第76話 マリアのお飯事、剣道
黒石家の屋敷の一室。
時期も違うのに呪われた雛人形を何体も出して、自身の周りを囲こませ、マリアがドゥドゥーマヌニカちゃんとほうじ茶と共に柏餅を食べている時だった。
「あら、封印が解かれた様ね。この位置だと六鬼衆を封じてある''鬼畐界''への封印かしら」
『ギ、ギギ……ギ』
何者かに【羅漢石】の封が解かれた事を感じ取ったマリア。
「あの次元に繋がる入り口は【羅漢石】で封じてあったはず。自然に解けたとは考えられないわね。と言う事は、誰かが血の池に血を満たしたと言う事」
その事実にお互いに見合うと、にんまりと笑い合うマリアとドゥドゥーマヌニカ。
鬼が封印から解き放たれたというのに、彼女達に焦りの色は一切伺えない。
「誰だか知らないけど、それはご苦労な事ね」
『……ギギギ……ギギ』
「ねえ、本当の愚か者ね。 あの位置だと康之助様が一番近いわね。あそこにはちょうどお兄様もいらっしゃいますし、あちらにお任せしましょう」
そしてその事をボーゲルに伝えると、何事も無かったかの様に呪われた雛人形達と飯事を始めるのだ。
8月16日、
今日向かった道場は剣道の道場。
もう好奇の視線にも慣れたもので、ほとんど気にならなくなっている。
若干、ヒナの親衛隊の人数が増えているのは気になるが、何かをして来るわけではないので放置だ。
この道場の師範代は佐竹満(49)元警察官だった人物だ。
「君等の事は康之助君から聞いている。ここで剣道に触れて、少しでも興味を持ってくれたらありがたい」
本当に剣道が好きなんだろう彼の真っ直ぐな気持ちが伝わって来る。
実は俺は剣道は初めてではない。昔、小学生の頃に体験で一度経験した事があるのだ。
その時の印象は臭い。とにかく防具が臭かった……
酷く辟易しながらやっていた記憶がある。
今日は俺達のために最新式の匂いが付かない抗菌式の防具を用意してくれたため、臭いの心配はなさそうだ。
先ずはストレッチ。これは必ず欠かさずに毎回やる。
そしてまず教わるのは竹刀の持ち方や振り方、足の捌き方に防具の付け方などだ。
その後は防具を着けずに素振りの練習、そして防具を付けてからは、面、胴、小手などの打ち方を教わり、打ち込みを実戦していく。
午後の2時を回った頃、剣道の体験練習は終わった。
ヒナは刀を扱うだけに筋がいいと褒められて喜んでいた。
俺は能力の補正もあり出来ているとは思うが、どうやら俺にこちらの才能はない様だ……。
(…… まあいいさ、俺にはコイツがあるからな)
すっかりと物騒になった自分の拳を見る。この10日程で暴力にも慣れ、立派な凶器と化したこの拳。
最近、無性に何かを殴りたい衝動に駆られる時がある。凄まじい破壊衝動が体を支配するのだ。
きっと【獣器変化】の能力の弊害だろう。
それと共に、自分が理性のない猛獣に変わってしまうのではないかという不安が日々強くなっていく。
そんな俺の心情が伝わったのか、ヒナがそっと俺隣にやって来て手を繋いでくれる。
(ヒナ……)
ヒナがどれほど自分の中で大きく、大切な存在になっているのか、その手の温もりにそれを切実に感じる。
ヒナ親衛隊からの刺さる様な視線は気になるが、今はヒナさんの手の温もりを堪能するさ。
道場を後にした俺達が向かうのは町のコンビニだ。そこでガリガリ君を買って神社で食べるのが、道場巡りの後のいつもの日課になっている。
「ヒナはすっかりガリガリ君の虜だね」
「この暑さの中で食べるにはもってこいだからね」
そして毎度の如く眉間を抑えてキ〜ンに耐えるのだ。
ヒナにはちゃんとしたカキ氷も買ってあげたが、それでもガリガリ君の方がいいと言うヒナさん。
アイスを食べ終わり帰ろうかと歩き出した時、神社の御堂から狸が顔を出して、こちらを伺っているのが見えた。
野生の狸が迷い込んだのだろう。心なしかこちらを見るその仕草が、俺達を見て驚いている様に見えたのは気のせいだろうか。
「こんな町の中に狸がいるんだ」
「狸!?」
ヒナは''ぬんだ''のぬいぐるみで、すっかり狸が好きになってしまった様子。
「稲荷神社で狸なんて面白いね」
「狸ちゃんおいで、ほらいい物あげるよ」
ヒナはコンビニで買った焼き鳥の缶詰で狸を誘い出そうとするが、フンフンと匂いを嗅いだあと、
ススッと軒下に逃げ込んでしまう。
「ああ、狸ちゃん…… 」
「野生の動物は臆病だからね、少しずつ成らして行こう」
「う〜、狸ちゃん……」
よほど名残惜しいのか帰り際も、チラチラと後ろを振り向いては狸が出てこないか確かめるヒナ。
優畄達が立ち去ったあと、軒下から顔を出して何を思うか、彼等が去って行った方向をずっと見続ける狸。そしてお腹が空いていたのか、ヒナが置いていった缶詰の焼き鳥を食べ出した。
帰り道、いつもの様に公園を通り抜けるため歩いていると、精神会館で見たヒナの親衛隊の連中が屯しているのが見える。
「ハア…… (この公園を通ると、どくな事がないな……)
俺達が無視をして通り過ぎようとした時「ちょっと待ったァ!」の掛け声と共に、ヒナ親衛隊の中でも1番のイケメソが代表として前に出てくる。
「……俺達に何か用ですか?」
「ああ、俺達にではなくヒナちゃんだけに用事がある」
なんとも自信たっぷりにそう言うと、ヒナの方にそのイケメソフェイスを向ける。
「ヒナに? ヒナなにか心当たりある?」
「うんん、全然知らない人」
まったく興味が無さそうにヒナがそう言う。
「ヒナはそう言ってますが?」
「フン、君には用はないと言ったはずだが」
そう言うと今度は、キザったらしくセットされた髪の毛をかき上げる。
「僕はヒナちゃん、君に用があってここまで来たんだ。君にはこんな野蛮な奴は相応しくない。君には僕みたいな冠前絶後な男のほうが絶対に似合う」
そう言うと手品で薔薇の花を出し、それをヒナに捧げる様に差し出す。
この男の名は佐々木信弘、父が黒石系列の会社の取締役を勤めるお坊ちゃんだ。
地元の大学の法学部に通う将来の弁護候補生で、この精神会館には護身術を習うために通っている。
今日はヒナに告白?に来た様だ。親衛隊の連中も、血生臭い噂の絶えない俺より、仲間のイケメソ君の方がヒナに合っていると思ったのか、大挙としてやって来た様なのだ……。
(金もあり身長も180cmとモデルの様なルックスのイケメソだ。そりゃモテたんだろうね…… だが、口説こうとした相手が悪かった)
チラッとヒナさんの方を見れば、いつもの天真爛漫な笑顔とは打って変わって、無表情な感情の無い面持ちでイケメソを見ている。
(あっ、これヤバイ奴だ……)
俺には分かった、ヒナさんがブチ切れているという事が。そしてこのままだとこのイケメソに、とてつもない不幸が訪れると言う事が。
「そ、そろそろ行かせて……」
俺が何とか事を荒げない様にと、ヒナとイケメソの間に入ろうとした時、イケメソが自ら死刑宣告と取れる言葉を口にした。
「さあこの薔薇を受け取ってくれ、そして一緒にディナーに行こう。ロイヤルスイートを予約済みだよ、今夜はそいつを忘れるくらいに……
イケメソが言い終わる前に、ズドン!とばかりにその体が宙を舞ったのだ。
ヒナに股間を蹴り上げられたイケメソは、その場から3m程浮き上がった後、そのままグチャリとばかりに地面に崩れ落ちた……
(…… う、うわぁ…… ありゃあ潰れたな……)
そして泡を吹きながら伸びてしまったイケメソ君。君子危うきに近寄らず、彼にはいい教訓になった事だろう。
「優畄、行こ」
ヒナは親衛隊を一睨みすると俺の手を掴む。そしてヒナに恐れ慄き、まるでモーゼの十戒の如く割れていく親衛隊の中を悠々と去って行くのだった。




