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第81話 千姫とラーメン


あの隠し室の探索から優畄達が向かった最後の道場は、抜刀術の道場だ。


そこの師範代は田宮礒五郎(76)。江戸時代から続くと言われる抜刀田宮流の開祖、田宮重五郎の12代直系の子孫だ。


そして老体と思えぬ程に鍛えられた体をしている。


「ワシの爺様はかの新撰組とも争った事のある武人じゃあ。お主らの事は兵吾に聞いておる、今日一日は楽しんで行け」


俺達に会うのを楽しみにしていた様で、最初の挨拶のインパクトいい、この人の人柄には好感が持てた。


だがそう思っていられたのは最初だけだった。



「ほれ、お前はその鉄の棒でも振っておれ」


俺が渡されたのは長さ1m、重さ30kgの鉄の棒だ。


「えっ? 俺だけ…… 」


「なんじゃ不服か? そいつで素振り300回じゃあ」


爺さんは俺に素振りを命じると、ヒナに向き直る。

どうやら爺さんが楽しみにしていたのはヒナの方だった様だ。


「ヒナとか言う小娘はお主じゃな?」


「……そうだけど、なに?」


爺さんはヒナが腰に携えている"菊籬姫''を見る。



「その刀はな代々我が家に受け継がれてきた刀なんじゃ。返せとは言わんが、その代わりに小娘、お前がその刀に相応しいかどうか試させてもらう」


なんと"菊籬姫''は爺さんの家の家宝だった刀だっのだ。この爺さんの悪いクセで、弱いのに賭博に興じるため借金が凄い……


その借金の抵当に家宝の"菊籬姫''を手放したのだ。


そして礒五郎は弟子から刀を受け取ると、それを正眼の構えに構える。


「おお…… 師匠が真剣を……」


「本気だ……」


弟子の方々も爺さんが真剣で立ち向かう姿に驚いている。



「お主が二刀流というのは聞いている。どれその二刀流をワシに見せてくれんか」


明らかな挑発、女子の細腕で二刀など振れるものかと勘ぐっているのだ。


「''虎牙丸''、"菊籬姫''行くよ」


ヒナは二刀を抜くと力を抜いた様に腕をさげ、持った刀を自身の石元でクロスに交差させる。


「ぬっ!」


ヒナのその脱力した様な構えを見て、礒五郎が驚愕の声を上げた。


(…… なんと自然でスキの無い構えよ、まるで無駄な力が入っていない…… )


剣術の理想系、それを目指す者なら誰しも憧れる最高の到達点。その構えを目の前の20にも満たない小娘がしているのだ。


礒五郎は動かない、いや動けなかった。自分がどう攻めようともこの娘に先手を取られる。


生まれ持ったヒナの天賦の才、余程に2本の刀と相性がよかったのだろう。ヒナはこの二刀の刀を持つ事で完全に覚醒したのだ。



「…… 参った。ワシの負けじゃ」


なんと一合も刀を交える事なく負けを認めた礒五郎。


「えっ、し、師匠!?」


「…… い、一合も刀を交える事なく師匠が負けを認めただと……」


周りがどよめく中とうの本人は負けたとはいえ、その顔はなんともいえない清々しい笑顔だった。


「小娘、その刀"菊籬姫''は其方のものじゃ。大切にしてやってくれ」


「うん。任せて」


ヒナも礒五郎に刀の後継者と認めてもらえて嬉しそうだ。そして礒五郎は腰を摩りながら道場を後にした。



そんな中、1人ポツネンと鉄の棒で素振りをさせられていた優畄が、言われた300回の素振りを人知れず終えていた。


(……結局俺はこの鉄の棒で素振りをさせられていただけか……)


彼にそっち方向の才能がないのは素振りを見れば一目瞭然。そのため捨て置かれたのだ……。



こうして抜刀術の見学体験は終わりを迎えた。


午前中だけで終わり、ヒナのリクエストもあったので、午後は神社に野良狸を見に行く事にした。


ああもちろん日本刀は寮に置いて来たぞ。


少し落ち込み気味に歩く俺を気にして、ヒナが顔を覗き込んでくる。


「ヒナはいいな、日本刀とか扱えて……」


「なんで、優畄だって変化出来たりするじゃん」


「そうだけどさぁ……」


優畄は刀関係には才能は無い。刀を持って振れなくも無いが、ヒナの才には遠く及ばない。


「私、優畄の狼男好きだよ。毛むくじゃらで可愛い」


「うう…… それペット的なヤツじゃないか」



そんなこんなで神社に着いたはいいが、肝心の狸が見当たらない。


「う〜、狸居ないね……」


「逃げちゃったのかな (駆除とかされてなきゃいいけど……)


「屋代の軒下には幾つかの空き缶があり、優畄達の他に狸に餌をやっていた者がいる事が分かる。


一応まだ居るかも知れないので、開けた缶詰だけを置いてその日は帰る事にした。



ーーー



その頃、肝心の狸こと千姫は、人の姿に化けて幼馴染の瑠璃鞠とボブと共に、町に買い物に来ていた。


千姫の姿だと狐耳に8本の尻尾があるため、今回は完全な人の姿に化けているのだ。


彼女の霊力だとおよそ24時間、丸一日は人の姿に化けたままでいられる。本来ならもっと化けて居られるのだが、黒石からの追手に居場所がバレる訳にはいかない。


そのため豊富な霊力で自分の体を膜の様に包み込み、気配を隠しているのだ。


町に来た目的は、千姫の町で着る用の服を買うため。


それまで仙狐の里から出た事の無かった千姫は、着物しか持っていない。そのため今風の服を買いに来たという訳だ。


あと、また優畄に会った時のためにおめかしをしておきたいという心算もある。


あの時は咄嗟の事で思わず隠れてしまった千姫。



(まさか優畄がこの町に居るとは思わなんだ。それに忌々しく邪悪な授皇人形なんぞ連れ歩きおって…… しかし優畄がこの町に居るのなら好都合、早くあの場所に向かわねば!)


千姫には邪悪で強大な黒石と戦うための秘策があるのだ。そこまでの道のりは遠く険しいが、彼女の決意は堅い。



ちなみにボブはボディーガード役として着いて来ている。


千姫としてはボディーガードは必要無かったのだが、ボブは頭からを縦には振らなかった。


「油断大敵、一寸先は闇で〜ス」


そう言ったあと、ボブの腹がキュルキュルと鳴なった……


言わずもがなボブの目当ては海鮮亭の塩ラーメンだ。


「ふ〜…… 仕方がないのう、先にお昼を食べてから買い物に行くとするかのう」


ラーメン屋の前で待つ着物を着た美人とドレッドヘアーの黒人青年。イヤでも注目の的になってしまう。


「千ちゃん、ここのラーメンは凄く美味しいんだよ!」


「楽しみにしていたラーメン、早く食べたいな!」


意識しているわけでは無いが、やはり喋り方が変わる千姫。


注文の際も「わ、妾はこのトッピング全乗をお願いするのじゃ」と本来ののじゃ語に変わり店員を驚かせていた。


そして初めて食べる絶品塩ラーメンの味に悶絶し、感動しながら食べたのは言うまでもない。


「なんて美味さなのじゃ…… ああ、喋ると余韻が消えてしまうのじゃ……」


ボブも当たり前の様にトッピング全乗せを食べ、その味の余韻に揺れている。


「ラーメンはァ日本人の心で〜スね」


腹を満たした後は買い物だ。初めてショッピングモールに来た千姫は辺りをキョロキョロと見回している。


「な、なんなのじゃ、この場所は……」


「千ちゃんここが私の行き付けのショップだよ」


「ハア、こんな所を知っているなんて、瑠璃鞠ちゃんはすごいのね…… 」


服を買うお金は神社のお賽銭から出している。結構人が訪れるこの神社はお賽銭もかなりの額になる。


最悪は葉っぱのお金という手もあるが、それは最終手段だ。


こうして今時の服を買う事が出来た千姫一行。


ボブはどうしてたかって? 彼はどこぞで買ったソフトクリームを舐めながら、買い物が終わるのをレゲエのリズムに揺れながら辛抱強く待っていてくれた。


((これで準備は万端じゃ。待っとれよ優畄、妾が黒石の呪縛から解き放ってやるからな!))




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