episode7 修学旅行の行き先が発表された件
【前回のあらすじ】
夢の侵食でともに戦ったメンバーと昼休みに語り合った件
「みなさん、文化祭お疲れ様でした。それと、優勝おめでとう」
帰りのHRにて、春木先生が文化祭の優勝クラスに与えられるトロフィーを抱えながらみんなのことを労った。
それを見て、クラス内で歓喜の声と拍手が鳴り響いた。
こういう時、クラスメイト全員に優勝商品が渡されるということはなく、トロフィーが一時的に贈られるだけではあるものの、やはり嬉しく感じる。
だが、本題はその話ではないだろう。
春木先生は黒板の横の台にトロフィーを置くと、机の上に誰かが運んできた束の冊子に手をかける。
そのうち一つを手に取って、表紙を俺たちに見せてきた。
「さて、次はみなさんお待ちかねの修学旅行ですね」
修学旅行、という単語が出た瞬間、さっきよりも大きな声でみんな騒ぎ始めた。
修学、という言葉が頭についておきながら、その実情はただの旅行。
最後の思い出作りにふさわしいイベントだ。
とはいえ、問題はその行き先である。
去年一昨年は大阪に行ったらしい。
たこ焼きの聖地にて、ユニバーサルしているスタジオジャパンに行ったという噂を聞いた。
どうやら二、三年をサイクルに行き先も変わっていると話を聞いており、今年の行き先は今日の今日まで未発表だった。
結果発表。
その瞬間を待ち侘びているのか、気づけば物音一つしないほど、教室内は静まりかえっていた。
遠目で見えるしおりの表紙には、ジェットコースターに乗る描写がリアルに描かれている。
もしかして、あれがヒントになっているのか?
みんなの反応にニヤついた顔を見せながら、春木先生はその行き先を発表した。
「今年の修学旅行は……千葉と東京。つまり、ディ○ニーランドです!」
その瞬間、教室内は熱狂に包まれた。
ディ○ニーランドに行くことに、不平不満を持つ人がこの世にいるのだろうか。
いいや、いるはずもない。
高校最後の修学旅行が夢の国。
夢が大好きな自分にとって、それはまさに幸せの旅行先であった。
思わず頬も緩んでしまう。
ということは。
俺は窓際の席に座っている水無瀬の顔を盗み見ようとすると、普通に目が合ってしまう。
水無瀬は俺と目が合うと、ブンブンと首を縦に振った。
どうやら水無瀬も、俺と同じことを考えていたようだった。
夢の中で一足先に水無瀬と楽しんだ、ディ○ニーランド。
それがまさか、二年半越しに現実でも行くことになるなんて、思ってもいなかった。
あの時出会ったミ○キーは結局誰だったのだろうかと、再び思い出してしまう。
すると、横から鋭い視線を感じてそちらを向くと、今のアイコンタクトを理解していない桜庭がむーっと頬を膨らませていた。
隠すようなことでもないので、軽く説明をしてみるも、頬の膨らみは治らない。
「俺は桜庭と行く初めての旅行がディ○ニーランドで良かったと思うよ」
「……でも、水無瀬さんとはもう行ったんでしょ?」
「あれはMが見せたものだから不可抗力だよ……。水無瀬とは、現実世界で旅行には行ったことないよ」
「そうなの?」
「うん、確かに卒業旅行は行く予定だったけど、水無瀬が風邪を引いておじゃんになったから」
そのことが分かると、桜庭の頬はゆっくりと萎んでいった。
桜庭のこの嫉妬も、慣れてくると焦るよりも可愛いと思えてくる。
ああ、これが好きな人はいじめたくなる衝動というやつか。
高校生になっても、こういうのは変わらないんだな。
そんな新たな発見をする中、しおりを前の席の人に配りながら、春木先生は旅行の詳細について教えてくれる。
「今年の修学旅行は、一日目がディ○ニーシー。二日目がディ○ニーランド。三日目が東京内を自由散策、となっています。一日目の朝は早いので、みなさん遅刻はしないでくださいね」
おお、シーにも行くことができるのか。
それは楽しみ過ぎる!
配られたしおりの中身を読んでみると、一日目は朝七時に名古屋駅に集合らしい。
一日目と二日目の夜は一時間ほど自由時間もあるっぽい。
旅館でもまったりできそうだ。
そして三日目の東京散策は、朝十時に旅館を出るところから始まるらしい。
俺は早々に、その時間に赤ペンで丸を付ける。
この日の、この時間までに、俺は決めなければならない。
桜庭を選ぶのか、水無瀬を選ぶのか。
それはつまるところ、どちらかを傷つけることになる。
その未来を考えると、とてもじゃないがわくわくする気持ちにはなることができない。
少なくともこの日本において、一人以上の人と付き合うことは禁忌に値する。
勝負を提案し、それに乗ったということは、どちらか一方に決めてほしいからだろう。
ハーレム主人公のようなことは、許されない。
ああ、世界が二つに二分されてくれるのであれば、どんなに嬉しいだろうか。
片方では桜庭美雪と幸せになる世界。
もう片方では水無瀬早希と幸せになる世界。
が、そんな世界を目指すには遅すぎた。
もう二人とは、出会ってしまったのだから。
そこではたと思い出す。
そういえば、菜乃の編入テストの点数は、俺と十数点しか変わらなかったはず。
ということはつまり、次は俺の願いを叶える番じゃないだろうか。
忘れかけていたけれど、俺は世界を変えるためにあの赤いボタンを押した身。
その権利は、きちんと保証されているはずだ。
けれど、少しだけそんな夢物語を描いたところで、その夢は小さく畳んで胸の中にしまい込む。
Mにその願いを祈ってしまえば、何が起きるか分からない。
それこそ、片方は現実世界に残してもう片方は異世界や二人しかいないような世界にでも飛ばしかねない。
そして片方の俺はまやかしかクローン体で、偽りの幸せを送ることになるだろう。
そう考えると、ぞっとする。
やはり俺の願いは、最初から考えていたあのことにしておこう。
うん、たぶんそれが一番いい。
そんな風に想像を飛ばしていると、HRはすぐに終わりを迎えた。
そして帰り道。
一人で帰ろうとしていると、昇降口で桜庭から声がかかり、一緒に帰ることとなった。
歩いている最中、水無瀬が割り込んでこないかと少しびくびくしていたが、、どうやら杞憂だったらしい。
ディ〇ニーランドでどこに行きたいか語り合いながら、いつもの分かれ道で別れを告げ、家に帰還。
やっと一息つけると思ったら、そんなことは問屋が卸さなかったのだった。




