第67話 一騎打ち
いつしか真剣勝負になっていた2人の練習試合、2人が間合いを取り技を掛けるタイミングを探る。
優畄は大外に内股が得意で、ヒナは一本背負いと払い腰がお気に入りだ。
パワーでは優畄が優れ、スピードと技でヒナがリードする、一進一退の攻防が1時間に渡り繰り広げられていた。
普通の柔道家でも連続で動けて30分がせいぜいだが、無尽蔵のスタミナを誇る2人にはまるで関係ない。
そして遂に決着がつく時が来た。
両者共に相手を牽制して技をかけるチャンスがなかったが、それを嫌った優畄が先に仕掛けたのだ。
スピードと技で優るヒナがに先に仕掛ける事は愚の骨頂と誰しもが思うだろう。
案の定、ヒナは俺の前進に合わせて一本背負いを合わせてくる。竜巻の様なヒナの一本背負いで投げられながら、俺は何とかヒナの弱点の耳に息を吹きかける事に成功する。
「きゃっ!」
そして俺は、一瞬ヒナの力が抜けたのを見逃さずに足を絡ませると、ヒナを押し潰し寝技の上四方固に持ち込んだのだ。
「ウウウッ、優畄の卑怯者!」
「ハハハ、勝負に卑怯もクソもないぞヒナ」
あのまま睨み合っていても、実力で優るヒナが有利なのは明白だ。ならその有利を覆す秘策を使うしか俺に勝つ方法はない。
パワーで優る俺に上を取られてはヒナの方が不利なのは明確。
ヒナはなんとか抜け出そうとするが、ガッチリ捕まえているため逃げ出せない。
「いいな…… あんな可愛い子に寝技なんて」
「俺が代わりたい……」
試合を見ていた男供からいいないいなの大合唱が始まる。
「……」
まあ確かにヒナさんの豊満な胸のゆわらかさが堪能出来る体制ではある。
(い、いや、決して堪能している訳ではないのだ。コレは仕方なくであって……)
なんて考えていたのが間違いだった。怒ったヒナさんは俺の好きを見逃さず、シュルリと寝技から抜け出すと、今度は足で三角絞めを決められてしまう。
ギリギリと締まっていく三角絞め。ブラックアウトする瞬間にヒナさんに「スマン……」と謝っておいたが、俺は容赦なくそのまま落とされてしまったのだ。
それから30分後、俺はヒナの膝の上で目を覚ました。
俺が目を開けるとヒナさんが俺の目を覗き込んで来る。
「…… ヒナ、まだ怒ってる?」
「少しだけ、優畄の顔見てたらなんか怒ってるのが馬鹿らしくなってきちゃって……」
「すいません……」
「よし、許す」
そして笑い合う2人、道場の片隅とはいえ人目も憚らずイチャイチャする規格外の2人の噂はいろいろ尾鰭が付き、精神会館中に伝わっていくのだ……。
翌日は合気道の道場に通う事にした。
合気道の師範代は前館長の時から変わらず、黒石兵吾(68)だ。
齢68歳にして現役の武闘家で、前館長の黒石兵吾も彼には頭が上がらなかった伝説の闘士。
彼の願うは究極の武、そのためならば家族が死のうが、家が焼けようがお構いなしの戦闘狂でもある兵吾。
もちろん現館長の康之助とも、試合という名の殺し合いをしている強者絶対主義者だ。
ちなみに勝敗は康之助の圧勝に終わっている。
「…… ふむ、お前達が黒雨島の生き残りか」
「は、はい黒石優畄です。よろしくお願いします」
「黒石ヒナです、よろしくです」
「そうか、お前達があの黒雨島を……」
そう言うと過去を思い出しているのか、明後日の方向を向いてしまう。
実はこの兵吾は若い頃に討伐の名目で黒雨島に行っている。そこでかけがえの無い恋人と親友を亡くしているのだ。
なんとか自分だけ生き残り逃げ帰った彼は、まるで人が変わったかの様に武の道に生きる修羅になったのだ。
「…… よかろう今日一日、ワシが直々に指導をしてやろう」
心なしか優畄には彼が喜んでいる様に見えた。
いつものようにストレッチをすると合気道の修行に入る。
内容は師範代の兵吾との一騎打ち。
彼曰く、「技は習うものでは無く、自身で見て受けて盗み取るものだ」が彼の自論な為、実戦形式の組み手が主な練習内容だ。
「ワシはここに立っておるから好きな様に攻めぇ」
先ずはヒナが兵吾にかかって行く。体を引く構え軌道が読めない最短の距離を、高速で兵吾の懐に入り込んだヒナだったが、いつの間にかステンと転がされてしまう。
「ヒナ!」
「クッ!」
素早く立ち上がると今度はフェイントを織り交ぜて向かって行くが、兵吾にあっさり倒されて結果は同じだった。
相手の力を利用してその相手を倒す、その合気道の極意をヒナは実感していた。
ここで教える合気道は護身術用の守るものではなく、攻める為の合気道だ。
そのため本来なら投げた後に、相手の頭や喉に踵を落とすエゲツない攻めが有るのだが、今回は実戦という形式はとっているが、あくまで体験の域に留まるため流石にそこまではしない。
だが兵吾がヒナの戦い振りを見て激昂する。
「小娘、ワシが手加減して勝てる相手だと思うか?ナメるなよ!」
「!」
相手が人間だからと手加減していたのが見抜かれてしまったヒナ。
「…… ならば手加減無しで行かせてもらうわ」
そして先程の3倍のスピードで入り込んでいくヒナ。
(おほ! なんて早い小娘じゃ、動きが捕らえきれん!)
だが流石は伝説の拳闘士黒石兵吾、ヒナが入り込んできた唯一のチャンスを活かして、ヒナに技を合わせる事に成功したのだ。
思わず踵が出そうになったのは内緒だ。
「グッ!」
「ヒナ!」
物凄い勢いで畳に叩き付けられたヒナ、俺が側に駆け寄ろうとするが、闘志と共に立ち上がると手で来るなと制する。
「ヒナ…… 無理はするなよ」
だがそんなヒナとは対照的に省吾には、もう戦う気はないのか闘気を感じられない。
「娘っ子、もう辞めておけ。今の技で肩が外れとるはずじゃ。これ以上やるというならその腕、2度と使えん様にしちゃるぞ」
それでもヒナの闘士が消える事は無かったが、俺がヒナと黒石省吾の間に強引に入る事で強制的に終了させた。
「…… 優畄、私まだ戦えたよ」
「いやここまでだ。今度は俺の番だ」
渋々ながら下がった彼女に道場の治療担当の者が近くが、それを拒否すると自身の力で肩をハメて能力の【水蓮掌】で肩を治しだしたのだ。
外れた肩をはめるには時に、外す時より痛みを伴うものだが、ヒナは一瞬顔を顰めただけで治してしまったのだ。
治療担当の人も驚いていたが、それ以上に俺も驚いたよ……,
優畄はヒナが退いてくれてホッとするが、内心1番ホッとしていたのは、対戦相手の黒石兵吾その人だった。
(ヤバかったわい…… あれで6〜7割の力じゃろ、あのまま戦っておったら確実にワシの負けじゃったわ…… ほんに末恐ろしい娘っ子じゃわい)
本気を出すと言っていたが、対人戦のため無意識下で力を抑えていたヒナ。
陰ながら安堵のため息をはく兵吾、そして俺という新たな相手を前にまたしてもため息をはくのだ。




