189話 想い
康之助に道を示した事で任意の次元に扉を開く事が出来る様に成った優畄。
黒石将ノ佐のコテージから逃げ出した優畄が辿り着いたのは、剣が幾本も突き刺さっている草原だった。
辺りを見回してみても剣ばかりだ。
どこかで小競り合いをしているのか、風に乗って喧騒が聞こえてくる。
「ここは…… ヒナの気配を色濃く感じる…… この世界の何処かにヒナがいるのか」
将ノ佐に捕まっている時は鎖の影響で僅かにしか感じられなかったヒナの存在。それがこの世界に来て弱まっていたヒナの気配を強く感じられる様に成った。
間違いなくこの世界の何処かにヒナがいるのだ。
「ヒナ、待っていろよ!」
優畄は自身の体を動かして、今の段階でどの程度に自分が動く事が出来るのかを確かめる。
寄生体は将ノ佐が寝ている間に除去したと言っていた。
彼の言う事をそのまま信じるのもどうかと思うが、捕まっていた7日間、不本意とはいえ彼から手厚い看病を受けていたのだ。嘘を言っても何の意味もないだろう。
「…… 正直、彼の事は好きではないが、寄生体を除去したと言う話は信じてもいいだろう」
それに体の節々にあった体を蝕む様な違和感が無くなっているのも、除去したという云う事を信じる理由だ。
体を確かめた結果、今の優畄の状態は全力時の5割程度だと認識する。
この世界にゲートを繋げたのが思いの外、力の消耗に拍車をかけた様だ。
決して万全とは言えないが、優畄は早くヒナに会いたい。
それは頭の奥に感じる違和感。
何か得体の知れない物が優畄のこれまでを、ヒナとの掛け替えのない思い出を少しずつ削っている様な感覚。
この感覚は力を使う度に酷く成っていく様に思われる。
「……ヒナ、待っていてね、今逢いに行くからね……」
彼の心の底から出た思いは自然と口から出た言葉だ。
今ではヒナは彼にとっての全て。その彼女のためならたとえこの身が裂けようとも構いはしない。
優畄は愛しのヒナを求めて剣の草原を歩き始めた。
剣の草原はきっとこの世界の墓場なのだろう。辺りに人の気配は一切感じられない。
そんな彼の前に女性だけの武装した10人程のグループが近付いてくる。
何かを狩っているのか、注意深く辺りを伺い隙がない。
そんな彼女達は1人佇みこちらを伺う優畄に気がつくと、警戒体制にはいる。そしてその内の先頭を歩いていた3人の女性が警戒しながら近付いて来た。
「おい貴様、ここで何をしている?!」
今の状態でも楽に勝てる相手だが、現状戦いたくはない優畄。それでも相手の出方によってはそうは言っていられない。
「君達へ害を与えるつもりはない。俺は人を探しているんだ」
手を上に上げて敵意がない事を示す優畄。
「人を…… 」
「嘘は言っていない様だけど……」
「それでも男だよ、リーダーどうする?」
どうも彼女達からは男に対して強い拒否感が感じられる。
「…… あんたの目からはこの大陸の男共とは違い、強い意志と信念の様な物を感じる」
自身の人選眼に余程自身があるのか、彼女達のリーダーと思わしき人物が真っ直ぐに優畄の目を見て言う。
「なあ、あんたの名前を教えてくれないか?」
そして優畄の名前を聞いてきたのだ。
「俺の名は黒石優畄、この地にはヒナという女性を探してやって来た。何でもいい、彼女の事で何か情報が有ったら教えて欲しい」
優畄は彼女達に害を加える気がない事を証明するため、素直に自身の名前と、ここに来た目的を話す。
そしてヒナという名を聞いた彼女達に驚愕が広がる。
「り、リーダー! こ、この人は【超越者】様が探していた……」
「ああ間違いない。彼女は優畄という人を探していると言っていた」
「じ、じゃあこの人が!?」
彼女達の会話にヒナの気配を感じ優畄が、リーダーの女性へ迫る。
「ヒナを知っているのか!? た、頼む彼女の事を教えてくれ!」
一瞬の間に彼女の眼前まで迫って来た優畄を警戒して武器をとるメンバー達。
「り、リーダー!」
「…… 大丈夫よ。この人に敵意は無い。もしあったなら今の瞬間に私は死んでいた」
「た、確かに……」
リーダーの的確な一言にメンバーの女性達は武器を下ろす。
「安心してくれ、俺は君達の敵じゃあない。ひ、ヒナに会いたいだけなんだ!」
「…… 分かった。ここでは何だから私達のアジトで話をしよう」
優畄に害意がないため、彼をアジトに招待した組織のリーダー。今の彼女達のアジトはかつて帝国だった宮殿の一室。
宮殿には様々な種族の女性が武器を持ち警備にあたっており、男達はいる事には居るが、その殆どが奴隷か一兵卒の兵士だ。
「挨拶がまだだったね。私はこの女性だけのレジスタンス【フラオ.グラン】のリーダーのアイリーン。
そしてデカイのがバーバラ。黒くて耳が長いのがムー、猫みたいな猫がニャトランだ」
「なんだその雑な紹介は!」
「本当に、酷すぎ」
「猫みたいな猫てなんだニャン……」
とにかく主要なメンバーの名前と顔は分かった。
「それでヒナは!? ヒナはどこに居るんですか?!」
紹介の間は我慢していたが堰を切った様にヒナの事を尋ねる。
「あんたのいうヒナがあの【超越者】様なら、彼女は海を渡って魔大陸に向かったよ。今から4日前の事だ」
「魔大陸…… 」
その不穏な響きが優畄の心に不安となって押し寄せる。
「あの大陸は弱肉強食の頂点、様々な生き物が跋扈する魔境さ。あの【超越者】様の出鱈目な強さなら問題ないと思うけど……」
彼女には一つ心配な事があった。それはヒナがこの大陸を旅立つ前の出来事。
突然に吐き気を催した彼女、そのまま旅立ってしまったため確かめる事は出来なかったが、あれは女性なら誰しもが分かる症状だ。
彼女【超越者】様は妊娠していると。
当の本人に気付いた様子は無かったが、間違いないだろう。
その事をこの者に言おうかどうか悩むところだが、彼女に受けた恩は計り知れない。
意を決して口を開くアイリーン。
「優畄殿、あなたの探しているヒナ殿は妊娠をしている。早く彼女の元に駆け付けてその力となってやってくれ」
「ひ、ヒナが妊娠?! 」
優畄は座っていた椅子から勢いよく立ち上がる。
「やはり、知らなかったのだな……」
「その魔大陸はどこにありますか!?」
「魔大陸なら南西のこの方角だ。案ずるな、今から船の用意を……」
彼女が最後まで言葉を発する事は無かった。何故なら優畄は、いつの間にかテラスに移動していたからだ。
「【フラオ.グラン】の皆さんありがとう。俺は行きます」
そして彼はテラスから上空高くに浮き上がると、物凄いスピードで飛んで行ってしまったのだ。
「…… あんなに慌てて、彼にとってヒナ殿は余程に大切な人なんだな。2人が巡り合える事を祈っているよ」
アイリーンは彼が飛んで行った方を向きながら、何とも言えない暖かな笑顔で彼等の無事を祈るのだ。




