第58話 それぞれの思い
時刻は夜の8時。
海斗アレハンドロ率いる幽鬼を封印する事が出来た優畄達は、なんとか代官屋敷へと辿り着いていた。
「美優子ちゃん、皆、誰か居ないの?!」
優畄を代官屋敷まで運び込んだヒナは、中に居るであろう美優子達を呼ぶが、屋敷内はシーンと静まりかえっており返事は無い。
「……う、ううう……」
傷が痛むのかうなされて声を出す優さん。
「優畄……」
確か美優子は【水操術】"癒しの泉"を使えたはず。
ヒナは優畄をそおっと壁際に下ろすと、まだ意識の無い優畄をその場に寝かせた。
頭蓋骨にヒビがが入っているので、自身の着ていた上着Tシャツを破いた物で頭を固定させてある。
看護師レベルの治療なら出来るヒナは、横になっている優畄の口に軽くキスをする。
「誰か居ないか見てくるからね優畄。すぐに戻るからね」
美優子達を探しに屋敷の奥に向かうヒナ。その美優子は供養塔に寄りかかる様に体育座りで座り、元気なく俯いている。
「…… 美優子ちゃん、他の……」
ヒナはそこまで言ってその先を言うのをやめた。ここにおらず美優子の様子を見れば自ずと分かる。
「…… あっ、ヒナちゃん。無事だったのね、よかった……」
まるで心ここにあらずといった様子の美優子。ヒナもなんて声をかけてあげたらいいのかと黙り込む。
「…… 私達やったんだよ、供養塔に火を灯せたんだよ」
「う、うん。本当に頑張ったね……」
「…… でもね、皆んな死んじゃった。私1人を残して皆んな…… 」
「美優子ちゃん……」
聞きたく無かったその言葉、短い間とはいえ共に戦った仲間の死は受け入れ難い。
それでも美優子の事を思えば胸が張り裂けそうな思いになる。彼女にとっては小さい頃から常に一緒にいた家族や仲間が死んだのだ。そのショックは余程のものだろう。
ヒナだって優畄に死なれたら、自分がどうなってしまうのか分からない……。
それでも優畄を癒せるのは彼女の能力だけなのだ。
「美優子ちゃんお願いがあるの。いま優畄が怪我を負って意識を失っている状態なの。お願い美優子ちゃんの力で優畄を助けて!」
「……」
しばしの間沈黙がその場を支配していたが、意を決した様に美優子が立ち上がる。
「ヒナちゃん案内して。私が診るわ」
「美優子ちゃん、ありがとう!」
さっそく美優子を優畄の元へ連れて行くと容体を診てもらう。
美優子がすかさず"癒しの泉"を優畄にかけながら容体を診る。
「…… これは、どうゆう事? 傷口が少しずつ塞がっている…… 腕の切断部なんて少しずつ再生しているわ」
そう無意識下の優畄が自身の体に異変を感じ、自動で自己修復を初めているのだ。
海斗アレハンドロに切断された腕まで、少しずつ修復している。
先の戦いで得た経験値から、優畄は今まで変化した魔獣や妖獣のスキルを、変化せずとも使える様になっていたのだ。
「これなら助かるかもしれない」
「優畄! 良かった……」
横になる優畄の手を自身の頬に付け、本心から安堵するヒナ。
そんな光景を見ていた美優子がフッと優作の姿を思い出す。そして居た堪れなくなったのか、その場から立ち去る。
そんな美優子がヒナには見えたが、今は優畄の側に居たい。
(…… 美優子ちゃん、ごめんなさい)
それからどれくらい経っただろうか、来た当初は苦しそうにうめいていた優畄も、今では寝息を立てて寝入っている。
信じられない事に切断された腕も、いつの間にやら肘の辺りまで再生しているのだ。
実はこれには理由がある。美優子の"癒しの泉''の能力を見たヒナが、【水蓮掌】の能力に目覚めて、その中の''治癒の手"という対象の治癒能力わわ高める能力を使っているからだ。
それに優畄の能力が合わさり、信じられないスピードで傷が癒、再生しているのだ。
自身が疲れているのも構わず小一時間、ずっと付きっきりで看病していたヒナにも限界がきた。
「優畄、もう大丈夫そうだね。よかった、本当によかった……」
そしてヒナも安堵感からか、眠りに落ちてしまったのだ。
先に目を覚ましたのは優畄の方だった。傷は癒、腕に至っては新しい腕が生えていた事に自身が一番驚いたくらいだ。
隣で優畄に抱き付く様に眠るヒナ、その寝顔を見ていると自然と心が満たされていく。
「…… ヒナ、また君に迷惑をかけてしまったね。ごめん、そしてありがとう」
(ヒナが居なかったら間違いなく俺は死んでいただろう…… この子には頭が上がらないな)
ヒナの頬に手で触れるとううんと可愛らしい寝息を立てる。
優畄はヒナを起こさない様に立ち上がると、トイレを探して屋敷を彷徨い歩く。
ちなみにトイレはボットン便所で、少し抵抗はあったが致し方なしだ。
ヒナの元に戻ろうと廊下を歩いていると、広間で剣の型の稽古をしている美優子が居た。
美優子は木枠だけの障子窓から外を眺めている。
その顔は優れず俺の存在にも気付いていない様子。
「……美優子ちゃん、なに見てるの?」
「ああ優畄君…… 昔にここに住んでいた人達も、こうやって外を眺めていたのかなて思ってね……」
美優子が見ていたのは、自分のために自ら犠牲になって死んだ優作の死んだ場所。
この位置からはちょうど外は見えない様だ。
俺に返事はかえしても、心ここに在らずといった感じの美優子。
「そういえば優作君達はどうしたの?」
ヒナの様に空気が読めない俺は、タブーな質問を美優子にしてしまう……。
「…… そうか優畄君、気絶していたから知らないんだよね。私以外は皆んな死んだのよ。でも、そのおかげで浄化の火を灯せたんだから、死んだ皆んなも喜んでいるはずよ」
「そ、そんな…… ご、ごめん俺、知らなくて…… 」
そのまさかの返答に俺は言葉が詰まる。
「大丈夫、気にしないで。私は平気よ」
そうは言うが、明らかに強がりなのが分かるだけに、自分のミスを許せない優畄。
「本当にごめん……」
「………」
美優子からの返事は無かった。彼女はもう話をするつもりはないとばかりに再び外に目を向けてしまう。
「……じ、じゃあ行くね」
最後に彼女を見ると、今にも泣きそうな顔が見えた。その場に居づらくなった俺は、ヒナの元に戻る事にした。




