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episode48 間違いとは、正しさとは、いじめとは、の件

【前回のあらすじ】

峰田先生が水島道夫を首謀者として祀り上げた件

 全校生徒皆の注目が、一人の人物へと注がれている。

 その中心で目を泳がせる少年、水島道夫は自分の状況を理解するまで数十秒の時間を要した。


 水島の頭の中では、戸惑いと恐怖、二つの感情が入り混じっているのが一目で分かる。

 最初は呆然と峰田先生のことを見つめていた彼は、全員の視線が集中していることに気付くと、慌てて立ち上がって弁明した。


「な、何を言っているんですか、先生は。な、何でぼ、僕が首謀者なんて言われないといけないんですか!」


 彼は声を震わしながら叫ぶ。

 全身は遠くからでも分かるくらい震えており、握りしめられた両手は、落ち着きがない。


 それに対し、峰田先生は一切動じる様子もなくマイクを片手に語りかける。


「残念ながら、私の言っていることは真実だ。私は、君が一昨日の早朝、学校中の掲示板にポスターを貼ったことも知っているし、昨日の午後、授業を抜け出して三年生の廊下の掲示板に同じポスターを貼ったことも知っている。

 教師の目を(あざむ)けるとは思わない方がいい」


 峰田先生の発言には、何一つ根拠がない。

 けれど気付くとすればそれは、峰田先生が犯人であることを知っている人物くらいだろう。

 だが、先生という立場が、その発言を信じるに足るものとしているのがたちが悪い。


 これだけ堂々と話すことができるのは、事実を話しているから。

 先生が真の首謀者であることは間違いないが、ログを確認する限り、水島の柴崎に対する好意を利用し、彼に行動させたことは明らか。

 完全なるトカゲのしっぽ切り。


 だからこそ、裏切られた水島は、その真実という壁を前に、墓穴を掘ってしまった。


「た、確かにポスターを貼ったのは僕だけど、それをさせたのは……あ…………」


「そういうことだ、みんな」


 急いで両手で口を塞ぐ水島。

 けれど吐いた言葉は全員の耳に届き、もう戻すことはできない。


 それを見て、峰田先生は勝ち誇った笑みを浮かべた。



「あの子って確か柴崎さんの所に毎日貢いでいた人だよね」


「噂に聞くと、柴崎に振られたらしいよ」


「そうなの? もしかしてそれが原因で、腹いせにやったってこと?」


「それはさすがに引くわ……」



 水島の発言を聞いて、皆が皆、風で聞いた噂や実際の出来事に尾ひれをつけて話を助長させていた。

 ここにいるほとんどの生徒が、彼に対し蔑みや怒りの視線を向け始める。




「いや、そうじゃないだろ……」




 そんな中俺は、あまりのみんなの盲目さに、怒りを通り越して呆れの言葉が漏れる。


 今こうして水島を犯人扱いにしている人達の中には、柴崎のいじめに加担していた連中が確実にいるはず。

 黙認していた人もきっと多い。


 にも関わらず、彼が首謀者として認識された途端、すべての責任が彼に押し付けられるのは、あんまりではないか。確かに水島は悪い。

 けど、だからといって、他の人の行為が許されることなんて、あってはいけない。


「何だよ、あいつのせいで騙されて落書きとかしちゃったし」


 どこからかそんな声が聞こえた。

 俺はすぐさまその方向に顔を向けたものの、誰がその声を発したか特定することはできなかった。


 許すも許さないも、決めるのはあんたらじゃない。

 柴崎楓だ。


 軽く身を乗り出しながら、その柴崎の様子をうかがう。

 彼女はじっと、前を見つめている様子であった。

 長い黒髪により、その表情を読み取ることはできない。


 もう自分の潔白を証明するは難しいと判断したのか、水島は最後のあがきを口にし始める。


「た、確かに僕がやってしまったのは認めます。で、でもそれは、峰田先生が僕のことを利用したからなんです!」


「利用? 人聞きの悪いことを言わないでほしいなあ。腹いせにもほどがあるよ」


「違います! 僕の言っていることは本当なんです。柴崎さんが誰かと仲良くしているのを見かけて悔しい思いをしていら、急に峰田先生が現れて、


『君の気持ち、よく分かるよ。私がいいことを教えてあげよう』


 って言って、柴崎先輩の過去の話をポスターにして掲示するよう指示したんじゃないですか! そうすれば、柴崎楓はきっと孤独になる。そこを君が狙えば彼女は堕ちるって」


「作り話にしては見事だ。だが水島、作り話は所詮(しょせん)作り話だ。見なさい、みんなの反応を。

 誰か一人でも、君の話を信じている者はいると思うか?」


 その言葉を機に、生徒達の会話が鳴り止む。

 水島は目に涙を浮かべながら、首を大きくゆっくりと振りながら周囲を見渡す彼の目に、果たして誰かが映ることはあるのか。


 その答えは、彼の表情が語る。

 顔を恐怖で歪ませ、ボロボロと涙をこぼす彼の瞳には、誰しもが敵として映ったに違いない。


「さて、これですべて暴かれた。彼こそが、我が校期待の生徒を窮地へと追い込もうとした張本人。彼にはこの後、職員会議にて適正な処分を下させてもらう」


 峰田先生がそう言うと、ゴンと大きな音を立てて水島が膝から崩れ落ちる。

 顔を床にこすりつけ、丸まった彼の背中は更に小さく見え、みじめな姿だった。




「いじめとは、ほんの小さなきっかけで生まれるものです。そしてそれが、すれ違いや勘違い、嫉妬や好奇心といった誤った認識で少しずつ広がり、みんなやっているから自分もやっていいという、民意の暴力と化してしまう恐ろしいものです。

 ですが、こうしてみんなで誤った認識を正すことによって、いじめはなくなります」




 完全に決着がついた。

 そう思ったか、峰田先生はこのいじめを終息へと導こうと語り始める。

 だが、俺の心の中は、決して穏やかなものではなかった。




「水島道夫君。彼はこれから、今回のいじめを悔いて、更生のため、長い時間をかけて償いをしていくことでしょう。

 みなさんも同じです。今回、周りに流されていじめに加担してしまった人もいれば、気付いているのに見て見ぬふりをしてしまった人もいると思います」




 この終わらせ方は間違っている。

 ちらちらと柴崎の方を見ながら話す峰田先生を見て、その狙いが、彼女の自分に対する株を上げることにあることに気付いてしまった。


 犯人を晒し上げ、今後いじめが巻き起こらないように全校生徒への注意を促す。

 その結果、恐らく今日から、彼女に対するいじめはなくなることだろう。

 そうすることで、いじめから救った先生として好意を抱く。

 そんなシナリオを描いているのではないか。




「そんな君達にできることは、物事を正しい目で見る力を養うことです。柴崎楓さんは、勉強では学年で一番、部活では全国で一番。そして、容姿も美しい、素晴らしい生徒です。

 そんな彼女に向けるべき眼差しは、嫉妬ではなく、尊敬こそが、正しいのです」




 けれど、肝心の峰田先生のみが無傷であり、いじめに加担した人のこれからの行動が改善されたとしても、その過去が消えてなくなることはない。

 謝ったからといって、許されるべき行為ではない。




「もし彼女に対して申し訳ない気持ちがあるのでしたら、この後個別に謝りに行ってください。許してくれるかどうかは彼女次第ですが、やってしまったことは取り返しがつきません。

 反省することこそが重要なのです」




 自分に対する不満を和らげ、謝るハードルを下げるような言い方。

 だが、その言い方では、心から反省するような生徒なんて、ほとんどいないだろう。

 それこそ、いじめにみんなが加担したように、みんな謝るから自分も謝ろう。

 そう思わせてしまうのがオチだ。


 これは間違っている。

 その気持ちが、心の中をざわつかせる。


 ここで俺が立ち上がってみんなに真実を告げようとしたところで、いい雰囲気で終わろうとしていたのをかえって邪魔してしまうことだってありうる。

 残念ながら、俺は弁の立つほど頭が良くないことを自分自身自覚している。


 昔の、中学生の頃の自分だったら、なり振り構わず発言していたのかもしれない。

 それこそ、夢葉を救うため黒幕に立ち向かった時みたいに。


 けれど、あの時とは違ってここは夢じゃない。

 現実だ。

 選択を間違ってしまえば、夢のように消えてなくなることはない。


 そうだ、結局俺はただ、怖いだけなんだ。


 間違っていることが目に見えているのに、この公衆の面前で正しいことを伝えることすらできない、ただの臆病者だ。


 ほら、何でこの足は立ち上がらないんだ。

 何でこの口は、文句を呟くことができても、大きな声でみんなに伝えることができないんだ。


 何だ、俺は何一つ、昔から変わっていないじゃないか。

 夢の侵食で少しは成長したと思っていたのに。

 結局心は、黒幕にびびって足がすくんで夢葉を助けることができなかった、あの時と同じじゃないか。


 自分の弱さに、唇を噛みしめる。

 全校生徒、そして先生に囲まれたこの空間で、立ち上がる勇気が出ない。


 そうしている間にも、峰田先生の話は終わりへと近づく。




「今回の騒動がきっかけで、これから君達はまた一歩大人に近づきました。人間は、反省する生き物です。それを学ぶことができたのが、何よりの収穫だと私は思っています」




 最後に峰田先生は、柴崎が座っている辺りに向かってウインクをした。

 そして、壇上で一礼すると、大きな拍手が巻き起こった。


 俺は無理矢理足を叩いて立ち上がろうとするも、上手く筋肉が動かない。


 すると、今まで沈黙を貫いていた柴崎は突然立ち上がった。


「ちょっとま――」





「笑止千万!」





「え…………」


 体育館を揺るがすような大きな声と共に、壊れるくらいに強く、大きな金属音を立てて後ろの扉が開かれた。





 その先には、今までどこにいたのか、学生服に身を包んで壇上の峰田先生を睨みつける志熊星矢の姿があった。

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