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第98話 狸質



「ほう自らが犠牲になり黒石の者を助けると?」


この場に居る人間の幾人かが黒石の血族だと気付いている夜鶴姥童子。そしてその殺気の篭った眼光を彼等に向ける。


「そうじゃ、この者達を助ける。その代わりに妾が其方達に付いていく。妾の力は鬼族の再建に役立つと思うがのう」


「うむ、お主は初見から連れて行くつもりだった、だからこの此奴等は皆殺しにする。これは決定事項だ」


どうやら最初から交渉の余地は無かったようだ。


「では妾は行かぬ」


「ほう、ならば貴様を殺せばいいだけの事だ」


「妾を殺せば此奴等は一生動けぬまま、それでも良いのか?」


「ならば本当に解けぬかどうか試してみようか?」


そう言うと手のひらから紫色の雷【紫雷】を放電させてみせる夜鶴姥童子。


俺のいう事に従わなければ損得抜きに殺すという明確な意思、彼に対して交渉はなんら意味を成さない。何故なら彼の決めた事が全てだからだ。


ジャイアニズムの塊、それが夜鶴姥童子なのだ。


(…… かつて同盟を結んでいた時もそうじゃった、此奴に同族以外の言葉は通じはせぬ。天上天下唯我独尊を地で行くそうゆう奴じゃった、じゃが……)


何か考えがあるのか千姫に焦った様子はない。



「おい、夜鶴姥! 我が君を殺すとはどうゆうつもりだ! その言葉聞き捨てならぬぞ!」


聞き捨てならんとばかりに刻羽童子が口を挟む。


「我が君? ああそういえば刻羽、お前はこの狐の姫に惚れておったのだったな。となるとおいそれと殺す訳には行かぬか……」


あくまで鬼ファーストな夜鶴姥童子。仲間の意見には耳を傾けるのだ。


「てめぇ刻羽、まだそんな事言ってやがるのか! 構わねえ夜鶴姥、その女を殺しちまえ!」


今度は赤蛇が千姫を殺せと言ってくる。


「ぬぬっ、赤蛇は狐の姫が嫌いなのか? こ、これはどうしたものか……」


本来そんなに頭の良くない夜鶴姥童子が交渉に応じない理由が、この優柔不断さに有るのだ。


特に鬼同士だとその傾向が強く、直ぐに他者の意見に流されてしまう夜鶴姥童子。その反動か、鬼以外には頑なに意思を貫く事にしているのだ。


「うるさいこの売女め! 夜鶴姥良く考えろ、我が君はオイラ達の役に立つ。よく考えるんだ!」


「また売女て言ったな! 夜鶴姥構わねえとっととその女を殺しちまえ!!」


「ウヌヌ、ウヌヌヌ! わ、我はどうすればよいのだ……」


双方を追うように交互の鬼を見て、ついには思考の迷宮に迷い込んでしまった夜鶴姥童子。


そんな彼に千姫達は呆れ顔だ。先程までの緊張感は何処へやら、鬼達の三文芝居を見ている。


(な、なんなのじゃ此奴は、妾との交渉には応じなかったのに同族の意見には簡単に流されておる……じゃが時間は稼げた、此奴がバカで助かったのじゃ)


千姫は夜鶴姥童子が呑気に他の鬼達と漫才をしている間に、声に出さない様に呪文を唱えると加奈達に【絶対世界】の結界を張ったのだ。


「何ぃ!? いつの間に結界を!?」


突然人間達を守るように張られた結界に驚く夜鶴姥童子。


「主等が阿呆で助かった、術を練る時間をくれたのじゃからな」


そう、千姫は初めから鬼達が交渉でどうこう出来ないだろうと思い、この結界を張るための力を練っていたのだ。


そして時間を稼ぐためにあえて交渉を持ちかけたという訳だ。その結果、結界を張る力を練る事が出来た。


鬼達が呑気に漫才を始めたのも彼女にとっては有り難い誤算。一度に2つの事を考えて行動する事が出来る千姫には、鬼を手玉に取る事ぐらいは造作もないのだ。


「おのれ小癪な!」


激昂した夜鶴姥童子が結界に守られた人間に手を翳し【紫雷】を放ったのだ。


だがその電撃は結界によって霧散してしまう。


「無駄じゃ、その【絶対世界】は全ての力を遮断する。妾が死んでも1時間程は解けぬぞ。その間にここに黒石のハンターが大挙として押し寄せるであろう」


結界を殴っていた夜鶴姥童子が一瞬で千姫の元に移動すると、その首を掴み持ち上げる。


「我を愚弄しおって女狐め! このまま貴様の首をへし折ってくれる!」


「や、やめよ、夜鶴姥!」


刻羽童子の声に冷静さを取り戻す夜鶴姥童子、その目には未だに迷いが伺えた。


「……我を殺せば他の鬼共は一生動けぬままぞ、それでも良いのか?」


これは千姫のハッタリである。【絶対停止】の結界は千姫が死ねば解ける。


先程は余裕を見せていた夜鶴姥童子だったが、彼でも破れなかった【絶対世界】を見せた後にこう言えば、この仲間思いの鬼ならば安易な行動には出ないだろう。


「ぐぬぬぬ……小癪な……」


最初の余裕は何処へやら、夜鶴姥童子は悔しそうに千姫からその手を離す。


「どのみち妾は其方達に付いていく安心せい」


彼女は鬼達に着いて行くと言う。それは加奈達を助けるためでもあり、自らも恨みを持つ対黒石への布石の為でもあるのだ。


「ならば分かった、この場は退こうではないか。だが退くのは今だけだ、必ずここに戻り貴様等を喰らってくれる!」


そう言い捨てると夜鶴姥童子は精神会館の建物に向けて手のひらを掲げる。


「これは置き土産だ【紫雷】!」


紫色の閃光と共に放たれた横走りの雷は精神会館の建物を破壊してゴ〜ン!という落雷を思わせる轟音を轟かせた。


「!」


「何という力だ……」


そして悔しそうに結界に守られた加奈達を睨み付けると、縛られて転がる鬼達の元へ歩いていく。


夜鶴姥童子が刻羽童子と赤蛇の2人を肩に担ぎ、腐獅子が未だに気を失っている椿崩を担ぐと鬼達は一旦この精神会館を去る事に決めたのだ。


千姫は結界内にいる加奈達に向き直ると優畄達への伝言を残す。


「ーーという事で妾はこの者達に付いて行く。優畄達が戻って来たら伝えてたもれ、決して妾達を追うなと」


彼女は自分達を追うなと言うのだ。


(この鬼の力は絶大じゃ、今の優畄達では太刀打ち出来ん…… )


優畄達がもっと力を付けるまで粘りたいがそうも行かない。鬼達は黒石に並々ならぬ恨みを持っている。黒石の者を滅ぼすこと、それが今の彼等の共通の願いなのだから。


だがそれが不可能だという事も彼女は知っている。


(確かにこの夜鶴姥童子は強い。だがそれでも、あの真の黒石の闇に比べたら赤子も同然。この者達では奴等の闇の肥しにしかならぬ……)


千姫も自身の里を滅ぼされその禍々しい力を実際に目にしている者として知っている。黒石の力は決して侮ってはならない物だと言う事を。


そして千姫は最後にボブの元に向かう。ボブはいつものようにレゲエのリズムに揺れていた。


「ボブよ其方には世話になったな、妾は行くが達者でな」


「オ〜ウ…… 花子が居なくなると寂しくなりま〜ス。ですがァこの別れはァサヨナラではありませ〜ン、また会う時のためのゥスパイスなので〜ス! 貴方のォ無事を祈ってま〜ス」


「ああそうじゃな、再び其方に会える事を楽しみにしておるぞ」


ボブは千姫のその言葉にサムズアップする事で応える。



(優畄よすまぬ…… 結局またソナタの力に成れなんだ。だが次に会った時には必ず……)


そして鬼達と千姫は精神会館から去って行った。


後に残された加奈達の顔には絶望感しかなく、鬼の予想以上の強さに言葉が出ない一同。


「…… まさかあの狸が仙狐族の姫だったとはな、今回は彼女が居なかったら我々は全滅しておったわい」


「長く生きてみるものじゃな、狐の姫君に鬼なんて御伽噺のようじゃな」


「何を呑気言っているアルかぁ! わ、私は本国に逃げさせてもらうアル……」


「…… とにかく事態は私達の範疇を超えているわ。今は優畄君達の到着を待ちましょう」


加奈は崩れ落ちた精神会館を見てある人物の帰還を心から願うのだった。


(…… 康之助さん、早く戻って来てください)




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