第99話 黒石康之助1
場所は変わり、地上から1000m程縦に長い階段というにもおこがましい石段を降りた先に、カビ臭く暗く湿った太古の遺跡がある。
そこはかつて、土蜘蛛の一族が隠れ住んでいた場所だ。土蜘蛛一族とは頭が蜘蛛で体が人形の魔性で、人肉を好み生きながらに少しずつ食うのが好きな邪悪な種族だ。
長年の地下生活の影響で彼等は目が見え無い代わりに鼻と耳がよく効き、陽の光に弱く地上での長時間の行動は死につながる。そんな一族だ。
この一族はかつて黒石の者によって一度討伐の憂き目に合っている。その際に彼等の女王の''大喰ノ巫女''をこの地に封印したのだが、その封印が解けたとの情報を元に本家から討伐の命が下りたのだ。
命を受けたのは黒石康之助、元当主候補であり元精神会館館長其の人だ。
「…… 村人は全滅か、何名か連れ去られた痕跡がある。村が襲われてから10日、クイーンのエサになっている頃か。生き残りの1人でも居れば御の字だろうな……」
彼が今居るのは三湧鎖村という山間にある人口1000人以下の廃れた村だ。彼は土蜘蛛の一族が食い散らかしたと思わしき遺体を建物ごと焼却しながらある場所を目指して移動していた。
この村には、土蜘蛛の一族が封印されていた遺跡に通じている''奈落の底''と呼ばれる井戸があり、その井戸は法厳寺の境内の奥にある。
この''奈落の底''と呼ばれる井戸は地獄に通じているといい伝えられており、あながち嘘ではないそのいい伝えも井戸に人を近づけさせない為のものだったのだろう。
そしてその井戸を代々の住職が守って来ていたのだが、今の住職がなにを考えたのかその井戸に小動物の死体を捨てていたのだ。
今代の住職にはズボラな所があり、管理を怠ったせいで寺にネズミや害虫が沸いてしまう。そしてよりによってその死体を井戸に捨てていたのだ……
それが最悪の事態を招く事になる。
小動物とはいえ供物を与えられた''大喰ノ巫女''がネズミや虫の魂を喰らい封印から目覚めてしまったのだ……
長い年月で封印が緩んでいた事もあり、極限まで飢えていた''大喰ノ巫女''には虫や小動物の魂でも御馳走だったのだろう。
土蜘蛛の脅威はその繁殖能力の高さだ。目覚めてから僅か3日で1万匹にまで増えた彼等が地上に出て村人を食い漁った。
人の肉は魔の者にらとってこれ以上ない栄養素だ、土蜘蛛の一族が目覚めてより10日、その数は10万匹をゆうに越えていると思われる。
このまま放っておけば地上の人間は残らず彼等の餌となるだろう。
彼等が遺跡から横穴を作り地上に出てくるのなのにたいして時間はかからない。まあそうなる前の討伐が好ましいのだが……
唯一の救いは、彼等が陽の光に弱く日中は地上に出られないという事ぐらいか。
その点康之助は、数でも質でもどちらにも対応出来る実力者である。彼の能力は【武威変化】、体の一部を武器に変える能力だが、あともう一つ彼には能力がある。
彼は''奈落の底''が有る法厳寺にまで来ると、辺りの様子を探りながら井戸のある場所まで行く。すると奴等の仕業か、蜘蛛の糸の様な物で道が塞がれているのだ。
それと共に中は陽の光が届かない様になっている様で、いわば土蜘蛛の一族の前線基地の様な役割を担っており、康之助を敵と捉えた土蜘蛛の先兵100匹が襲い狂う。
土蜘蛛の先兵が迫って来ても康之助に焦った様子はまるでなく、彼は腕を頭上に掲げると手刀の要領でその手を振り下ろした。
「''手刀焦熱''」
一瞬の赤い閃光と共に土蜘蛛の先兵と糸による前線基地は一瞬で切り裂かれる様に焼き払われた。
一体一体の能力が鬼族の椿崩と同等程度の先兵100匹を瞬殺してしまったのだ。
そう康之助のもう一つの能力は【火殲術】、彼はこの能力を【武威変化】の能力と掛け合わせる事で無類の殲滅能力を誇る''焦熱''やその他の火炎と斬撃を合わせた技が使える。
この“焦熱''は瞬間最高温度1300度の高温を有した斬撃で、技の発動までにかかる時間は0.5秒と早くその射程範囲も10mと広い。正に雑魚を仕留めるのにうってつけの技なのだ。
「奴等すでに地上にまで巣を広めだしたか。あまり呑気してられんな、暗闇は好きでは無いが致し方なしだ」
彼は魔の者の討伐時にいつもしている様に耳にイヤホンを嵌める。そしてかけるのはMarilyn Manson のRock Is Dead を筆頭にH.Rからサイケ、パンク、ヒップホップまで、ありとあらゆるロックや海外の名曲を詰め込んだ康之助スペシャルだ。
聴覚という戦いに大切な感覚を一つ失う事になるが、彼には大した問題ではない。
淡々と地下遺跡へと繋がる井戸にロープを垂らすと、その中へと入っていく。
この井戸には元から水は無く、''鬼火''という松明代わりの火を明かり代わりに下へ降りているのだが、なかなか最下層に辿り着かない。
しまいには500mは有にあったロープの端末に辿り着いてしまった康之助。幸い井戸の中に土蜘蛛の一族は居らず、ここまではすんなり降りる事が出来たのだ。
「ふう、仕方ない壁伝いに降りるか……」
井戸の内部の壁は石を積み重ねた物だ。その繋ぎ目に指を添えるとロッククライミングの要領です下まで降りる事にした康之助。
彼は山岳部に住む魔の者の討伐も何度かこなしており、こうゆう咄嗟の判断で臨機応変に対応出来るのも彼の強みの一つだ。
まあ彼の身体能力なら飛び降りても問題は無さそうだが、無理をする様な場面でもないのでやめておく。
そしてそこから更に300m程下に降りた所でようやく井戸の底にたどり着く康之助。井戸の底には至る所にネズミやゴキブリなどの死骸がある。
寺の住職が捨てた亡骸だ。
「…… まったく馬鹿げた話だ」
誰も頷く者がいない中、独り言を言いつつ彼はそれ等の死骸を焼き払う。そして先に進もうとするが、なぜか康之助からため息が出る。
何故なら井戸の底からほんの1m先には、更に下へと向かっている石造の急な階段が有ったからだ。
いや階段と呼べる品物ではなく滑り台と言っ方が早いかも知れないその急な降り階段からは、何とも生臭く湿った空気が流れ出ている……
「降りたくはないが致し方あるまい……」
彼はその地下世界への入り口に向けて手を翳すと、''這琰熱''という地を這う様に燃え広がる火炎を放つ。
まるで津波の様に摂氏800度の火炎が広範囲に広がるこの火炎で、階段付近に居た土蜘蛛の悲鳴がこだます。
その中を悠々と進んでいく康之助。井戸の前で会った先兵程の強さの土蜘蛛はおらず、彼の元まで辿り着ける者は皆無だった。
もう縄は無いため身体能力を活かして下に降りていく。
「まるでクトゥルフ神話の遺跡に紛れ込んでしまった様だな、こちらは害虫の巣だが……」
定期的に''這琰熱''を放ちながら進んで行く。どのくらい降りただろう、彼の視界に緑色に怪しく輝く照光石の明かりが入ってくる。どうやら最深部に到達した様だ。
最深部は高さ5〜6mの黒光するなんらかの物資で作られた壁が、暗闇の中はるか彼方まで続いている様で、この最下層の空間の桁違いの広さが分かる。
康之助は懐から"追跡者"という名のビー玉くらいの大きさの魔道具を5つ取り出す。康之助の手の平で輝いていた''追跡者''が宙に浮かび上がるとどこへともなく飛んで行ってしまった。
この魔道具はやく2時間のバッテリーが切れるまで、建物や遺跡内を自動で動きマッピングしてくれる。
そしてこの"追跡者"の凄いところが、そのマッピングした情報を契約者の脳に直接送ってくるという優れ魔道具なのである。
だが、康之助が先に進もうと一歩踏み出した時、局地的な地震が起き彼の降りて来た階段が埋まってしまったのだ。




