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episode45 救いたいと救われたいの件

【前回のあらすじ】

八代功基がタイムリープした回数を暴露し、沙耶を救いたい気持ちを叫んだ件

 何を言われても言い返す自信があった。

 それは、ひとえに沙耶を助けたいと思う気持ちから。


 失った命を助けること。

 大事な存在を救うこと。

 

 この行動が正義でなければ何を正義と呼ぶのか

 主観的にも客観的にも、否定される筋合いはどこにもない。

 


『沙耶ちゃんは本当に、八代に命を救われることを、望んでいるのか?』



 だからこそ、沙耶の気持ちを尋ねられた俺は、少し言いよどんでしまった。

 沙耶は自分の命を助けられることについて、死ぬ直前まで何も知らない。

 それを伝えるのは、残酷窮まりない行為であり、俺が救うことさえできれば、伝える必要もない。


 言葉に詰まった理由。

 それは、俺の行動に対して、沙耶がどう思っているかなんて、尋ねたことすらなかったのだから。


「……沙耶は、自分が死ぬことを知らないし、わざわざ伝える必要もない」


「俺が助けるから。だから、お前は知らなくていいと」


 心を見透すように、御影は言う。

 その通りだったから、ああ、と答えた。



「本当に、沙耶は自分が死ぬことを知らなかったのか?」



 疑いようもない事実であるはずなのに、御影は執拗に問いかけてくる。

 そこを掘り下げることに何の意味がある。

 心の中のイライラは、収まることはなかった。


「だから、知らないって言っているだろ。沙耶はタイムリープをしていないんだ。知るはずないだろ!」


「違う。俺が言いたいのはそういう意味じゃない」


「じゃあ、何が言いたいんだよ! はっきり言えばいいじゃないか!」


 暗闇に自分の声が反響する。

 防音材を敷き詰めているからか、その声は思った以上に大きく響いた。

 そして御影は、自分の怒鳴り声に負けないくらい、大きな声で言い返してきたのだった。




「自分が死ぬことを知らないなら……どうして沙耶ちゃんは……『自殺』なんてしたんだよ!」



 

 その単語を聞いた瞬間、全身の血の気が一気に引くのを感じた。

 毛穴が大きく広がり、汗という名の肌に張り付いた水分が、冷感を帯びた。

 今まで感じていた余裕、優越感、そして歳の差。

 それらすべてが、頭の中で一気に崩れ落ちた。


「八代は言っていたよな。


『タイムリープをしたどの世界でも、沙耶を救うことができなかった。ある時は交通事故で、ある時は殺人事件で、ある時は自殺で』


 って。交通事故で亡くなったのはまだ分かる。殺人事件も、逃げた先で巻き込まれることはあるだろう。沙耶ちゃんの死が確定しているのなら」


 それは、俺が御影に捕まって雨宿りしていた時に言った言葉だった。

 俺が押し黙ったのを気にも留めず、御影は淡々と述べる。


「だが、自殺はどうなんだ? いくら死が確定しているからと言って、自分から命を絶つようなことを、するはずないだろ。沙耶ちゃんは、それほどまで何かに追い込まれていたとしか、考えられない」


 御影はタイムリープした世界を知るはずがない。

 どの記憶の中にも、他の人が別世界の記憶を持っていることなんて、一度たりともなかった。

 しかし御影は、俺しか知らない世界を、まるで見てきたかのように話している。

 この男は一体、何者なんだ……?


「俺は、沙耶ちゃんが交通事故で死ぬ瞬間を、夢で見た」


「夢、で……?」


「ああ。あくまで夢だから、真実かどうかは八代しか知らないだろう。夜中にあの交差点へと続く街道を、沙耶ちゃんは走っていた。白いレースのワンピースを着ながら」


 白いレースのワンピース。

 それは紛れもなく、最初に沙耶が死んだ時に着ていた服であった。


「交差点に差し掛かった時、ちょうど信号が青色になったから、沙耶ちゃんは止まることなく走った。そこに、右折してきたトラックがスリップして、事故が起きた」


 そんな馬鹿な。

 なぜ御影の夢に、沙耶が死んだときと全く同じ状況が出ているんだ……。


「沙耶ちゃんが事故に遭ったのは不運なことだ。だが八代。俺が聞きたいのはそこじゃない」


 二百八十五年。

 十七まで生きてきた期間を合わせると約三百年超。

 それほどの時間を過ごしてきた俺が今、たった十数年しか生きてきていない、ただの同級生の瞳に、気圧されていたのだった。


「俺には沙耶ちゃんが、何かから逃げているように見えた。時折後ろを振り返りながら、右折するトラックにすら、目もくれずに」


 ずるりと一歩。 

 さっきは大きく前進した体を、今度は後ろへと引き下げた。

 それはもう、意識的ではなく、無意識的に。

 



「なあ八代。あの時沙耶ちゃんは、一体何故走っていたんだ? それとも……何から逃げていたんだ?」




 逃げていた。


 あの、沙耶が。

 

 そうだった……のか?


 俺はあの時、沙耶を追いかけていた。

 

 それは沙耶が、俺の前から離れていったから。


 じゃあ、何で――。


 沙耶は俺から、離れていったんだ…………?




「御影っち」




 その時、今までほとんど喋っていなかった桜庭が、御影の服の袖を掴んだ。

 彼女は御影と目が合うと、首を横に振った。

 その意思疎通を経て、御影は再び俺の顔を見た。


「ここから先は、鈴村との話だ。幼馴染のお前に、彼女は言いたいことが沢山あるらしい」


 そう言うと、御影と桜庭は一歩二歩と引き下がった。

 そして扉に手を掛けて半分開く。

 月明かりが少しだけ差し込んできた中、まずは桜庭が姿を消す。

 次に御影がその向こう側へと行き、扉を閉める直前、俺のことを正面から見据えながら、最後にこう言った。


「八代、これだけは言っておく。鈴村茜は、お前にとって唯一無二の大事な存在だ。時間はたっぷりある。彼女の言葉を(ないがし)ろにするな。そして、本当に大切なものが何なのか、三百年生きたその頭で、しっかり考えるんだ」


 扉は閉められ、階段を下りる二人分の足音が聞こえてくる。

 この部屋に残されたのは、俺と鈴村。

 

 ずっと長い髪で顔を隠していた彼女が、髪を手でかき分けて今日初めて見せた表情。

 それは、喜怒哀楽どれも当てはまらない。



 生まれてこの方一度も見たことない、幼馴染の真剣な表情であった。

【いち押しエピソードポイント】

御影が話す八代の言ったことは、エピソード38の時の出来事。

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