第56話 死闘
優畄達が海斗アレハンドロと死闘を繰り広げている頃、有る2体の幽鬼が自分達の子供が幽閉されている土蔵を訪れていた。
その土蔵は周りを鉄製の板で覆われており、中から外に出れない仕組みになっている。
生まれ出てより80年、何故か彼は7〜8歳の子供の体格で成長が止まっている。そしてその頭も然り。
この子が生まれ出てより80年、一度として会いに来なかった2体だったが、何故かここに来てその顔を見ておこうと思ったのだ。
((…… あの黒石の者、僅か短時間で先に戦った時とは別者の強さだった。やはり黒石の直系は侮れん。お頭様が負けるとは思えぬが、しかし…… ))
雪乃も思うところがあるのか、黙って三芳リカルドの後をついて来る。
2体にはその子以外に子供は出来なかった。屍人である幽鬼に子をなす事は極めて難しく、80年の歳月を用いても子は出来なかったのだ。
そんな彼等がこの子を成せたのには理由がある。
その子の母親は死ぬ前に子供を孕っていたのだ。それも忌み嫌う邪悪な黒石の血を引く子を。
まだ形も出来ていない幼生のまま母親と共に死んだのだが、運命とは残酷なものだ。
彼等から生まれた子供は黒石と幽鬼の遺伝子が混ざり合い、反発し合って、それは醜い化け物の様な姿で生まれた。
ゆえ母親は彼を忌み嫌い、彼に''醜穢''という名を与えた。
その子を土蔵に閉じ込めて出さなかったのには2つの理由がある。一つは、両親が黒石の血を引くその子を嫌った事と。
そしてもう一つは、彼の体質による理由だ。
彼は幽鬼と相反する黒石の血を受け継いで生まれた弊害から、陽の光、紫外線にめっぽう弱いのだ。
もし彼がなんの対策も無く外に出たならば、半日と保たずに死に至るだろう。
だが夜の今なら害悪になる紫外線も少ない、その分長くは生きられるが、気休め程度だろう……。
黒石と幽鬼の血を引いた哀れなその子は、父親と母親の匂いを覚えていた。忘れる訳が無い。彼にとって何よりも愛しく、待ち焦がれていた者達の匂いなのだから。
(この匂いは父様と母様の匂いだ! オイラに会いに来てくれたのかな?……)
期待に胸が高鳴るが、違っていたらとても悲しい。一先ず父様と母様が話しかけてくれるまで待とうとその子は思った。
しばらく待っていると、聞き覚えの有る父様の声が聞こえた。
『我が息子よ…… 永らくお前を放っておいた事を謝ろう。この鍵は開けておく、そこから出るも止まるもお前の自由だ。好きにするがいい』
そう言うと外で彼等が、ガチガチャと扉に何かをし始める。
(ああ…… 久しぶりに聞いた父様の声は、やっぱり気持ちがいいなぁ)
80年ぶりに聞いた父親の声に心が沸き立つ。何を言っているのか理解は出来ないが、とても好きな声だ。
『……我が息子よ、其方を捨てたこの母を憎んでおるかえ? そのまま外に出れば其方は1日と保たず死ぬであろう。それでも囚われの身よりは、僅かな間でも自由に生きるがよい』
一度は拒絶した自分の息子だが、その行く末は自分で選ばせてやろうと母親は思った。
(わ〜! 母様の声だ。この声もオイラ好きだな)
『我等は行く、では達者でな』
彼等にとっては我が子とはいえ、憎むべく黒石の血を引く子供。彼を解き放つ、それが唯一彼等が我が子に対してしてあげられる事なのだ。
彼はしばらく土蔵の中から耳をたて外の様子を伺っていたが、2体が立ち去ったのを知って落ち込む。
(ああ、やっぱりオイラと遊んでくれないのか…… でも父様と母様の声が聞けただけでもオイラ嬉しいぞ!)
彼がそんな事を考えていると、土蔵の入り口の扉が自然に開いていく。そして15cmほど開いたところで、月明かりが真っ暗な土蔵内を照らした。
『! 』
彼は初めて見る月の明かりに惹かれる様に扉の元に歩いて行く。そして、その隙間から外を覗き見る。
(わ〜! お外を見たのは初めてだな……)
その月明かりは暗闇以外知らない彼の目にも優しく、初めて見る外の世界に驚くと共に感動していた。
(おっ! 父様と母様の匂いがまだ残ってるぞ。あっちの方からだ……)
そして初めて外に出た彼は、愛しい父親と母親の匂いを辿り、初めての外の世界を拙い歩みで歩き出した。
ーーー
一方、上空に飛び上がり"怒りのキャノンボールを地上に放ったまではよかったが、流石に海斗アレハンドロには的でしか無い。
『面白い! 真正面から貴様を打ち砕いてくれよう』
彼は斬馬刀を肩に担ぐ様に構える。僕の"怒りのキャノンボール''にカウンターを合わせるつもりなのだ。
このスキルは一度発動してしまっては止まる事は出来ない。
海斗アレハンドロの斬撃をカウンターで受ければ、間違いなくこちらの方が力負けする。そうなればタダでは済まず、最悪死ぬかもしれない。
だが俺は一人ではない。
「任せて!」
俺にはヒナさんという誰よりも、何よりも頼りになる相棒がいる。ヒナは俺と海斗アレハンドロがぶつかり合う寸前で狙いすましたかの様に火焔を放った。
もちろん溶けて目潰しになる様にゴムも一緒に放ってある。力が弱い者が強者に勝つのに正々堂々なんて言ってられない。
ましてや生き残る為の戦いならばそれは尚更だ。
『ヌクッ、おのれぇ!』
目が塞がれてもお構いなしに振るわれた斬撃は、軌道を僅かに外れたのだが、俺の片腕を切り飛ばすと共に、海斗アレハンドロに''怒りのキャノンボール''を食らわせる事に成功したのだ。
「ガアアッ!」
「優畄!」
上空30mからの一撃は、あたかも小隕石の衝突に匹敵する威力を誇り、着弾地点に10m程ののクレーターを作った。
俺の''怒りのキャノンボール''を受けた海斗アレハンドロだったが、斬馬刀が砕け散る代わりに軽症で立ち上がってくる。
「クソッ…… 腕を無くして刀一本じゃあ割に合わねえ…… 」
『フハハハハハハッ! 片腕を無くした貴様なぞ素手で充分』
海斗アレハンドロは俺の頭を掴むと、そのまま持ち上げ、万力の様な握力で握り潰しにかかる。
「ぐあああぁ!」
「優畄!」
助けに向かおうとヒナが駆け出すが、ここぞとばかりに身を捨てかかって来る、他の幽鬼に囲まれ容易に近づけない。
「ゆ、優畄ぉ! この、邪魔するな!!」
俺もこのままやられて成るものかと、頭を掴まれた状態から、''怒りの鉄拳''の応用技で''怒りの膝蹴り''を放つが、少し揺らいだくらいでびくともしない。
膝蹴りを喰らった衝撃で鼻血を出すが、頭を掴む手を離すつもりはないらしい。
『ヌハハハハッ! あと少し、あと少しでリンゴの様に潰れるぞ!』
「ウググッ………」
一気に潰さずに時間をかけてじわじわと力が強まっていく。
もうダメかと諦め掛けたその時、代官屋敷の方から凄まじい爆発音が響いてきたのだ。
『ぬうっ?! 何事か』
代官屋敷の方からの爆音に気を取られ、一瞬、海斗アレハンドロの力が弱まったのを俺は見逃さなかった。
俺は最後の力を振り絞り両足で奴の顎を蹴り上げて、なんとか頭を握り潰される前に逃れる事が出来たのだ。
「グッ …… この馬鹿力め…… 」
だが、逃げ出すと共に眩暈が起き、俺は力なく片膝を地面につけてしまう。
どうやら頭蓋骨にヒビが入っているのは間違いなさそうだ。もはや俺に戦う力は残っていない……。
「優畄!」
周りにいた幽鬼達を退けたヒナが優畄の元に駆けつけるが、ヒナも一目で優畄の状態が最悪だと分かった。
「優畄、大丈夫だよ! 私が側に居るからね」
そうゆうヒナもそれまでの激闘の疲労に、早く優畄の元に駆け付け様と無理をしたこともたたり、体力はもう残っていない様子。
海斗アレハンドロは優畄に蹴られた顎を慣らす様に撫でながら、優畄達に近付いていく。その手には他の幽鬼が持ってきたのか、代わりの斬馬刀が握られている。
『悪足掻きも終わりだ。貴様らは必ずここで始末する』
この場で必ず殺すという海斗アレハンドロの確かな意思が伝わる。逃すつもりなど毛頭ない様だ。
優畄はともかく今のヒナの状態では、海斗アレハンドロと一合打ち合う事すら出来ないだろう……
まさに絶対絶命のピンチが2人に迫っていた。




