episode48 越えられない差を見せつけた件
【前回のあらすじ】
加納菜乃を探すことを決意した件
その後、二時間かけて夜の街を駆け抜けて捜索したものの、やはり手がかり一つ見つからずその日の捜索は終わりを迎えた。
菜乃がやっているのは、いわゆるかくれんぼのようなもの。
全く俺たちが知らないような場所には行くはずがない。
そのため、今日は中央公園へと足を運んで、重点的に探しては見たものの、その姿はどこにもなかった。
翌日、やはり菜乃は学校に来ず、クラスメイトから不安の声も聞こえてきた。
そこで、午前中の授業が終わりを迎えた後、俺と桜庭はいつものメンバーを集めたのだった。
「……というわけで、俺と桜庭はこれから菜乃を探しに行こうと思う」
幸い、授業が午前中だけということもあり、午後は家に帰ったとしても学校側からはお咎めは一切ない。
なので八代や鈴村の時とは違って、使える時間は大幅に増えている。
しかしながら、それは文化祭の練習を休むのと同一。
事情だけは説明しておかなければならない。
とはいえ、ここには菜乃を探すのを止めるような人物はいなかった。
「君らならきっと見つけられるよ。それなら、俺もこの学校で手がかりがないか探してみる」
まずは八代が同意を示してくれる。
この学校の中に限って言えば、八代の交友網の広さは絶大。
むしろ赤の他人であっても、彼に声をかけられれば答えない者は、特に異性に限って言えばほとんどありえない。
水無瀬について情報を集める時も、一瞬で多くの情報を集めていたことだし。
このまま残ってもらう方が、効率もいいだろう。
八代が残ると言えば、必然的にもう一人。
彼の隣でくっついている鈴村も、大きく頷いた。
「星矢、君が作った台本は無駄にしないから。必ず菜乃は見つけてくるし、練習はその分、家で積んでくるから」
一番練習を抜ける許可を貰わないといけないのは、やはりこの男だろう。
うちのクラスの演劇は、この男の台本によってすべて作られているのだから。
俺が学校に復帰した時、何も言わずにその輪に迎え入れてくれた彼。
この中では一番交流が深い彼であれば、分かってくれるはずだ。
「パーティまで、まだ伍時ある。ジャンバルジャンを見つけたジャベールのことだ。エポニーヌを頼んだぞ」
レ・ミゼラブルのストーリーに交えて、星矢からも後押しを受ける。
本当であれば行動力のある彼も動いてほしかったが、彼には演技指導等、練習をまとめるという大事な役目がある。
菜乃が戻ってきても、彼女がやりたいと言い出したレ・ミゼラブルが中途半端な形で終わってしまうのが、一番悪い。
そうなればきっと、菜乃を見つけられたとしても、不登校になってしまうか、責任を取って転校するとか言い出しかねない。
まだ転校してきて一ヶ月経っていないが、今じゃ立派なクラスメイト。
そんな彼女の居場所を、これ以上失わせるわけにはいかない。
「柴崎も、それでいいか?」
そして最後の一人、柴崎にも声をかける。
けれど彼女は、いつものツンツンとした態度は一体どこへ行ったのか。
星矢の制服の裾をちょこんと摘まみながら、その背中に隠れるように小さくなっている。
過去を暴露された時ですら見せなかったその様子に、首を傾げざるを得ない。
それは俺以外も同じで、心配するような顔つきでみんなが柴崎のことを見ていた。
だが、彼女を庇うように星矢が前へと躍り出る。
「楓のことは気にするな。我に任せておけ。貴殿らは各々、やるべきことをやろう」
「そっか、なら任せる」
それだけ堂々と彼氏が言うのであれば、もう何も言うことはないだろう。
もう何度も一緒に苦難を乗り越えてきた仲だ。
本当にどうしようもなくなったら、きちんと手を伸ばしてくれるに違いない。
こうして、いつものメンバーから許可も得られたため、俺と桜庭は教室を後にしようとする。
だが、そんな俺達の背中に声をかける者がいた。
「ちょっと二人共、一体どこへ行くんですか?」
振り返った先には、既に衣装に着替えを済ませたマリウス、もとい早川が手を伸ばしながらこちらに歩み寄ってきたのだった。
俺は手を伸ばせば届くような距離で立ち止まった彼に、一言で説明する。
「菜乃を探してくる」
そう言って扉に手を掛けたが、次は肩を掴まれた。
「意味が分からないですよ。菜乃さんはただ学校を休んでいるだけですよね。そんなことより、文化祭まであと五日しかないんですよ! 勝手なことをされては、みんなが困りますよ!」
一刻も早く探しに行きたいのに、彼の正論により足止めを食らってしまう。
そんなこと、俺だって痛いくらいに分かっている。
文化祭まで時間がないことなんて。
けれども、文化祭以前に、大事なものがそこにはある。
彼女と交流を重ねてきたからこそ、分かることが。
俺は早川の手を外そうとするも、彼は力を入れて離す様子はない。
そのことに苛立ちを覚えて彼を睨みつけるも、彼は彼でムッとした視線を向けている。
「早川、今はそれどころじゃないんだ。文化祭には必ず間に合わせるから、だから行かせてくれよ」
「いいやダメです。風邪以外の他の理由があるなら、先生や保護者に任せればいいじゃないですか! どうしてあなたが行く必要があるんですか! それに、桜庭さんを一緒に連れて行かなくてもいいじゃないですか」
そう言って、ちらりと視線を桜庭に向ける彼。
なるほど、そういうことか。
俺が桜庭を連れて行くことに納得していない。
それが一番の理由か。
だが、それであれば問題はない。
桜庭からの返答を求めているようであったが、その答えは既に決まっている。
なぜなら、俺は桜庭のことを信じているから。
俺が隣にいる桜庭に目を向けると、彼女もこちらに目を向けてきた。
そして、俺が頷くと、彼女は笑顔で返してくれた。
その様子を見て、早川は俺と桜庭を交互に見比べる。
その通じ合っている理由が分からないと言わんばかりに。
だがそれは、今の彼では絶対に分からないだろう。
何度もすれ違いを重ねながら、互いの想いをぶつけあった俺と桜庭にしか、絶対に分からないのだから。
「はやっちごめんね。わたしは、御影っちと一緒に行きたいから」
そう言って、桜庭は俺の肩を掴んでいる早川の手首をポンと叩いた。
すると、あっけらかんとした表情で、早川はその手を力なく離した。
「行こう、桜庭」
「うん! ……えっ」
桜庭は君には渡さない。
そのことを見せつけるように、俺は桜庭の手を掴んで教室を飛び出したのだった――。




