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192話 受胎


「…… 黒石の力、貴方は……」


ヒナは漆黒の鎧に身体を乗っ取られてしまったグロペティアンを見る。


先程までの知性と貫禄は感じられず、口元から涎を垂らしながらグルグル唸っているだけだ。



「貴方を倒せばこの状態は治るのかしら?」


刀の刃先をエシェッド.ガスに向けて処刑宣告をするヒナ。クズとやり取りする気は彼女にはない。


そんなヒナに対してエシェッド.ガスは、グロペティアンを自身の前に盾として呼び寄せる。


鎧で操る事でグロペティアンの力が跳ね上がっており、まるで瞬間移動したかの様なスピードで彼の前にやって来る。


そしてエシェッド.ガスは何とも下卑た笑みと共に口を開いた。



「いえ、いえ。実は【超越者】殿にお教えしたい事がございましてね」


「私に教えたい事?」


一瞬優畄の事かとも思ったが、こんな雑魚に優畄が捕らえられているとは考えられない。



「ええ、貴方様の体についての事です」


「…… (私の体の……)


ヒナも自身の体の変調には気付いていた。突然の吐き気に強烈な眠気、その他にも症状はあるが、それを何故この者が知っているのか、胡散臭さ以外の何物でもない。



「貴方の言葉は信用に値しない。お話はここまでよ」


無駄な心理戦で惑わされてなるものかとヒナがエシェッド.ガスに斬り掛かって行く。


一瞬でグロペティアンを吹き飛ばすと結界を構わずに攻撃する。


彼の張っている結界は光の力には強いが、ヒナの斬撃にはそう長くはもたないだろう。


それでも彼からは揺るぎない自信の様なものを感じる。


ヒナの連撃で結界が悲鳴を上げる中、エシェッド.ガスからの思わぬ一言に彼女の動きが止まる。



「【超越者】殿、貴方は妊娠しております」


エシェッド.ガスの一言でヒナは頭が真っ白になってしまう。



「な、何を言って……」


そう言われてみれば今までの自身の症状に合点がいく、あれは妊娠初期の症状そのものだと。


「…… 私のお腹の中に優畄との子供がいる」


「何でお前がその事を?」などという疑問は吹っ飛び、敵前だというのにヒナは自身のお腹に手を当てる。


まだ幼生の、形もまま成らない胎児の存在を感じる。間違いない、ここに、お腹の中に優畄との子供が居る事をヒナは確信した。



「大変喜ばしい事ですが…… 【超越者】殿、妊娠初期の激しい運動は胎児にとって危険、そんなに激しく動き回ってよろしいのですか?」


そんなヒナをエシェッド.ガスが現実に引き戻す。


彼の言葉が終わると共にグロペティアンが斬り掛かってきたのだ。


「グッ! (だ、ダメ…… もしお腹にダメージを受けたら……)


お腹を庇う様に後方へ飛び退くヒナ。もはや自身のお腹に宿る胎児を意識してしまった彼女に、先程までの可憐な動きはない。


本来のヒナなら、お腹に衝撃を与える事なくグロペティアンを倒す事は可能だ。だが初めての妊娠で、それも最愛の人の子となれば冷静な判断は不可能。


今のヒナの頭の中にはいかに胎児を守るか、それだけしかないのだ。



グロペティアンが更なる追撃を仕掛けて来るが、ヒナは交わす事で精一杯。


「ほらほら、そんなに激しく動いたらお腹の赤ちゃんが驚いて無くなってしまいますよ。クックククク」


「クッ……」


エシェッド.ガスの呟きで更に動きが悪くなるヒナ。何とか千姫から教わった【絶対世界】の結界の事を思い出し、自身を守る様に結界を張る。


焦って結界を張ったせいか完全な状態の結界ではない。このままではグロペティアンの猛攻に結界が破られるのは時間の問題だ。


「クックククク、惨めなものですねぇ【超越者】殿。(この世界に現れた【超越者】は殺せとマリア様から仰せ使っている。捕まえて胎児共々奴隷として使いたかったが致し方なし)


エシェッド.ガスはマリアが片手間に作ったホムンクルスだ。


ドゥドゥーマヌニカちゃんや他の邪神の様に手間をかけていない分弱く使い勝手は悪いが、連絡要員ぐらいなら使い道もあると、この世界に捨て置かれている。


(我が創造神マリア様の言は絶対。ああ、貴方様の為にこの者の死を捧げます!)


マリアに軽んじられているとも知らずに、彼女に対して狂信的なエシェッド.ガス。彼女の為なら死をも厭わないと豪語するが内心は別だ。


【超越者】を始末すれば自身を側に置いてくれるかも知れない。そんな有りもしない淡い期待を抱きながらヒナを追い詰めていく。



「さあ結界が破れそうですよ【超越者】殿、どうしますか? どうしましょうか? クケケケケケケッ!」


全体にヒビが走り今にも破れそうな結界の中で、お腹に手を当ててこの子だけは守るという強い意志を示すヒナ。


右手でお腹を庇い、左手に光の力を溜める。結界が破られたらダメ元で放つつもりだ。


グロペティアンを操る鎧は光の力に耐性を持つため効かないかもしれない。それでも一か八かの賭けに出る程にヒナの精神は追い詰められているのだ。


「どんな事があってもこの子は守る! 優畄、助けて…… 優畄!」


グロペティアンの激しい攻撃で不完全だった結界が崩壊する。


振り上げられた巨剣がヒナに迫る。刀で受け流す選択肢はない。ヒナも溜めていた光の力を放とうとするが、グロペティアンの巨剣の方が早く届きそうだ。


「優畄……」


ヒナが懇願する様に優畄の名を呟く。


そんなヒナの願いが通じたのか、彼女の眼前にまで迫っていたグロペティアンが突然吹き飛んだのだ。


「えっ?!」


突然吹き飛ばされたグロペティアンに代わる様にしてヒナの前に佇む優畄。


「…… ゆ、優畄……」


「ヒナ、間に合って良かった…… 」


ヒナは自身が気付いた時にはすでに優畄に抱き付いていた。


「優畄…… やっと会えた……」


そんな彼女を労わる様に抱きしめ返す優畄。


「ヒナ…… 待たせてごめんね。離さない、決してもう2度と君を離しはしない!」


「優畄…… 私も離さない。いつまでも一緒だよ……」


2人が2人だけの世界で喜びを分かち合っている一方で、エシェッド.ガスは突然の乱入者に混乱していた。


「なっ! 鎧で操っているグロペティアンを一撃で…… 」


鎧で覚醒させたグロペティアンの強さはおよそ8倍。動揺していたとはいえヒナにある種の覚悟を抱かせる程だ。


突然の出来事だったため何が起きたのかエシェッド.ガスには分からなかったが、この者が只者ではないという事だけは分かった。


混乱必死な頭で優畄のステータスを覗き見る。そして驚愕と共に絶望という文字が頭を過る。


「…… ば、バカな!? 【超越者】が2人も居るだと……」


1000年に一度、現れると云われている【超越者】。1人でも世界を変えうる力を有しているのだ。それが同時に2人も存在している。


それはあり得ない事であると共に、全ての終わりを意味していた。


コソコソと逃げ出そうとしていたエシェッド.ガスに向き直ると優畄は彼に告げる。


「無駄だよ、この世界の次元は封じさせてもらった。もうゲートの能力は使えないよ」


「…… じ、次元を封じた? そ、そんな事が出来るのは神以外に…… 」


エシェッド.ガスは理解した。自分が何と争っていたのかを。


「そ、そんな…… し、知らなかったんだ、私は……」


「ヒナに危害を加えた時点であんたを許すつもりはない」


優畄とヒナは手を結ぶとその手をエシェッド.ガスに向けた。


2人の結ばれた手から眩いばかりの光が溢れだす。この光は【太極光】の略式バージョンとも呼べる技で、エシェッド.ガスを黒石の闇ごとこの世界から消滅させる力がある。


「わ、私がこんな所で…… マリア様……お母さ………」


極光は彼の命と欲望を飲み込んで魔王城から溢れ出た。そして光が収まると同時にこの世界から黒石の闇が払われたのだ。




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