第45話 ヒナの覚醒
その頃、蜘蛛の糸にぐるぐる巻にされ木に吊るされていたヒナさん。酷い酔いから覚めたはいいが、ぐるぐる雁字搦めの状態から抜け出せずにいた。
もう何時間もこの状態なのだ……。
優畄の吐き出した蜘蛛の糸は、幽鬼を倒し彼自身のランクが上がった事で、糸の強度や粘着力が上がっている。
彼女の命を守るため糸を必要以上に巻き付け過ぎた様だ。
そのため常人の6倍の身体能力を誇るヒナでも簡単には抜け出せずにいるのだ。
(もう! 早く優畄の所に行かなくちゃならないのに!!)
早く優畄の元に駆け付けたいという彼女の思いが彼女に新たな能力を目覚めさせた。
突然、彼女の手の平から真紅の火炎が吹き上がる。
この力【火焔掌】は【授皇人形】にしか使えない能力で、他に【水蓮掌】、【風華掌】、【土龍掌】などがある。
黒石の者が使う万能型の【火殲術】とは違い、自らが体内で練り出す力なため、火元が無くとも問題ない。
これらの力は、術者の能力が上がれば上がるだけ強化されていく。 かつて戦国時代、この力で一つの国が焼け野原になった事がある。 極めればそれほどまれに強力な力なのだ。
(えっ?! この力は…… よしこれなら!)
だが目覚めたばかりの力は扱いが難しく、火炎の温度が低すぎても糸が焼けず、上げ過ぎても自身を傷付ける……。
本来【火焔掌】は術者自身を傷付ける事は無いのだが、優畄の危機に際して無理矢理に発現させた力。
まだ力を扱うヒナ自体の能力が低いため上手く使いこなせていないのだ。
「クッ、あともう少し!」
所々に軽い火傷を負いながら蜘蛛の糸を焼き切っていくヒナ。優畄のためとなると頑張り過ぎてしまうのだ。
「待っていて優畄! 直ぐに行くからね」
ーーー
その頃、弓夜と分かれて急ぎ優作は、美優子達のいる洞窟の中継基地に向かっていた。
代官屋敷からは逆方向なので、幸いな事に幽鬼も少数しかいない。無理に戦わずに影に潜み進めば見つかる事はないだろう。
廃神社の古井戸の基地からは約15km、その距離を幽鬼の包囲網に掛からぬ様に進めば自ずと時間がかかる。
辺りはすでに真っ暗で光源を持たない優作は、手がかりの小高い丘と二本松の目印を目指して、月明かりの下進んでいた。
「フゥ…… 確かここら辺だったはず……」
何とか洞窟の中継基地にたどり着いた優作だった。だが何があったのか、半分以上が崩れ埋まってしまっている洞窟基地を見て驚愕を隠せない。
「……な、何があったというんだ?!……」
崩れてしまっている洞窟を見てしばし立ち尽くしていた優作だったが、我を取り戻しここにいた筈の2人の名を叫ぶ。
「美優子! 早苗さ〜ん! お〜い! 2人共どこに行っちまったんだよ!!」
周りに幽鬼がいてもお構いなしに叫ぶ優作、そんな彼の背後から忍び寄る者がいた。
その気配に気付いた優作が、近くにあった木に手を触れ"受樹変化"の能力を使おうとしたその時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「優ちゃん!」
「美優子か、脅かすなよ……」
背後から迫っていたのが美優子だと分かり、木から手を離なすと、優作はホッと一息吐き出した。
「なんで優ちゃんがここにいるの!?お兄ちゃんと優畄君はどうしたの?!」
「それより、一先ずここから離れよう」
優作が視線を向けた方向から松明の明かりだしきものが近いてくる。
2人は一先ず、美優子が隠れていたという民家の廃屋へ移動する事にした。
「あの洞窟の惨状は何があったんだ?! それに早苗さんも居ないし……」
「ゆ、優ちゃん!…… 早苗さんが! 早苗さんが、私を庇って……」
「落ち着け美優子。 先ずお互いの状況を整理しよう。 そして何があったのか君から先に話してくれ」
美優子は頷くと、あの洞窟で起きた事の顛末を話しだした。
それは今から5時間前に遡る……
ーーー
弓夜達と分かれから2時間、早苗の看病をして皆の安否を心配しながら、チラチラと外を眺めていると不安に押し潰されそうになる。
正直、皆と共に行きたかった。共に戦いたかった……。
だが、怪我に魘される早苗を放って行く事なんか出来る訳がない。
そんなジレンマと戦いながらこうしていると無性に心細いのだ。
辺りには弓夜達を追って行ったためか、幽鬼の姿は見られない。
(……今日の目標は15km先の中継基地だとお兄ちゃんは言っていたけど、ちゃんと進めてるかしら……皆、無事に戻って来てね。)
「……うっ……うう……」
そんな事を考えながら外の様子を見ていると、それまで寝ていた早苗から呻き声が聞こえる。どうやら痛みで目を覚ました様だ。
「早苗さん! 大丈夫ですか?」
「……うう……い、痛い…… 痛い………」
擦り切れる様な早苗の悲痛な声に、美優子は''癒しの泉''を早苗の傷にかける。
早苗の腕はもう肩口まで黒く変色し、ジュクジュクと臭く茶色い膿の様な物を滴らせている。
正直、吐き気を催す程に酷い状態だ。
(こ、このままじゃ身体中に毒が回ってしまう……
お兄ちゃん急いで!)
今の美優子に出来る事は、少しでも早苗の痛みと症状を和らげるために、早苗の傷口に術をかけ続ける事、それ以外にないのだ。
どれ程の間そうしていただろう、早苗も痛みが引いてきたのか安堵の表情に。
「……み、美優子ちゃん…… ありがとう」
「早苗さん大丈夫です。 痛くなったら言ってください。 いつでも私が治してみせますから」
「美優子ちゃん……」
2人にしばしの安息が訪れたと思ったその時、彼女達が居る洞窟に激震が走る。
「な、なに!」
それと同時に黒い髪の毛の様な物が畝りながら洞窟全体を覆っていく、そして透き通る様な甲高い女の声が洞窟内に響き渡る。
『クックク、この中に黒石の血族がおる事は分かっている。このまま洞窟と共に潰れ死にとう無ければ出てまいれ!』
「「……」」
なぜか居所がバレていた2人、この洞窟は外からは結界があるため見えはしないはず。
なのに何故バレたのか、彼女達が考えを巡らせていると、より一層髪の毛の攻撃が激しくなる。
髪の毛の主は洞窟内が見えておらず、こちらの正確な位置が分からないのか、見境なく洞窟内を髪で攫っている。
洞窟の深さは10m程、その1番奥にある溝の所まで後退していく2人。
『フハハハハ! そら逃げよ! 逃げよ! 野鼠の一匹、直ぐに捕まえてくれるわ!』
洞窟内に閉じ込められた私達を嘲笑うかの様に、甲高い女の声が響く。
見えない獲物を毛探りで追い詰めながら楽しんでいるのだ。
そんな中、痛みに耐えながら髪の攻撃から逃げる早苗がある事に気付く。
「…… あいつ今一匹て…… 私達が2人だと気付いていない」
「えっ?」
「あいつ…… わ、私達の正確な…… 人数を把握していない」
この畝り髪の主である雪乃は、いま目と耳と鼻が刀で削ぎ落とされて無い状態だ。
雪乃は髪の毛を使う時、黒石に殺された直後の姿に戻る。 そのため雪乃にとっての髪の毛は目.鼻.耳の代わり、いわば触覚なのだ。
そして雪乃にはある特殊な能力がある。
それは、雪乃の髪が伸びる500mの範囲内に限るが、髪の毛で黒石の血族の能力を感じ取り、能力者の居場所を特定する事が出来る能力だ。
この髪の毛の能力には、【深心髪】という一本だけなら距離を問わず使うことが出来る能力があり、雪乃はその髪の毛を三芳リカルドと海斗アレハンドロの2体に括り付けておく事で連絡手段として使っている。
洞窟内で美優子が早苗の痛みを抑えるために能力を使っていた。
それを探知してここまでやって来たのだ。
飽くなき黒石への憎悪の賜物か、彼女達の居場所が雪乃に知れたのはそのためである。
「……どうやって、私達の位置を把握したのかは…… 分からないけど、なんとかなりそう……」
そう言うと早苗は美優子の顔をジッと見つめて、なぜか微笑む。
「美優子ちゃん…… 私、妹に謝りたかったの……」
「えっ?」
小さい頃に交通事故によって、自身の目の前で妹を亡くしていた早苗。 一時期は自分のせいで妹が死んだと自らを責めたりもした。
その後、弓夜と出会い婚約を決めた事の一因に、美優子の存在が有った事は彼女の中だけの秘密だ。
なぜなら、小さい頃に失った妹と美優子の雰囲気がとてもよく似ていたからだ。
「なっ、何を? 早苗さん!!」
「美優子ちゃん…… 貴方は生きて、お願い!」
早苗は美優子を突き離すと、自ら進んで畝り狂う髪の毛に捕まったのだ。




