193話 帰郷
優畄達の極光を受けてエシェッド.ガスは消滅した。これによってラストキアの世界は黒石の呪縛から解き放たれたのだ。
だが技を放った副作用か優畄は、父勇之助のおかげで思い出した幼少期の記憶を消失させていた。
幼稚園の運動会やお芝居のお披露目会、幽霊の父が励まし褒めてくれた大切な思い出。
「…… (何か分からないけど、俺の中で大切な何かが無くなった……)
何を失くしたのかは分からないが、彼の中での喪失感は間違いなく何か大切な物を失ったと告げている。
「優畄!」
そんな優畄に再び抱き付いてくるヒナ。そんな彼女の行動で何かを失った喪失感はなくなった。
やっとヒナに会えた。それだけで彼の心は満たされて、自分の事より今はそれだけで充分だ。
「会いたかった、会いたかったよ優畄……」
「ヒナ、俺も会いたかった! 無事でよかった……」
「優畄……」
自分達の世界に入り込みひしっと抱き合う2人に、ゆっくり歩みよるグロペティアン。
彼を操っていた鎧【ダークデネゲイト】は最初の優畄の一撃で砕け散り消失している。
もはや操られている様子はないが、この世界の魔王だった男だ、優畄達が近く彼に警戒をする。
「警戒する必要はない【超越者】達よ。我にもはや戦う力はない……」
彼の言う通り黒石の闇が払われた事によって、ゴブリンとしての彼の本来の姿に戻っていた。
それと共に黒球に正気を吸われていたためガリガリにやせ細り、まるでミイラの様な有様だ。
500年の歳月を生き、黒石の闇を強化する為に作られた魔王としての最後が近づいているのだ。
「…… 我は疲れたのだ、虚栄と戦いの日々に。そして【超越者】達よ、其方達に頼みがある」
グロペティアンは今では支えているのがやっとの相棒の巨剣を見る。そして優畄達に自身の願いを伝えた。
「我の命は長くはない。どうせ死ぬならば、最期は戦士として死にたい」
このままでも一時を待たずして彼は死ぬ。ならば戦士として最後まで戦ったという、誇り高い最後を迎えたいのだ。
「…… 分かった。俺が相手になろう」
「ありがとう、【超越者】殿よ感謝する」
最後の力を振り絞りグロペティアンは長年使い続けてきた相棒の巨剣【エクリプス】を構える。
一時の間に死ぬ者とは思えない程の闘気が彼の全身から噴き出す。
「ヌアアアアアア〜!!」
そして雄叫びと共に優畄に斬り掛かって行くグロペティアン、衰えて死ぬ寸前とは思えない胆力、彼の動き。
そんな彼に優畄は、空手の正拳突きの構えをとると、真正面から彼を粉砕した。
勝った優畄にヒナが抱き着いていく。弱り死を迎える寸前の相手とはいえ心配でしょうがなかったのだ。
そんな2人を見て、胸を優畄に貫かれたグロペティアンが心からの笑顔を見せる。
そして……
「…… わ、我は帰るのだ……」
グロペティアンは抱き合う2人を見てあることを思い出していた。
今彼の前には、遥か前に失われて戦いの日々で忘れていた家族の姿があった。
黒石の闇が払われた事で失われていた記憶も戻ってくる。
彼が求めて止まなかった遥か昔の家族の記憶。
愛しの妻と2体で作った藁葺き屋根の小さな小屋、その前で蛙を追いかけて遊ぶ5体の子供達、妻は昨日獲った魚を焼いて夕食の支度をしている。
彼が1番幸せだったあの時。
「……家族の……もと……へ………」
そしてチリと成って崩れていくグロペティアン。彼が家族の元へ辿り着けたかは分からないが、彼の長きに渡る生涯はここに終焉したのだ。
「…… きっと彼も家族に会えるよ」
詳しい事情は知らないが、彼の家族への思いは伝わってきた。
そんな優畄の何気ない家族という言葉に反応するヒナ。
「ヒナ?」
一瞬迷ったそぶりを見せた後、彼女は告白した。
「……うん。実はね優畄、私…… 今妊娠しているの」
この戦いの最中でそれが現す意味は大きい。何故ならヒナはもう戦闘は出来ないのだから。
「……だからもう戦えない……」
「ヒナ……」
ヒナのその告白を受けて優畄が彼女の口にキスをする。優畄はとてもとても彼女が愛おしく思えたのだ。
ヒナが戦えなくなる、そんな事関係ない。何故なら彼女は自身が守るのだから。
「ありがとう、ヒナ。とても嬉しいよ。そして君は俺が守る!」
「優畄!」
自身に家族が出来る。心からの優畄の言葉に彼女も笑顔で優畄にキスを返す。
どれくらいの間だろう、2人はその場で抱き合っていた。優畄はヒナのお腹を気遣い優しく抱き、ヒナはもう決してこの手を離さないとばかりに彼の服を強く握り締める。
「帰ろう。私達の世界に」
「ああ、帰ろう」
そして優畄達は自分達の世界へゲートを繋げると自分達の世界へと帰って行った。
ーー
青く澄んだ空に緑溢れる大地、地球とは違う別の次元の別の星に黒石将ノ佐は居た。
彼がこの世界で何をしているのか、それは天地創造に始まる新たな世界の構築だ。
今、彼の中に優畄は存在していない。
自分の思い通りにならない彼に興味が無くなったのだ。
その代わり彼は、全てが自分の思い通りになる、自分だけの世界を作る事にした。
そう、彼は新たな世界の神となったのだ。
「この世界の名前は【オーガストワールド】と名付けよう。大陸は4つ、海は7つ、大きな山に大きな湖、それらを繋ぐ運河も必要だね」
彼の呟きと共に真っ新だった世界に4つの大陸と7つの海がうまれる。
それと共に8000〜1万m級の山脈に海と見違えるほどの湖畔が生まれた。
「この世界に住むのは、人間を始めに、エルフ、ドワーフ、毛耳の獣人も欲しいね。エルフが居るならユグドラシルの大木も作らなきゃ」
子供の頃から本や漫画で見てきたおとぎの世界。
それらを自らの力で体現していく。
「動物は牛鳥豚…… 巨大な熊なんかが居ても楽しいよね」
この世の全ての理を知る【森羅万象統御術】を使う彼ならば、新たな世界の構築なぞ造作も無い事。
「人類が出来たら次はその天敵の魔物も作らなきゃね。ゴブリンにオーク、コボルト、ヴァンパイアなんて居ても面白そう」
まるでゲームのプログラミングをするかの様に次から次へと生物や植物を配置していく。
初めは原始人の様なゼロからのスタートだが、将ノ佐が彼等を導いてやるつもりだ。
「うん、なからこんな物かな。後はこの子達の成長を見守ろう」
将ノ佐は時に神として彼等を導き、時に村人Aとしてこの世界の中で実際の生活を営んだりして楽しんだ。
たまに他の世界の神を名乗る狼藉者が攻めて来たりもしたが、その殆どを返り討ちにして退けた。
「人間もその他の種族も育ってきたね。ここらで彼等に試練を与えてみようか」
人類に害を成す魔王の創造、それを撃退するための勇者の創造。
彼にとってはオモチャと変わり無いこの世界の住人達。彼の気まぐれで幾多の命が散っていく。
それでも彼等にはその運命を受け入れるしか選択肢はないのだ。
「ちょっと魔王を強く設定し過ぎたかな、人類の半分が殺されちゃったよ。ここは救済処置だね」
将ノ佐の生命を駒にした遊びはそれからも続いていた。
地球では友達が居なかった彼には、どんな扱いをしても自身を神と敬う彼等が可愛いく思える。
彼等が彼を拒否するまではこの遊びは続けるつもりだ。
「優畄? ああ、そんな奴居たね。彼が元気なら嬉しいな」
心にも無い事を呟きながら、今日も哀れな犠牲を天から眺めて、神となった彼は満足するのだ。




