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episode55 立ち止まっている時間はない件

【前回のあらすじ】

七月一日を迎えるとタイムリープしてしまうことを防ぐため、鈴村茜が自殺を図ろうとしていることに気付いた件

「行かなきゃ……」


 俺は席から立ち上がり、フードコートを立ち去ろうと二人に背中を向ける。

 せっかく鈴村のおかげで八代が救われたというのに、そんな終わり方なんてありかよ。

 一緒に八代と、背負っていくんじゃなかったのかよ。


 まずは鈴村に電話をかけて、出なければ店を出て……。

 自分が今できることを考えながら足を踏み出そうとする。 

 その俺の肩を、二つの手が掴んだ。


「もう、何で一人で探そうとするのよ!」


「水臭いぞ、ライトよ」


 強い力が肩に加わり、身動きが取れなくなったが、おかげさまで少し冷静になる。

 また一人で突っ走ろうとしてしまう所だった。


「あたしたちも、手伝うわよ」


「無論だ! 三人寄れば文殊の知恵なり」


「二人とも……」


 振り返る先には、腰に手を当てて任せろと言う星矢と柴崎。

 鈴村の死を止めた位と思う気持ちは同じだと、その目は言っていた。

 俺は二人の目を見て、大きく頷く。 

 時は一刻を争うが、二人に協力してもらった方が断然鈴村を見つけられる。


 はやる気持ちを押さえながら、俺はスマホを取り出して鈴村に電話を掛けた。

 しかし、電源が入っておりません、と無情な機械音が聞こえてくるのみ。

 それを踏まえて、二人に協力を申し出る。


「鈴村の電話がつながらない。もしかしたらもう、どこかで死ぬ準備をしているかもしれない。何とかして、鈴村の居場所の手がかりをつかみたい」


「分かったわ。部員全員に連絡してみる。星矢も、片っ端から当たるわよ」


「承知仕った!」


「頼んだ! 俺も連絡を回して、鈴村の行きそうな場所を探してみる。何かあったら連絡して!」


 そうして俺は、急いで店を飛び出した。

 まず連絡したのは桜庭。

 電話を掛けたらワンコールで出た。


「桜庭、鈴村が大変なことに」


『御影っちも気付いた!? わたしも今気づいてちょうど電話しようとしてたの!』


 桜庭の声の裏は、車の行き交う音が聞こえている。

 彼女も鈴村の自殺に気付いて、行動を起こしているらしい。

 それなら話が早い。


「実はさっきまで柴崎と星矢に会っていたんだ。二人にも協力してもらって、何かあったら電話するよう伝えてある。俺は今から鈴村の家に行こうと思っているんだけど、桜庭はどうする?」


 荒い息遣いがスピーカーから漏れ出てくる。  

 今頃俺と同じように、どこかに向かって走っているに違いない


『わたしは中央図書館に行ってみる。っていうか、鈴ちゃんの家知ってるの?』


「知らない。だから八代に電話して聞くつもりだ」


『分かった。また電話するね』


「うん、また」


 そう言って電話を切ると共に、次は八代に電話を掛けようとした。

 しかし、通話ボタンを押す直前で、その指は止まった。

 何故なら、心の中に、少しだけ迷いが生じたからだ。


 ここでもし、八代に鈴村の危機を伝えたら彼はどうするのか。

 鈴村を探しに行くことに違いないが、見つからなかった場合、もしくは手遅れだった場合が問題なのだ。

 その現状を前にして、きっと八代は再びタイムリープをするだろう。

 そうなれば、今日の今日までやってきたことがすべて、無駄になってしまう。

 例え次の世界で同じ顛末を迎えなかったとしても、今の世界の記憶が失われることに変わりない。

 

 それが一番辛いのは、桜庭や俺、そして八代ではなく、鈴村だ。

 すべてを投げ出してまで頑張って想いを伝えた、彼女の努力がすべて水の泡となってしまう。


 そこまで考えたら、自ずと答えが出た。


『どうした御影。日曜日の真っ只中に』


「八代、よく聞いてくれ。鈴村がピンチなんだ」


『……詳しく教えて』


 鈴村を見つけて、彼女が死ぬことを絶対に回避する。

 それ以外の選択肢は、存在しなかった。




***




「……鈴村のタイムリープの条件は、七月一日を迎えること。沙耶ちゃんが死んだことを後悔している鈴村は、タイムリープを防ぐために、沙耶ちゃんがいない世界で生きるのに罪悪感があるために、今まさに死のうとしてるんだ」


『確かにここ二日間の茜の様子は何だかおかしかった。妙に機嫌がいいというか、清々しいというか。俺がタイムリープしないことを決心したからじゃないのか!』


「ああ。だから今、みんなで鈴村のことを探している。俺は今から鈴村の家に行こうと思っているんだが、八代は知っているか?」


『知っているも何も、俺の隣の家だよ。すぐに行ってくる!』


 そんなに近くに住んでいたとは、それなら話が早い。

 通話中の状態になっているスピーカーの先では、ドタバタと慌ただしい音が聞こえている。

 そして、ドンドンドンというドアを叩く音がした後、バタバタと足音を鳴らす音が響いてきた。


「鈴村は家にいたか!?」


 騒がしい音が止んだため、何かを見つけたのかと現状を確認する。

 そして、しばらくの間があった後、八代から弱弱しい返答が返ってきた。


『今までありがとう。大好きだったよ。探さないで。茜の部屋に、そう書かれていた紙が置いてあった……』


 どさりと崩れ落ちるような音が聞こえてくる。

 鈴村からの遺書と思われる紙を見つけ、ショックを受けているのだろう。

 だが八代、そんなことをしている暇は、今はないんだ。


「八代! まだ鈴村が死んだとは決まっていない! へこんでいる暇があるなら立ち上がって探せよ!」


 柄にもなく怒声をあげながら自転車置き場へと到着した俺は、躊躇なく自分のロードバイクに跨って走り出そうとする。

 しかしそこで、桜庭の言葉が過ぎって押しとどまる。

 ここでながらスマホしていることが警察に見つかって足止めを食らえば、致命傷になりかねない。  

 この言葉を浴びせて、八代が奮い立つかどうか分からない。 

 けれど今、消沈する彼に伝えずにはいられない思いが、俺の心の中にあったのだ。


「鈴村は、たった一回のタイムリープだけで、お前に気持ちを全部ぶつけて立ち直らせることができた。鈴村が想いを伝えたたった数時間は、お前が狂ったように空回りしていた三百年間に、匹敵するんだよ! 

 その三百年分の想いを伝えた彼女が今、自分の命を投げ出そうとしている。お前は、八代功基は、鈴村茜の想いを、なかったことにするのか!

 タイムリープをすれば、鈴村が死んだとしても、世界をやり直すことは可能だ。 

 だが、八代! お前はそれでいいのか! 鈴村が勇気を振り絞って、嫌われてもいい覚悟で伝えた想いを、捨てることができるのか!」


 大型ショッピングセンターの駐輪場で、スマホに向かって大声で叫んでいる姿を遠巻きに見ている人々が視界に入ってくる。

 だが、異常者と思われてもいい。

 喧嘩をしている声がやかましいと思われてもいい。


 それでも、大好きな女の子が危機にさらされている時に、何もかも投げ捨ててまで駆けつけようとしない男を叱りつけることが、最優先事項だった。。


「その手紙を見ることができたなら、鈴村の家は空いていたんだよな? その意味は、言われなくても分かるよな。そうだよ、鈴村はまだ、死ぬことに踏み切れていない。探さなくていいと言葉を残すのは、探してほしいって言葉の裏返し以外、意味はないんだよ!

 鈴村が求めているものは、俺でも、桜庭でも、柴崎でも星矢でもない。八代功基! お前しかいないんだよ! 三百年間無視してきた想いに応えるために、今鈴村を抱きしめてでも生きてもらうことが、今のお前がすべきことじゃないのか!」


 そう怒鳴りつけた後、俺は通話を一方的に切ってスマホをポケットにしまう。

 そして自転車に跨り、鈴村を探すために走り出す。


 救ってほしいと思う人に救ってほしい。

 桜庭のこだわりが、いつの間にか俺に定着していたようだ。

 けれども、本当にそう思う。

 誰しも、ヒーローは一人だけでいい。

 その人にとって一番大切な人が傍にいるだけで救われるものは、この世にはたくさんある。

 八代、君は鈴村に救われた想いを無下にするような男じゃないはずだ。

 カッコイイだけの男じゃなくて、優しさも備わった男だと、初対面の俺に鈴村はそう言っていた。

 顔も行動も、本当の意味でカッコイイ男に、なってくれよ!

 

 心の中で祈りながら、街中で自転車を飛ばす。

 今更ながら恥かしさが込み上げてきた顔の熱を、向かい風で冷ます。


 友達だからこそ。

 俺は八代に言ってやりたかった。

 そう思ったからこそ起こした行動に、後悔はない。


 とはいえ、もし鈴村を見つけることができたなら、七月一日になった瞬間に鈴村がタイムリープをしないためにどうすればいいのか。

 そのことを考えながら、日が傾きつつある夕焼け空を見て焦る気持ちをペダルを漕ぐ足に込めたのだった。

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