episode52 エピローグは静かに流れる件
【前回のあらすじ】
八代功基のタイムリープを完全に阻止した件
長い放課後が終わった翌日の木曜日。
八代功基と鈴村茜は、以前のように学校に通い始めた。
朝、筋肉痛の体を引きずりながら早めに教室に入ると、
「お、御影。おはようー」
「御影、おはー」
自分の席に座る八代と、机に手をついて身を乗り出している鈴村の姿があった。
二人が学校にいるという今まで通りの景色を見て、俺は日常が戻ってきたことを実感した。
鈴村がついた手の平の下で、八代の手が握られているのを見つけ、俺はくすりと笑った。
「よかったな、二人共」
八代の囚われていた心が解放されたこと。
鈴村の一方的な恋心が報われたこと。
これ以上にないハッピーエンドを迎えたのだと、外の天気とは裏腹な表情を浮かべる二人を見て思う。
「いやいや、何を言っているんだよ、御影」
すると八代は立ち上がり、鈴村がその横に並んだ。
何これ、僕達の結婚を認めてください、って言いに来られた父親みたいな雰囲気が漂っているんだけど。
が、そんな困惑はいざ知らず。
二人は口をそろえて言った。
「「御影、本当にありがとう」」
「な、なんだよ急に」
同級生からの心こもった感謝の言葉に、思わず頭を掻いて視線を逸らしてしまった。
「御影がいなければ、俺は懲りずに、またタイムリープをしていたと思う。沙耶しか見えなかった世界に、まずは君が俺のことを捕まえてくれたから。世界の中心は、俺だけじゃないって、気付くことができた」
八代……そんなことを思っていたのか。
そう言ってくれると、あの時必死に走ったかいがある。
「まあ、俺一人の力じゃないんだけどね」
「御影の他にも、誰か追いかけていたのかい?」
「そういう意味じゃないんだけど、まあ、そういうことなのかな」
九十五回の世界の中で、あの場所までたどり着けた過去の俺。
その世界がなければきっと、今の俺がいる世界も、ループの中の一つとして、世界から記憶が消えていたに違いない。
その世界が何回目の世界だったのか知らないけれど、俺は絶対に、あの時のことは忘れないと誓った。
「ウチも同じ。あの日図書室で、一人で読書していたウチに話しかけてくれてありがとう。御影と友達になれて良かった。そうじゃなきゃきっと、ウチは昨日、勇気を出せなくて全部喋ることができなかったから」
お腹の前でくるくると両手の指を回す鈴村。
思えば、鈴村と出会ってから、まだ一ヶ月経ってないのか。
もう既にお腹いっぱいくらい、彼女のことを知ることができたというのに。
それだけ、濃い時間を過ごしてきたんだな。
「俺一人だけの力じゃないよ。桜庭の力だって、沢山借りたし、何より、二人の大切な思いがあったからこそ、こうしてハッピーエンドを迎えられたわけだし」
「もちろん、桜庭には後でお礼を言っておくよ。でも、まずは御影から。これからも、よろしく」
そうして差し出されたグーの拳。
そこにちょこんと、小さな拳も加わる。
本当に、仲良しなことだ。
あんなに二人は、喧嘩していたというのに。
ほくそ笑みながら、俺もそこに自分の拳をぶつけたのだった。
そうして三人の友情が確かめられた後、八代は俺の顔を見ながらニヤニヤと笑い始めた。
「え、何笑ってるの。思い出し笑い?」
「それで御影、君の方はどうなんだい?」
「俺の方? 何の話だ?」
「何って、決まっているじゃないか。桜庭美雪のことだよ」
「うぇっ?」
隣で口を右手で押さえながらニヤニヤしている鈴村の顔を見て、二人が何のことを言っているのか、おおよそ見当がついた。
素っ頓狂な声が口から漏れ、それが明らかな動揺と捉えられてしまい、
「さて御影。次は君の番だよ」
「もし困ってるなら、この恋愛マスターのウチに、何でも聞いてね」
「お、落ち着け二人共。幸せなのは十分わかったから! 幸せの押し売りなんかせず、二人で分かち合ってくれていればいいから!」
美味しいネタを見つけた記者のように食いついてくる二人をかわすことに、その日の朝は精一杯だった。
***
「増えたな、これも」
昼休みにご飯を食べ終えた俺は、曇り空の中、お気に入りスポットの体育館裏で、スマホの画面を開いていた。
そこには新しく、「あかね」「功基」の二つの名前がL〇NEの友達リストに並んでいた。
四月になった時は、母さんと水無瀬の二人分しか入っていなかった友達の数も、気付けば八人にも増えていた。
このタイムリープ事件も幕を閉じ、あと一ヶ月で夏休み。
受験生にとって大事な時期ではあるが、やっぱりまだ、自分の将来の姿は想像できなかった。
「あ、やっぱりここにいた!」
「桜庭!?」
体育館の壁からひょっこりと顔を出した少女に、どうしてここがバレたのだとびっくりする。
やっぱりってことは、俺を探していたのか?
「何見てるのー?」
「いや、これは」
俺が慌ててスマホの画面を隠そうとした時、ピロリン♪と通知音が鳴った。
『みかげくん! 今度ご飯おごらせてよ』
「ちえ」なる人物から送られてきたメッセージを、ばっちりと桜庭に見られてしまう。
「御影っち、誰これ?」
先程までの雰囲気が一転。
桜庭の目がどことなく猫のように細くなった。
何となく見られちゃいけないものだったような気がして、俺は急いで釈明する。
「俺が先週まで入院していたきっかけになった、交通事故になる直前に助けた女性の人だよ。どうしてもお礼がしたいからって、連絡先を聞かれたから。メッセージが来たのは、今が初めてだよ」
「ほんと、御影っちは気付かないうちにヒーローになってたりするんだね」
そう言いながら、桜庭は俺の隣に座った。
似たような雰囲気を最近感じたような気がしたから、てっきり怒るのかと思いきや、意外な反応。
手のひらを重ねて膝の上に乗せ、空を見上げる彼女の横顔に、少し見惚れてしまう。
スマホをポケットにしまいながら、俺は言った。
「ヒーローなんて。そんなたいしたことじゃないよ。別に俺じゃなくても、俺の立場にその人がいたら、きっと誰でもやっていたと思うから」
俺は、自分が平凡な人間であることを知っていて、何より自覚している。
全世界の人間の平均で、特別秀でていることはない。
努力しようとしても、努力の限界値が見えてしまえばすぐに上を目指すのを諦めてしまうし、いろんな選択肢がありながら、間違いばかり起こしてしまう。
もし夢の侵食で最初に夢葉と出会ったのが自分じゃなかったら。
もし恋愛シミュレーションゲームで、柴崎の親友役に選ばれていたのが功基だったら。
もしこのタイムリープで、Ⅿからの手紙が送られていたのが星矢だったら。
きっと自分よりも、上手くやれていたと思う。
自分よりも優れている人間をたくさん知っているから。
自分よりも頑張れる人をたくさん知っているから。
「俺はただ、たまたまそこにいたから。ただ、それだけのことだよ」
すべては偶然で、運命で、奇跡で。
自分が世界の中心にいるなんておこがましい。
たまたまそこで芽が出て膨らんで、花が咲いただけ。
きれいな花が沢山咲いている中、自分がその中に紛れていること。
それがただただ、申し訳ない。
「そっか、御影っちはそう考えるんだね」
俺の回答を聞いて、桜庭は少しだけ寂しそうに笑った。
けれど、「でもね」と。
そっと膝の上に置いていた左手に、彼女の手の平が重なる。
突然の行動に、胸が高まった。
大きな瞳が、俺の目を見抜くように見つめてきた。
「わたしは御影っちと会えて本当によかったと思ってる。自分のためじゃなくて、人のために頑張れる、そんな御影っちに会えたことが」
「桜庭には、そう見えるのか?」
「もちろんだよ! だってわたしは今、すっごく嬉しいんだよ。どうしてなのか、分かる?」
長いまつげを揺らしながら、まるで犬がしっぽを振っているかのように嬉しそうなのは、誰が見ても分かるだろう。
そういえば、朝から何となく、表情が晴れやかだった気がする。
「八代のタイムリープを阻止できたから?」
思い当たるのはそれくらいしかなかった。
しかし桜庭は、ブーと外れを言い渡した。
「やっしーのこともそうなんだけど、今は御影っちの話だよ」
それがヒントと言わんばかりに、彼女は顔を近づけてきた。
俺のこと。
そう言われても、俺が桜庭のために、何かしたのだろうか。
色々考えては見るが、どうしても思いつかない。
俺の表情を見て察したのか、桜庭は自分の言葉で、その正解を教えてくれた。
「わたしの大切な記憶を、これ以上失わずに済んだから。ありがとう、御影っち」
そう言って彼女は、空が晴れ渡る錯覚に陥るくらい、優しい笑顔を浮かべたのだった。
***
そんなエピローグを迎えた今回のⅯからの試練。
前回の恋愛シミュレーションゲームの時は、好感度が百に達したらクリアという扱いだった。
その理由は、二人の願いを叶えることができたから。
となると、功基の願いであるタイムリープを阻止してしまった今回の場合は、クリアならず、ということになるのだろうか。
金曜日の放課後に、Ⅿに呼び出しを受けると思っていたが、春木先生からのアクションは何もなく終わった。
それが、答えと言うことになるのだろうか。
タイムリープしてしまえば、困るのはⅯじゃないかと疑問は尽きなかったが、向こうから俺の前に現われてくれなければ、どうすることもできない。
Ⅿに聞きたいことは沢山あったのに、この一回分は高くつくだろう。
次の試練は、いつ来るのだろうか。
六月も明日で最終日。
ちょうど梅雨明けも明日に重なっている。
夏の到来は、もう目の前だった。
みなさんはこのエピソードの違和感に気付きますか?
その真相は、明日の更新にて――。




