episode22 梅雨のあるひと時の件
【前回のあらすじ】
放課後、鈴村茜と八代功基を桜庭美雪と共に尾行することにした件
町街道から少し外れた場所に位置するこの墓地には、二十にも満たない大小さまざまな墓石が並んでいる。
その中で八代と鈴村は、その片隅に立てられた腰辺りまでの高さしかない、四角の墓石の前でしゃがみ込んだ。
八代が鞄の中に手を突っ込んで取り出したのは、赤色の花。
それを墓石の前に刺さっている小さな金属の筒に差し込んだ。
「沙耶ちゃんのお墓か」
「沙耶ちゃんって誰?」
「八代の妹だよ」
「やっしーの妹……」
隣で複雑な表情を浮かべる桜庭。
その表情よりも、八代のあだ名の方が気になるのだが。
やっしーて、八代の雰囲気と全くマッチしていないんだけど。
吉田からよっしーなら分かるけど。
それはさておき、寄り道の目的は、妹の墓参りだったようだ。
小さな音を立てて柏手を打つ八代の横で、鈴村も同じ行動をしていた。
妹の墓参りであれば、鈴村がついてきたとしても、文句を言うことは無いだろう。
鈴村とは仲が良かったみたいだし、一緒に来てくれた方が天国の彼女も喜んでいることだろう。
二人の様子を隣で眺めている桜庭から質問が飛んでくる。
「鈴ちゃんとやっしーは仲がいいの?」
「一応家も近くて幼馴染らしい。鈴村の一方的な恋愛だから、仲がいいと言われると微妙だな。八代も鈴村のことは嫌っていないんだろうけど」
「訳ありってことね。やっしー、いつも死んだような目をしているし」
「桜庭からはそう見えるのか?」
桜庭の観察眼が秀でていることは、既に証明されている。
柴崎と星矢の心をいち早く把握していたのが、何よりの証拠。
席も離れているし、あまり興味はなさそうな感じだったけれど、やはりいつも目立っているからか、桜庭もある程度彼のことを見ていたのだろう。
「何かね、いつも一人だけ違う世界にいるような感じがするの。自分の殻の中に完全に閉じこもっているんだと思う」
俺と話している時も、必要以上に喋らない男だ。
恋愛シミュレーションゲームの時も最後まで静観を決め込んでいて、直接関わることは避けていた、というよりも、無関心だった。
そんな彼の秘密を握るのは、幼馴染の鈴村であり、殻に閉じこもっているのは、妹の死が関係しているのは間違いない。
だが、俺にはどうしても、ただ八代が妹を失って心を閉ざしているだけとは思えなかった。
もっと他に、八代が心を閉ざすような出来事が過去か、もしくは現在進行形で起こっているのでは。
そんな根拠のない憶測が、頭の中をちらついていたのだった。
ポツンと、額に冷たい感触がふと訪れる。
「雨、降ってきたね」
桜色の小さな傘が、隣で広げられる。
最初は一粒だった雨は、どんどん数を増し始めた。
折り畳み傘を持ってきたかと鞄の中をまさぐるが、望みの物が手に触れることはなかった。
今朝見た天気予報では、今日は一日曇りだったはず。
梅雨という季節柄、天気が変わりやすいのは承知の上ではあったが、ちょっとめんどくさくなって部屋に置いてきてしまったのが運のつき。
走れば五分で着く道のり。
仕方ない、今日は帰るか。
そう心の中で決めた時、不意に頭上に降り注いでいた雨がぴたりと止んだ。
「入れてあげるよ」
にっこりと微笑んで俺の頭上に桜の花びらが描かれた傘を差し出してくれた桜庭。
雨が降っているはずなのに、その背景は桜の花びらが舞い散っているような、そんな感覚に陥った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ふふっと鈴を転がしたように笑う桜庭の声が、いつもよりも近くで耳に入ってきた。
女の子一人を雨から守ることで精いっぱいの傘は、少しでも離れてしまうと肩が濡れてしまう。
俺が入って桜庭を濡らすわけにはいかないと距離を詰める。
気づけば、肩が触れ合うくらいの距離で、桜庭の存在を感じていた。
雨風が少し強く吹き、桜庭の髪がふわりと持ち上がる。
それと共に、花のような心地よい香りが、鼻の中を突き抜けた。
超至近距離であるため、桜庭が今どんな表情をしているのか、確かめることができない。
少しずつ鼓動が高鳴りを見せるのが照れくさく、桜庭にまで伝わっていないことを祈るばかり。
先程まで途切れることなく喋りかけてきていた桜庭の言葉も、何故か今は収まりを見せている。
無言の時間が訪れるが、緊張からか、何も言葉が出てこない。
せめて何か話しかけてくれればいいのだが、彼女の口が開く気配はない。
いや落ち着け俺。
お前には水無瀬早希という立派な彼女がいるはずだろ。
この光景を彼女が見たらどう思う?
浮気じゃないのか?
そう言われても、水無瀬の方から姿を消したんだ。
これはもう、恋人関係は既に解消されていると言っても過言ではないはず。
俺が桜庭と相合傘的なことをしたとしても、咎められる要因はない。
別に今以上の関係を望んでいる訳ではないし、桜庭もその気はないに決まっている。
心臓の鼓動が早くなると共に、色々な葛藤が心の中で生まれてくる。
とりあえず、何か喋らないと、俺の心が落ち着かない。
そう思い、話題となるエピソードを模索し始めた時だった。
ピシャリ。
大きな張り手の音が、墓地に響いたのは――。




