190話 弱点
太古の神々が創りし遺跡、今は魔王城と呼ばれる場所にヒナはいた。
あれから魔大陸に渡った彼女は、優畄の形跡を探して方々を歩き回り、そこぞこ先で出会う強力な魔物と戦い下し従えて、聞き出し行き着いたのがこの魔王城というわけだ。
それまでに僅か2日しか経っていない。
「ここで優畄の情報が得られるといいのだけど……(最近体の調子がおかしい…… 突然に吐き気をもよおしたり酸っぱい物が欲しくなったり眠くなったりと、感情の起伏が激しい。原因は分からないけど私の体の何かがおかしい…… これ以上おかしくなる前に優畄を見つけなくちゃ!)
妊娠の知識は有るが、まさか自身が妊娠しているとは思いもしないヒナ。優畄の事が心配過ぎてその結論に行き着かない。
原因不明なこの症状が悪化する前に優畄を探さなければと必死なのだ。
そんなヒナが魔王城の入り口を見る。
幾多の植物の蔦が絡み合い今にも崩壊しそうな巨大な遺跡、だがその廃墟然とした見た目はフェイクだ。
真の魔王城はこの魔大陸の覇者、魔王【魔神グロペティアン】が住む居城。
その作りは魔王が住む最上階の天空庭園に続く5つの階層で成り立っている。
第一の階層は入り口から遺跡部分の【大迷宮】。その【大迷宮】を守る守護者が双龍王アスグレイプ、ニルグレイプの双子のドラゴンだ。
それぞれ深紅と深縹の色を持つ2体は、それぞれに煉獄と氷獄の魔法を使う厄介な相手。
『貴様が侵入者か?!』
『我等はこの双龍の間の門番』
『この先に進みたくば我等を倒す以外に道は無し!』
2体のドラゴンがそれぞれ獄炎と氷獄の息吹きを口から漏らしながらヒナの前に立ち塞がる。
そんな2体のドラゴンの元に難なく辿り着いたヒナは、立ち塞がる2体のドラゴンを睨み付けた。
その一睨みで、まるで100tの重石を体中に括り付けられたかの様に、完全に体の動きを封じられてしまった双龍。
『ムウウ…… 一睨みで我等を制すとは』
『た、只者ではないな……』
一睨みで自分との力の差を2体のドラゴンに分からせ
たヒナ。
「私に敵対しないなら見逃すけど、どうする?」
一目で双龍が邪悪の者でない事を見切ったヒナが、彼等との無益な争いを避けるため威圧したのだ。
返答如何によっては明確な死が待っていると悟った双子のドラゴン。
『兄者……』
『ああ、我等の役目は門番。だが貴殿にとって我等は赤子同然。戦うは無意味、この道を譲ろう【超越者】殿』
彼等は魔王に負けて嫌々従っていただけの門番。そしてその魔王より強いヒナという存在が彼等の前に現れた。
彼等は戦わずしてその門番という役割を放棄したのだ。
戦う意思が2頭に無いと見るやヒナは、何事もなかったかの様に双龍の間を抜けて、彼等が守っていた次の階層に続く門を潜り抜けた。
ヒナが去ってからしばし唖然としていた双龍。
『……兄者、我等は小さいのう……』
『ああ弟よ、我等は小さく弱い…… ここを出たならば更なる高みを目指して修練の始まりじゃ。そして我等もあの高みに上り詰めようぞ!』
『誠にその通りじゃ兄者!』
そして2頭のドラゴンは大声で笑い合うと、遥か高みを目指して遺跡を後にしたのだ。
ドラゴン達の熱も冷め止まぬ間に次の階層に辿り着いたヒナ。
第2階層は辺り一面荒れた大地が続く荒野だ。たまに襲い狂う魔物を退けながら進むヒナの前に今度は、50の頭と100の腕を持つ100m級の巨人ヘカトンケイルが現れた。
ヘカトンケイルはヒナを見つけると、百の腕から辺りにある巨石を掴み出鱈目に投げ付けて来たのだ。
100mの巨体がむやみやたらに投げる巨石は、それだけで脅威だが、ヒナは目にも止まらぬ太刀捌きで飛んで来る全ての石を斬り裂いていく。
先程のドラゴンの様に相手の力量を身測る知能が無いのか、それでも攻撃を止めようとしないヘカトンケイル。
知能の無い哀れな巨人。
彼はかつて優畄達の様に当主候補だった男で、今は意志や思考能力は無く、ただ命令通りに攻撃を続けるだけの木偶の棒だ。
そんな哀れな巨人の懐に一瞬で近付くとヒナは、巨体の中心に有る核を一刀のもとに破壊する事で、彼を自由にしてあげた。
「……こんな所にも黒石の犠牲者が…… 早く優畄と合流してこの負の連鎖を止めなくちゃ」
3階層と4階層は魔王の側近というクズが門番をしていたが、見開きでヒナに片付けられてしまった。
そして魔王城魔王の間への最後の難関、第5階層に到達したヒナ。
この階層を守るのは魔王グロペティアンの右腕、【神秘眼】という力の差に関係なく相手の能力を看破する事が出来る邪眼を持つ【エシェッド.ガス】という魔人だ。
身長190のスラリとしたモデルの様な体型に、まるで整形でもしたかの様に整った目鼻立ち。
額の一本角は彼の誇りだ。
佇まいからも自分の容姿に絶対的な自信がある様子。
「お前が【超越者】か、たった1人でここまで辿り着いた事は褒めてやろう。だが貴様の進軍もここまでだ」
そう言うとエシェッド.ガスは、部屋中に設置した魔法陣から7〜8m級のゴーレムを6体召喚する。
「まったく面倒臭いわね……」
ヒナが光の剣でゴーレムを蹴散らそうとするが、ゴーレムの胸の辺りに有る水晶に光の力が吸収されてしまう。
「ヌッ?!」
「フハハハハ! そのマッドゴーレムは私の特別製、貴様の光の力への対策は完璧だ」
そうヒナがオルメール大陸で戦っていた際に覗き見て、その対策を練っていたのだ。
そしてゴーレムの内の一体が、大きな10mのハルバートを手にヒナに襲い狂う。
「そいつは先程まで大将軍だった魂を使って作った特別製。両手を奪い、光をも奪い去った貴様に強い恨みを持つ。さあ思う存分に恨みを晴らせ!」
このマッドゴーレムの機動力は強い恨みの念だ。ヒナと因縁のある魂を使っていればそれも効果は抜群だ。
「さて今のうちに奴のステータスを覗かせてもらおうか」
ヒナの弱点を探ろうというのだ。
エシェッド.ガスの目が怪しく光ると共にヒナのステータスが彼の眼前に表示される。
L v∞
力99999……
守99999……
速99999……
ヒナのステータスを見たその瞬間、彼を驚愕が支配する。
「…… ば、ば、ば、バカな!? ば、化け物か!……」
彼が見たヒナのステータスはこの世界のいかなる存在を凌駕するものだったのだ。
ステータスの数値はもちろん、スキルの数も桁違いだ。
(…… こ、こんなのムリゲーだろ! 全ての数値が最高値(この世界の最高値は9999)を振り切っていて出鱈目だ…… それに名前の下の純神てなんぞ?! こ、こんなの聞いていないぞ……)
軽くパニックを起こしているエシェッド.ガスをよそに、ヒナはゴーレムをただの斬撃だけで退けてしまう。
「なっ! わ、私のマッドゴーレムが!?」
「お前も邪魔、とっと死になさい」
一瞬でエシェッド.ガスの眼前まで迫ったヒナが斬撃を放つが、強力な結界に阻まれてしまう。
この結界は覗き見たヒナの力に耐えられる様に最高の術式を組み上げて作り出したものだ。たとえヒナとはいえそう簡単には破れない。
(ヒッ…… 弱点、弱点! 奴に弱点はないのかぁぁ?!)
ヒナの弱点を探して、脅威的なステータスとスキルを読み進めるエシェッド.ガス
「チッ、私は急いでいるんだから手間をかけさせないで!」
だがブチ切れたヒナの攻撃で結界にヒビが走る。
「ヒッ、ヒイィぃ〜!!」
恐怖に歪むエシェッド.ガスだったが、ヒナのステータスの1番最後に書かれていた文字にその目が輝く。
そしてヒナが結界を破壊すると共に下卑た笑みを残して、ゲートの魔法陣で逃亡したのだ。




