第30話仏頂面のおっさん
その温泉は隠れ宿的な温泉で、お忍びで訪れる客が多い。
温泉宿の入り口には何何様歓迎などの看板があり、今日ここに泊まるであろう予約客が3組いる事がわかった。
「こんな寂れた温泉宿に泊まりに来る人いるんだな」
何気にポツリとこぼした僕の言葉をヒナは聞き逃さない。
「寂れてるね〜、この温泉宿」
それを聞いていたのは玄関隣の受付カウンターに座る初老の男性。この旅館の番頭と思われるおっさんだ。
おっさんは先程のヒナの一言を聞いていたらしく、仏頂面で僕らを迎える。
「すみません。今夜の宿と温泉の予約をしたいのですが?」
僕がそう言うと仏頂面のおっさんは不機嫌さを隠す事なく僕らの対応をする。
「今夜の宿ぉ?親御さんはぁ?あんた達未成年だよね、君たちだけで泊まるっていうのぉ?」
そして仏頂面のおっさんは僕の隣に立つヒナを舐める様に見つめる。
「ぼ、僕たちだけです」
「そうゆうの困るんだよねぇ、ラブホテルなんかと勘違いしてもらったら困るんだよねぇ!」
あきらかに僕らに対して敵意満々なおっさんはさらに責める。
「それにお金はあるのぉ?宿泊費、君らは信用置けないから前払いだよ、前払い!」
「か、カードなら有ります。これでお願いします」
僕がブラックカードを差し出すとそのカードを引ったくる様に取るおっさん。そしてさらにヒートを上げていく。
「ブ、ブラックカードて…… これ盗んだカードじゃ無いよねぇ?そんな危ないカード信用出来ないなぁ。現金、お前らには現金で払って貰おうかぁ」
「そんな、そのカードは僕のものです。盗んでなどいません!」
「じゃあこのカードが君のだと言う証拠を出してごらんよぉ、そうすればおじさん信じてあげるからぁ」
「そんな……(このおっさん、なんだかんだ言って僕らを泊めさせない気だな)
おっさんは悔しそなうにする僕をニヤニヤした目付きで見てくる。
そんな余りにも理不尽なおっさんをヒナも睨み付ける。そちらに泊める気が無いならば、泊まらなければいいだけの話しだ。
「なら宿泊はしません。僕のカードを返して下さい」
「おっと、それは出来ないなぁ。このカードは盗難届が出てるかもしれないからねぇ、おじさんが警察に届けておくよ」
「なっ、ふざけるな!」
あまりの理不尽に僕が激昂して声を荒げた時だった
「竹下さん、何かあったんですか?」
騒ぎを聞きつけた旅館の若旦那が様子を見にやって来たのだ。
皆の視線がそちらに移る。
「ああ若旦那、コイツらがねぇ宿に泊まりたいて言うんですけどねぇ、出したカードが怪しいんですよぉ」
「この子達が……」
僕らを怪訝そうに見たあと、何気に竹下が差し出したカードを見る若旦那。
「!」
竹下の差し出したカードにある黒石のマークを目にした途端、目の色が変わる。
そしてその場に土下座をする若旦那。
「す、すみません!! ま、まさか黒石の方とは知らず、ど、どうぞお許しを!!」
突然土下座をして僕に謝り出した若旦那に、その場にいた皆の目が点になる。
「えっ、え? わ、若旦那、こんな奴らに土下座なんてする必要は……」
そう言い掛けた竹下を突然若旦那が殴り飛ばした。
「ぐふぇ! な、なにを?!」
「黙れこのハゲ野郎!お前はなんてことをしてくれたんだ、この方々はなぁ、黒石家のお方なんだぞ!」
この地では黒石家は絶対。逆らった者は一族郎党この世から抹殺される。地元の警察すら手下のこの一族には関わるながこの周辺地域の常識なのだ。
他県から就職し状況を理解出来ない竹下は、未だに自分が殴られた理由が分からない。
「こ、こんなガキ共の事でなにをそんなに?!」
「黙れ!このクソハゲがぁ!!」
「ぼげぇ!」
さらに竹下を殴りつける若旦那、今度は左右の連打でフルボッコにしている。
ちょっと洒落にならないので仕方なく止めに入る僕。
「お、落ち着いて下さい! 僕たちは気にしていないのでその辺で……」
「ハア、ハア……そう言って頂けると助かります。今宵は我が[つるべ荘]の全力を持ってお客様を迎えさせていただきます。なにとぞ!ですからなにとぞ〜!!」
直立90度からの直角お辞儀をする若旦那。どうやらこの宿に泊まれる事になったようだ。
そしてこの地域での黒石家の力がいかほどのものなのかも僕は理解した。
案内されたのはこの旅館一番の部屋で、一泊2万円〜の宿泊費も若旦那のご好意でタダとなった。
もちろんお金を払う旨は伝えた。だが、迷惑をかけた迷惑料と受け取ってくれないのだ。
「こちらの不手際で黒石様に不快な思いをさせてしまったのです。とてもお代などいただけません!」
その度に90度直立からの直角お辞儀がくるのだからたまらない……
こうなればお言葉に甘えるしか無い、やな気分を振り払おうとヒナと2人で温泉に行く事にした。
昨晩の汚れを早く落としたかったのだ。
なんと宿の意向で露天風呂を僕らの貸し切りにしてくれたらしく、誰の邪魔もなく入れるとあってテンションが上がる。
更衣室は別々のため僕の方が最初にお風呂場に入ったのだが、そこから見える渓谷の眺めが素晴らしいのだ。
「うわ〜!凄い眺めだな……」
時刻は午前10時過ぎ、太陽が燦々と照り返す真夏の入浴もなかなか乙で、たまに吹く渓谷からの風が素晴らしい。
「綺麗な景色だね〜」
突然背後から聞こえた声に振り向いて見ると、そこにはなにも着けていない生まれたての姿のヒナがいた。
そのあまりの美しさにしばし見入ってしまった僕。我を取り戻すと恥ずかしさから目を逸らしてしまう。
そんな僕の隣に来るとヒナは当たり前のように手を繋いでくる。
「私、温泉て初めてだけど広くて好き」
そのままヒナが僕の腕に素肌の胸をムギュと押し付けてくる。
「そ、そ、そうだね、さ、さあ先に体を洗おうか」
「うん!」




