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episode18 自分の弱さを知った件

【前回のあらすじ】

黒幕を前にトラウマが蘇り、身動きが取れなくなった件

「……くくく。カハハハハ」


 しかし男は、夢葉の言説を大笑いで流した。


「何がおかしい!」


 男の態度に夢葉は更に激昂するも、男は意に介する様子はない。

 そして、ひとしきり笑った後、男は言った。


「なあ夢葉、君は自分が何を言っているのか分かっているのかい?」


「何って、人間の幸せを奪わないでって言っているのよ!」


「人間? 君が? 記憶を持たない、夢で生まれた生物が?」


「な!」


 人間と呼ばず、生物と呼ぶ男。

 それを聞いて夢葉は顔を真っ赤にする。


「何かおかしなことを言ったかな? 君は夢の住人なんでしょ? まさか、自分が人間だとでも思っているのかい?」


「ちょっとあんた、その言い方はないんじゃないの!」


「柴崎楓、君も分かっているんだろう? 彼女が人間じゃないことを」


「そ、そんなことは……!」


 吃った言い方をする柴崎を見て、夢葉は愕然とした表情を浮かべた。

 柴崎にとって、夢葉は偶然夢の中で出会ったばかりの少女。

 彼女が人間だという証明は誰かがしたわけじゃない。

 そんな中で、男が彼女のことを人間じゃないと言われてしまったら、信じるものがなくなってしまう。


 自身のアイデンティティを否定されること。

 それは誰にとっても、耐え難いこと。

 特に、記憶を失って元々存在の危うい彼女なら……。


 男は動きの固まった夢葉から、自分へと視線を移す。


「光君、いつまで衝撃を受けたふりをしているんだ? 彼女があんなに必死で君たち人間をかばおうとしているのに、君は何もしないままなのかい?」


「そ、そんなことは……」


 しゃべろうとしたが、唇が震えすぎてうまく言葉が継げない。

 夢葉の必死の行動によって、ある程度はトラウマの衝動は軽減された。

 しかし男に対する畏怖の感情は未だ拭えない。


「惚れた女を助けることすらできないなんて、情けない」


 男は皮肉を言うが、脳までうまく伝わらない。


「まあ、青春劇なぞ今はどうでもいい。それを今から壊すのだからな」


 男の言葉に、脳裏に悪夢で見たマグマの上で檻に閉じ込められる夢葉の姿がフラッシュバックする。

 それでもたった一歩、たった一言すら行動を起こせないくらい、僕の心は衰弱していた。


「光君、君はちゃんと夢葉と、そしてそこにいるレアについて考えたことがあるかい?」


 耳の中に、悪魔の言葉が流れこむ。


「急に君の前に現れたかと思うと、世界を救ってほしいと訴える少女。断片的な記憶しか持たず、自分を夢の住人と言う奇怪な少女。そして同じく断片的な記憶しか持たない、明らかに人間離れした姿を持つ少女のことを。

 その二人が、私の配下である可能性を」


「配……下……」


「光くん! あの男の言うことは嘘よ! 嘘を言ってあなたを惑わせようとしているの!」


 僕の肩を揺さぶりながら、夢葉は涙目になって訴えかける。

 けれど、僕の心にその声は届かない。

 危うい精神状態が、思考を悪い方向へと捻じ曲げていく。



 断片的にした記憶を持たない少女が二人。

 その二人は何故かこの夢世界が現実と反転する記憶と、それの解決方法を知っている。

 二人は、最近誕生した存在。

 ほとんど記憶を持たないということはそういうことなのか。


 思えば最初から違和感はあった。

 初めて夢葉と会った時、彼女は僕をずっと待っていた、ようなことを言っていた気がする。

 少しおぼろげだけど覚えている。


 待っていた、というのはいつ頃なのか。

 机の上に置いてあったバスケットにはフランスパンが三本刺さっていただけだった。

 お菓子の家を構成するお菓子を食べた跡はなかった。

 だとすると、そんなに長い時間待っていた訳ではないかもしれない。


 ならどうしてそんな嘘をついたのか。

 あの時の僕は夢葉の勢いに飲まれてほとんど流されるままに、子供心をくすぐられるままに夢の反転の話を聞かされて、そしてそのまま受け入れて。


 だとすれば、何かを誤魔化そうとしていた、というより僕を動揺させて深く考えないままに夢世界を救うことを約束させた?



 何のために? 

 どうして彼女はそこまでやる?

 レアが登場したのには何か意味がある?



 悪夢の中で見た男の狂気。

 男の行動原理は、他人の不幸は蜜の味。

 二人を僕の前に現せたその目的は……。



「僕を……絶望させるため……」



「光くん!?」


「あはははは、傑作だよ光君。そんなところに辿りつくなんて」


 何もなければ「御影、あの男の言葉にだまされないで!」と訴えたであろう柴崎も、今は口を閉ざしたまま。

 レアも何も言わずに、ただこちらを見つめているのみ。

 彼女も立場は夢葉と同じ。


 僕はゆっくりとその視線を夢葉に移し、そしてレアに移す。

 絶望という二文字の張り付いた顔は、表情を失っていた。


「レア、私たちだけでも戦うしかない」


「うん……」


 僕と柴崎からの信頼を失ってもなお、彼女達は男を止めようと動き始めた。

 二人は一歩二歩と男と距離を詰める。

 それを見て男は嘲笑(あざわら)った。


「武器も持たない君たちに一体何ができるというんだい?」


「武器ならある」


 夢葉は自分の拳を握りしめる。

 レアは自分の帽子を少し上げて、そこから先の尖った白い小さな塊を取り出した。


「なるほど、実力行使か。面白い」


 と言いつつも、形だけのボクシングポーズには挑発としか言いようのない行動を取る男。

 それが挑発であることは明らか。

 勝てるはずもない戦いなのも明らか。

 にもかかわらず、二人の少女は男に立ち向かっていった。


「いくよ、レア!」


「勝つ……!」


 五メートルの距離を詰めるのは一瞬。

 全力で走れば五歩で詰められる距離。

 夢葉とレアは、左右から同時にその拳と武器を振るった。


「さらばだ」


 男は指でパチンと音を鳴らし、その言葉とともにその場から姿を消す。


 攻撃は空を切った。


 それとともに、男が居た場所を中心に、直径五メートル程の大きな穴が地面に出現した。


「え……?」


 底の見えない大きな穴。

 地面が崩れたわけではなく、ぽっかりと消えてできた穴。


 夢葉とレアは足場を失い、引力に従って落下した。


 地面より下に穴から落ちる間際、夢葉は顔を反転させた。

 一瞬だけその視線は、自分の瞳と交錯する。



「どうして助けてくれないの?」



 その目はそう訴えているように感じられた。


「嘘……、でしょ」


 二人は落下したが、本来であれば聞こえてくるはずの底につく音は全くしなかった。

 柴崎は信じられないと何度も口にする。


 そしてしばらくすると、その穴の上に男が再び出現した。


「光君、君には本当に失望させられるよ。どうして二度もあの子を見捨てるのかな」


 男の嫌味な言葉に、何も返すことができない。


「君は弱い、弱すぎる。それに比べてあの子は弱いながらも必死で抗った。それは君の目に、どう映ったのかな」


 その言葉を残すと、男は僕と柴崎には何もせず姿を消した。

 それとともに、残された僕と柴崎に、頭痛が襲いかかる。


「な、何この頭痛! またあの男が仕掛けたものなの!」



「……今から夢から覚める」



「え、どういう意味よ、それは」


「夢から覚めるとき、頭が割れるくらいの頭痛がする」


「い、痛い痛いっ!」


 頭を抑えてうずくまる柴崎を見ながら、僕は未だ晴れない空を見上げた。

 頭の痛みよりも心の痛みの方が強すぎて、感覚が麻痺しているように感じられた。


「そういえば、もう一つの目的は、何なのだろうか……」


 今はどうでもいいようなことばかりが頭の中を支配する。

 それが、自分の弱さを隠す隠れ蓑であることは分かっているのに。


 そして、自分の弱さに涙を流しながら、僕は再び静かに意識を失ったのだった。

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