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191話 魔王


魔王城【グロニカス】その最上階の天空庭園に魔王グロペティアはいた。


「……【超越者】が第五階層を突破し、この天空庭園に向かって来ております」


「うむ、そうか……」


焦った兵からの報告を聞いたグロペティアは王座から立ち上がると、自身の武具を装備するため宝物庫に向かう。


「…… (我が本気で戦える相手。この様な胸の高揚はいつ以来だったであろうか……)


彼はかつて力の無い弱き小鬼のゴブリンだった。


彼はハグレのゴブリンで、巣には妻と子供達6人の家族があり、貧しいながらも日々の幸せを噛み締めながら生きてきた。


食事など野鼠を捕まえられればいい方で、たまに猪などの中型野獣を仕留められれば御の字だ。小柄なゴブリンでは一体で狩りをするのも限界がある。


それでも家族の存在が有ったから彼は頑張ってこれたのだ。


彼の妻はゴブリンの里に住んでいた頃の幼馴染で、ゴブリンでは美しいとされ、将来一緒になろうと誓いあっていた。


だが、彼の最愛のゴブリンが里の長だったハイゴブリンに見初められてしまい、2体でゴブリンの里から逃げ出したのだ。


小川の脇に2匹で巣を作り子を成して幸せに暮らして来た彼だったが、人間の襲来で彼は全てを奪われてしまう。


人間のハンターに彼等の巣が見つかってしまったのだ。


彼が狩りから帰って来た時には襲撃者の姿は無く、有ったのは無惨に斬り捨てられた妻子の姿だけだった。



『ゴッ……ゴブゥゥゥゥ〜〜!!』


妻は子供の盾になる様に折り重なって死んでおり、泣き叫ぶ彼に応える事はなかった。


家族を殺した人間は直ぐに見つかった。彼等はハンターと呼ばれており、ゴブリンやオークなどの魔物を駆除して回る一団だ。


彼が妻に送った翡翠の首飾りを手に持っていたから分かったのだ。


今の自分では復讐に向かっても返り討ちに合ってしまう。ゴブリンの中では頭の良かった彼はまず自身の強化から始める事にした。


それから復讐の鬼に変わった彼は、元彼が住み暮らしていた里の長だったハイゴブリンを殺してその心臓を食らったのだ。


彼等魔物は同種族の上位種の心臓を食べることで進化する事が出来る。


自らがハイゴブリンとなった事で家族を殺した人間に襲撃を仕掛けるが返り討ちにあってしまう。



『まだ、ダメ! まだ、足りない! まだまだ、強化をしなくては! 大切は、守れない!!」



辛くも逃げ延びた彼は上位種に戦いを挑み続け、なんとか生き残り、心臓を食らう事で自らを強化し続けていった。


いつしか彼はゴブリンの最上位種のゴブリンエンペラーを倒す事で自身の強さはもちろん、兵力という力をも手に入れた。



「我は力を手に入れた! これで人族を滅ぼし我はこの世界の支配者となるのだ!」


いつしか彼の目的は復讐から野望へと変わっていった。


ゴブリンエンペラーとして兵を引き入り、家族を殺したハンター達がいた町を滅ぼす事は出来た。だがやはりゴブリンという下等種では限界がある。


人の国から討伐に来た騎士団にゴブリンの軍が壊滅されてしまったのだ。



「ダメだ! この程度の力ではこの世界の覇者には成れない! 更なる、更なる強化が必要だ!」



そんな彼の前に都合よく現れたのは、エシェッド.ガスという特殊な力を授けてくれる黒く丸い石を持った魔人だった。


「グロペティアン様、貴方様は魔王にお成りなさるお方。さあ、このダークマターより力を引き出し転生するのです!」


野球ボール位の大きさしかない小さな黒球だが、それから溢れ出てくる闇の力の破流は桁違い、恐怖を覚えるほどだ。


自分に更なる力を授けてくれるという黒球、グロペティアンに躊躇いはなかった。


胡散臭いエシェッド.ガスへの警戒より、黒球から溢れ出てくる濃い闇の力に惹かれたのだ。


そして彼は黒球の全ての力を受け入れて魔王へと転生する。



「ワッハハハハハ〜!! 何という力だ! この力で我は、この世界の頂点に立つのだ!」



魔王としての力を手に入れたグロペティアンは、当時グロースバル大陸に存在していた人間の国を全て滅ぼし、その頂点に君臨したのだ。


そして大陸の名を魔大陸と改めて、外からの人の流入を止めたのだ。


天下取りへ盤石な状態で臨む事が出来る。大切な家族の記憶は、すでに彼の中には残っていなかった……


それからはエシェッド.ガスの助言もあり、もう一つの大陸は裏から手を回す事で上手く牛耳ることにした。


頂点を極めた彼が求めるのは自分を満足させる事の出来る強者。戦乱止まぬ動乱の世の方が自分好みの強者が育ち易い。


力を授けてくれた黒球の副作用か、強い戦闘意欲を抑えられないのだ。


「強者こそ全て! さあ我と戦い我を楽しませてくれ!」


幾人の勇者、英雄を葬ってきたのか分からない。それだけの月日が過ぎたのだから。


それらの悲劇悲しみが黒石の力に成っているとも知らずに。


たまに遥か昔の、自身がゴブリンだった頃の夢を見る。


貧しいながらも家族と過ごしていた楽しく平和な時。2度と戻る事が出来ない儚い記憶。


もうその頃の事は覚えてはいないが、胸の奥深くで今も脈打っている。


なぜか魔王の間まで来た【超越者】を見ていると、その頃の事を思い出す。


一目見ただけで自身より強いと分かるその者を見て。



「我は魔王グロペティアン。この世の覇者にして最強の戦士なり! 【超越者】よ、我と戦え! そして我を満足させるのだ!」


なぜ昔の忘れ去った記憶を思い出すのか分からないが、その記憶を追いやる様にヒナに対して宣戦布告をする。


刀身3mの巨大な剣【エクリプス】を手に構え、漆黒の全身鎧【ダークデネゲイト】を纏い戦闘態勢に入るグロペティアン。



「貴方が魔王ね、貴方に聞きたい事があるの」


ヒナも【光姫】と【阿修羅】を抜くと、グロペティアンに応える様に構えを取った。


凄まじいまでの威圧感がヒナから放たれる。ピリピリと身を焦がす様なプレッシャーを押し退け前にでる。


恐れは無い。あるのは戦いへの飽くなき意欲だけ。



「ヌハハハハッ! 死ねえぇ!!」


グロペティアンがその3mを超える巨体に見合わないスピードでヒナに迫ってくる。


だがヒナはその場から動く事なく小山をも両断する彼の攻撃を受け流す。


「ムウっ! ならばこれならばァァ!!」


そこから攻撃の手を緩める事なく連撃に持ち込むが、その全ての攻撃をいなしてしまうヒナ。


「な、なんと!」


「気がすんだかしら? 今度はこちらの番よ」


ヒナは刀を交差させると、クロスの斬撃を放つ。グロペティアンの巨大な全身を捉える高速の斬撃。


「ぐがぁ!」


彼も巨剣【エクリプス】でヒナの斬撃を受け止めるが、壁際まで吹き飛ばされてしまう。


かつて戦ったどの相手よりも強いヒナの存在に畏怖を覚えながらも、戦闘意欲は劣える様子はない。


だがそれ以上に、ヒナに対して武人としての偉大さも感じているグロペティアン。


「今の戦いで気が済んだならいいのだけど。私は貴方に聞きたい事があるの、だから戦いはもう終わりにしましょう」


グロペティアンからは強い闇の力を感じてはいるが、本来の彼は武人然とした人格者だと先程の戦いで見切っているヒナ。もうこれ以上戦う意志はないと彼女は言っているのだ。



「…… 何のつもりだ?」


「これ以上の無益な戦いは意味がないと貴方も分かっているはず」


この魔王の元に来る間に退けてきた配下達は、その誰しもが「魔王のため!」と自らの命を顧みる事なくヒナに向かってきた。


彼がそれだけ配下の者達に慕われていたこのとの証だ。


そう、戦う以前からヒナには争う意志は無かった。グロペティアンを退けたのも、駄々っ子を片手間にあやす程度の認識。


彼はまだ救いようがあると、まだ間に合うと見越しての判断だ。



「…… 我が退くだと…… フフフッ、300年の長きを生きたが、最後まで戦わずに退くのは初めてだ」


屈辱のはずなのだが心の中は清々しい。グロペティアンはヒナに応じようと巨剣を下ろす。


だが、そんな彼の意志とは無関係に、彼が纏う漆黒の鎧【ダークデネゲイト】が怪しく瞬くと、彼の意志を乗っ取り始めたのだ。


「な、何が?! グッ、ガアァァァァ!!」


「!?」


瞬く間に身体を乗っ取られてしまった魔王グロペティアン。この鎧は彼が取り込んでいる黒球と呼応しており、彼の意志だけではどうにもならないのだ。



「やあ、またお会いしましたね【超越者】殿」


そしてヒナの光の力から身を守る結界を纏いながら姿を現したのは、先の階層でヒナの前から逃げ去ったエシェッド.ガスだったのだ。











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