女に居場所があることを伝えることくらい。

 寂しく微笑む顔を見て、やっぱりこの子を一人にはさせられないと、強く思った。


「噂の美玖ちゃん、月曜日に初めて会ったけど、ひかるんにそっくりだね!」


「あれ、今まで会ったことなかったっけ?」


「うん、一学年下って意外とすれ違わないし、ひかるんの妹だ! ってビビっと来る子に学校では会わなかったもん」


 俺が倒れた時に美玖のことを電話か何かで呼んでくれたみたいだから、てっきり会ったことがあると思っていたが。

 菜乃にでも連絡先を聞いたのだろうか。

 

 しかし、美玖と似ていると言われても、あまり実感がわかなかった。

 桜庭は目とか眉とかそっくりだよと言ってくれたものの、いまいちピンと来なかった。


「美玖とはまだ付き合いが浅いからかな」


「付き合いが浅い? 妹なのに?」


 ついこぼしてしまった言葉を桜庭は聞き逃さず首を傾げた。

 桜庭とはもういくつもの不可思議なことに遭遇してきたから、隠す必要もないだろう。

 最近は妹として完全に馴染んでいるものの、四月に急に現れたことを伝えると、


「そうなの? なんか、みーちゃんみたいな感じだね」


 と意外な共通点を発見してくれた。

 とはいえ、存在が消えたり現れたりする理由までは思い至らず、そこでその話題は終了となる。

 

 それと共に訪れる沈黙。

 その静寂が、好きな女の子の家に一人で遊びに来ているという事実を思い起こさせ、気恥ずかしさについ視線を逸らしてしまった。


 すると、その視線の先。 

 ベッドの下に、何やら隠しているかのようにちょこっとだけ見えている冊子を発見した。

 あれは、本か?


「ひかるんごめん! ちょっとトイレ行ってくる!」


 同じく沈黙に耐えかねたか、それとも緊張からか。

 桜庭は部屋を出て扉を閉めると、トイレへと向かっていった。


 ぽつんと一人取り残された俺は、元々スマホをいじらない体質からか、完全に手持ち無沙汰となる。

 だからこそ、つい魔が差してその冊子を手に取ったのだった。


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