第32話初夜
帰り道はヒナの頼みで、僕がヒナを背負ってかえることになった。
本当にヒナさんは甘えん坊です。
「優畄の背中は……暖かい……」
これまでの疲れが出たのか、程よい揺れと共にヒナは僕の背中で夢の中へ……
スースーと寝息をたてるヒナの温もりを感じながら歩く山道はまるで苦にならず、僕の心は満たされていった。
宿に帰った僕もかなり疲れが溜まっていたらしい。
部屋に行くとヒナを布団に寝かせる。そしてその隣で僕も爆睡してしまったのだ。
目覚めた時にはヒナがいつものように僕に抱き付き寝入っていた。
部屋は、滝への道順を教えてくれた仲居さんが気を利かせて冷房をつけてくれた様で、快適に眠る事が出来た。
時計を見るともう夕方の6時、夕飯の時間だ。
「ヒナ、そろそろ夕飯の時間だよ」
「……ん、んん……夕飯?」
ヒナが寝足りなそうに手の甲で瞼を擦る。
「まだ眠い?」
「ううん、もう大丈夫だよ。夕飯食べに行こ!」
夕飯という言葉が効いたのか、飛び起きるヒナ。
お昼は眠っていて食べられなかったそのせいか、ヒナは余程にお腹が空いている様子。
夕飯はお座敷で出してくれるとの事で、何が出るか期待してしまう。
僕らがお座敷に行くとそこには、山海の御馳走が所狭しと並べられていた。
旅館に来た時の竹下との一件もあり料理長の全力を感じた。
ちなみにここの海鮮は磯外産では無いので心配はご無用、安心だ。
「うわ〜!どれも美味しそうだね〜」
大盤振舞な御馳走の数々にテンションMAXなヒナ、どれから食べようか迷う様も可愛い。
もちろん飲み物は、未成年なのでお酒の代わりに烏龍茶とオレンジジュースだ。
「このサザエさん?美味しい〜」
「どれも手が込んでいて美味しいな」
昨日からドクなものを食べておらず、お腹の空いていた僕らは、一品も残さずに御馳走を平らげた。
お金を受け取ってくれないのならせめて、残さずに食べるそれが礼儀だ。
夕飯を食べ終わると夜の7時を回っている。僕たちがどうしようか迷っていると、板場の方から男衆がこちらを伺っているのが見えた。
皆の視線は僕の隣にいるヒナに向いている事から、その目的がヒナを見るためだと分かった。
(フフフン、まあ、ウチのヒナはそんじゃそこらのアイドル顔負けのルックスだからな)
優越感に浸る僕、そんな心情が伝わったのかジト目でヒナが僕を見てくる。
「お、お腹も一杯になったし、また温泉に行こうか?」
「うん私、温泉大好き!」
という事で僕たちは再び温泉に入りに行く事にした。
だが残念なことに、今回は露天風呂は貸切にはならなかった……
ヒナも寂しそうにしていたが致し方ない、今回は男女分かれての入浴だ。
浴室には他のお客さんもおり、体を見られない様に角の洗い場にいく。
見られる訳じゃあないのだが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい……
「優畄〜!ちゃんと体を洗ってから湯船に入るんだよ〜」
今度はお姉さん気取りか、恥ずかしい事を女風呂の方から言って来るヒナさん。
他のお客さんが僕の方を見て笑っている。
(他のお客さんも居るんだからやめて〜)
その後も「しっかり暖まって」や、「タオルは浴槽に入れちゃダメだよ〜」とか、いろいろ言ってくるヒナ。
僕の事が心配で仕方がないのだ。
だけど恥ずかし過ぎて顔を真っ赤にしながらお風呂に入ったのはいい思い出だ。
「いいお風呂だったね〜」
「そうだね……」
お風呂から出た僕らは湯冷しも兼ねて旅館の日本庭園を見に行く事にした。
日本庭園には所々に灯籠があり明かりが灯されているため夜でも関係なく見る事が出来る。
「あっ優畄、あの光って飛んでるのはなあに?」
「あれは蛍だね。ここら辺にはまだ居るんだね」
突然どこからともなく現れた蛍、最初一匹だけだった蛍がもう一匹増えて二匹になる。そして仲良さそうに飛んでいる。
「つがいの蛍かな、楽しそうだね」
「つがい…… 私も優畄とつがいになりたい」
ヒナからでた言葉は驚きのものだったが、不思議と僕の中でもそうなりたいと思えたのだ。
「ヒナ……」
「そして優畄といつまでも一緒に居たい……」
いつになく彼女の感情が強く伝わってくる。いつでもいつまでも僕の側にい続けたいという強い思いが。
「ああ、ヒナ…… 僕も君と同じ気持ちだよ」
「優畄…… ヒナの全ては優畄のもの、だから優畄の全ても私にちょうだい……」
そして2人は抱き合うと2度目のキスをする。今度のキスは男と女として互いを求め合う様な激しいキスだった。
そしてその晩2人は結ばれたのだ。
 




