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第73話 ボクシング


8月14日、この精神会館に来て5度目の朝を迎え、習った武術は今のところ空手、柔道、合気道、中国拳法の4つだ。


そして今日向かうのはボクシングジム。


このジムには今は、学生チャンピオンが4人、プロの国内チャンピオンが2人に、OPBFチャンピオンが1人いる。


世界王者はまだ居ないがその可能性を秘めた才能ある若者が切磋琢磨している。


ちなみに若干数名、ヒナのファンクラブと思われる輩も途中で見かけたが、ほっておく。


今日俺達の面倒を見てくれるのは、最近このジムの会長になった長谷川もずみ(48)だ。


この人はかつて康之助が、ボクシングで世界を目指していた頃のトレーナーだった人なのだ。


この人がジムに来てから練習生のレベルが飛躍的に伸びたのはいうまでもない。



「俺は長谷川もずみだ。康之助からいろいろ聞いている。さっそく今から教える通りに構えてくれ」


ボクシングの関係者は一目構えを見れば、その人にボクシングの才能があるかどうかが分かる。


先ず左足を前に肩幅ぐらいに足を開く、そして腕を肘で曲げて拳がちょうど顎の辺りに来る様に構える。顎を下げて上目遣いに前を見る。


この時大切なのが脇を締める事。一見窮屈に見えるこの構えが下半身からの力をスムーズにパンチに伝得るのだ。


そしてパンチは腰で打つという通り、足の親指で踏み込んだ力を腰の回転でパンチに伝え、基本のワンツーを放つのだ。


一連の流れを教わり、国内チャンプの見本を見たところで優畄達も実践してみることに。


「よ〜し、いくぞ!」


先ず先にヒナが実践してみる事になった。教えらた通り構えでワンツーパンチを放つ。


「……」


「……す、凄え」


「あ、あんなに可愛いのに……」


「ヒナちゃ〜ん!」


2割程度に抑えたヒナの、綺麗なワンツーパンチに言葉を失うもずみ会長。


「…… う、ウチは女は取ってなかったが、これから勧誘始めるか…… 」


続いて俺が教わった通りにパンチを打ってみる。自分でも不思議なくらい綺麗なワンツーパンチが打てた俺。


(なんかしっくり来るな)


どうやら俺には、今ままで習った格闘技の中で、ボクシングが1番相性が良い様に思えた。


そんな俺の心情とは裏腹に、何故かシーンと静まり返るジム内。



「…… 康之助の野郎、こんな原石隠してやがったか!」


フルフルと震え出すもずみ会長、そして興奮気味にパンチングミットを持つと、リングの上に上がる。


「順番にリングへ上がれ! 俺が直接指導してやる」


その会長の行動にジム内が騒めき立つ。



「会長がリングに上がったぞ……」


「本当に才能の有る者しか見ないという会長が……」


練習生の人達がご丁寧な説明をしてくれる。どうやら会長は、自身が気に入った者しか練習を見ない人のようだ。


「よし、私が先にいくよ!」


先ずはヒナから。本人は嫌がったが、一応ヘッドギアを付けてリングへ上がる。


そして始まったミット打ち、俺達はフックやアッパーなども教わっていたので、会長の構えるミットを的確に打ち抜いて行くヒナ。


(ほっ! これに付いてこれるのか)


たまに会長が不意打ち気味にヒナの頭を狙ってミットを振ってくるが、それをスエーバックで悉く交わしてパンチを打って行くヒナ。


そして1ラウンド3分をフルに動き続けたヒナのスタミナにも周りは驚愕していた。


普通の一般人がいきなりリングの上に上がらされて、もって一分動ければ大したものなのだ。



「…… パンチや動きにキレがある、1ラウンド動けるスタミナもある、お前本当に素人か?」


「うん。ボクシングやるのは初めてだよ」


(3分間フルに動いたのにケロッとしてやがる、うむむむむっ……)


それまで練習していた練習生はおろか、チャンプまで練習をほっぽり出してリングに見入っている。



「次はお前だ、リングに上がれ!」


俺も一応ヘッドギアを付けてリングに上がる。


(ボクシングが俺に合っているのかな、なんかリングに上がるのを楽しんでいる自分がいる)


「よし、俺のミット目掛けて好きな様に打ってこい!」


リングに上がって少し高揚している俺に気付いたのか、もずみ会長も興奮気味だ。


そして始まったミット打ち、初めてなのに会長のミットにどのタイミングで、どのパンチを打ち込めばいいのか分かる。


パパパパパン!と小気味良いミットを打つ音がジム内に響き渡る。


(クッ、いい音を出しやがる!)


さらにヒートアップして行く会長に釣られて俺の回転も上がって行く。



「優畄!」


あまりの爽快感にリミッターを少し上げてしまった俺、パンチを受けた会長のミットが、威力を殺しきれずに流される。


ヒナの掛け声で冷静になれた俺は返しの左フックを打つのを止めた。


只事ではないとジムの関係者が、会長の元に駆け寄りミットを外す。すると会長の手が真っ赤に腫れ上がっていたのだ。


「…… 長年トレーナーをしてきたが、ミット打ちで手を砕かれたのは初めてだ…… 」


どうやら俺のパンチを受けて手の骨にヒビが入った様なのだ。


突拍子もない形で終わってしまったボクシングの体験見学。俺もヒナも不完全燃焼気味だ。


「す、すいません。つい力が入ってしまいまして……」


「お前は悪くねえ、パンチを捌ききれなかった俺が悪いんだ……」


本心から言っているのだろう、一瞬悔しそうな顔を見せたが、次の瞬間にはニカっと笑うもずみ会長。その仕草がなんとなく康之助に似ていて、彼等の関係性が伺えた。


「おい、お前達2人なら間違いなく世界が取れる。ボクシングに興味が湧いたらいつでも来い、俺が世界王者にしてやる!」


そう言い残してもずみ会長は、手の治療のためジムを後にした。


会長が言ったことが本心かどうかは分からないが、気分はいい。


残された俺とヒナは周りからの好奇の目に晒されながら、2人で教わった事の一連のおさらいをした後、関係者の人に丁寧に挨拶をしてからジムを後にした。


「ボクシングがこんなに面白いなんて驚きだよ!」


会長からお墨付きをもらった優畄、きっと本来の彼にもボクシングの才能が合ったのだろう。


「私は柔道とか合気道の方が好きだな」


どうやらヒナさんは古武道系の格闘技の方が相性がいいだしい。まあ日本刀も器用に扱えるからね、ヒナさんは古風な女性なのだ。


「明日は総合格闘技の道場か、どんなだろうな?」


「分かんない。だけど優畄と一緒ならなんでも楽しい」


「ヒナ、俺もヒナと一緒で楽しい」


「明日も頑張ろう〜!」


「おう〜!」


こうしてここに来てからの5日目は終わった。


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