188話逃走
今のスライム体のボーゲルには核があり、その核を破壊しない限り何度でも甦るのだ。
(こ、こうなれば奴の背後から……)
もはや闘神としての誇りなど無いボーゲルはボブの背後でじしの体を鋭い槍の形に変えていく。
それと共に刃先に闇による呪符を施す。この呪符はボーゲル自身の魂を削って付与した物だ。
こうする事で能力
は極端に低くなるが、何度死んでも生き返るボブ蘇生を阻害出来るかもしれない。
もはやボーゲルは勝てば良かろうなのだ。
本来の時間稼ぎも忘れて、ボーゲルにとってボブは倒すべき障壁と化していた。
(不意打ち喰らえ! そして我の勝ちィィ!!)
最悪な事にボブはボーゲルが生きている事に気付いていない様だ。そして鋭い槍状になったボーゲルがボブに迫る。
当のボブはボーゲルを倒した安心感から、レゲエのリズムに揺れているのみだ。
タイミング的には完璧だったがボーゲルの攻撃がボブに届く事はなかった。
「なっ! こ、この結界は!?」
突如張られた結界がボーゲルの不定形の体を拘束する。
「ファッ?! 何事で〜ス?!」
ボブが後ろを振り向くと、結界に固定されたボーゲルと、見知った女性が佇んでいた。
「まったく…… ボブ、其方は妾が居なくてはどこか抜けておるのう」
「おお花子!」
結界を破ろうとボーゲルが暴れるがびくともしない。
本来の彼なら意に返さない結界だが、ボブの超回復能力を警戒し阻害しようと、魂を削って呪符を込めたのが裏目に出たのだ。
それに千姫の結界は的確にボーゲルの核だけを捉えており、彼は完全に封じられたのだ。
「お、おのれぇ! 出せ! 我をここから出すのだァァ!!」
ボブと千姫に向けて怨嗟の声を上げながらグニグニと形態を変えるボーゲル。もはや彼はボブ達にとって脅威とはならないだろう。
「さあボブよ、先程の大技でこの者にトドメを刺すのじゃ!」
千姫もボーゲルには自身の故郷を滅ぼされた恨みがある。
そんな彼女の思いに応える様に空高く舞い上がるボブ。そして【コメットストライク】の破壊力を一点に集中させた【メテオストライク】を放った。
ボブの【メテオストライク】が直撃する直前にタイミングよく結界を解く千姫とのコンビネーションがボーゲルこと【アバドン.ククル】を仕留める。
「…… わ、我が……こんな……所で……」
パキッという核が砕け散る音と共に、ボブの因縁の相手ボーゲルはその存在を消滅させたのだ。
ボーゲルを倒す事が出来たボブ達が、【アバドン.ククル】の巨体に隠されていたある物を見つける。
それは古く小さな祠。
その小さな祠には観音開きの小さな扉が付いているのだが、その小さな扉が開かれそこから湯水の如きに闇が流出しているのだ。
「こ、これは…… 何と穢らわしい…… 」
「あれがァ地獄の扉という事で〜スか……」
その小さな見た目に反して邪悪な気配漂う祠。
千姫程度の霊力では立っているのがやっとの暗黒の瘴気、そんな彼女を庇うかの様にボブがその前に立つ。
それと共に彼女を守る様に彼から暖かな闘気が溢れ出す。
「ボブ…… すまぬな」
「私〜シは花子の守り手で〜ス。花子の安全はァバッチリで〜ス」
この場ににつかわない暖かな雰囲気が2人の間に漂う。
「うん? いつぞやの不死の王の加護を持つミミズ頭に狐の姫君か。どうやらボーゲルを退けたようじゃな。人の身でアレをどうにか出来るとは思わなんだが……」
だが、突然の巨大で邪悪な気配の出現に、そんな暖かな雰囲気は霧散する。
「お、お前はヤトバを殺した……」
共の敵を目の前にして攻撃に移ろうとしたボブだったが、隣の千姫の存在に冷静さを取り戻す。
この者は闇そのもの。もしボブが攻撃を仕掛けた際に千姫を人質に取られては目も当てられない。
「ほう、冷静だな。安心せよ、お主等と遊んでいる間はないのでな」
そして権左郎は闇が噴き出し続けている祠を指差した。
ボブ達が権左郎に気を取られた僅かの間に、小さかった祠が数千倍の大きさに変わると共に宙に浮き上がり、その扉から信じられない程に悍ましく巨大な化け物が少しずつ這いずり出て来たのだ。
「魔降の時、ついに【甚黒魔皇石】がこの世界に体現する。そしてワシはそれと一体と成り完全な神となるのだ!」
珍しく少し興奮気味にボブ達に話し聞かせる権左郎。
「神じゃと……」
「oh no…… イカれてま〜ス」
権左郎の言葉に頭を横に振り否定の意を示すボブ。
「カッカカカカ! この貴重な瞬間に立ち会える事を光栄に思え。ワシが神へと成った暁にはお主等も、ワシの一部として取り込んでやろう」
甲高い笑い声を上げながら権左郎が狂気の視線をボブ達に合わせる。
そんな権左郎に対してボブがとった行動は逃走だった。
「さあ花子行くで〜ス!」
「えっ、ボブ?!」
彼は千姫をお姫様抱っこで抱えると、強化された【ゾンビキング】の脚力で超特急の如く走り去って行ってしまったのだ。
「…… 」
権左郎もまさか初手から逃げるとは思って居なかったため、唖然と2人が走り去っていった方向を見ている。
「カッカカカカ、まさか逃げ出すとはな。まあ良い、今は遊んでいる間はない故な。不死王に狐姫、次に会えるのを楽しみにしておるぞ」
ーー
その頃、黒石将ノ佐に捕まっている優畄は彼が買い出しに行っている間に何とか自身を拘束していた鎖から抜け出す事に成功していた。
あれから2日、実は優畄に寄生していた【異星体パストミュール】は将ノ佐の手によって除去されている。
優畄を拘束している鎖【ポゼッシブチェーン】は対象の精神をも強引にコントロールする事が出来る。
そのため彼を眠らせて強制的に除去したのだ。
将ノ佐が心配していた後遺症も、体が麻痺する程度で済んでいた。その痺れもこの2日で完全ではないが動ける程度には抜けている。
何より強制除去のために能力を使ったため、鎖の維持が普段より緩んでいたのも、優畄が抜け出す事が出来た要因だろう。
「ヒナ、今君の元に向かうからね」
痺れが残る体で無理してまで行動に移ったのは、強くヒナを思っての事だ。
最後に優畄は7日間暮らしたこのコテージをみる。
強引に攫われ拘束され自由のない生活だったが、将ノ佐に悪意はなかった。
そのやり方は強引で独りよがりだったが、彼なりに優畄の身を案じてのものだった。
それは優畄も分かっていた。
「……将ノ佐さん、ありがとう俺は行くよ」
鎖から解き放たれた事でヒナの気配を強く感じ取れる様に成った。
彼なりの礼をする。そして優畄はゲートを開くとヒナの気配のする次元の近くに繋げてそのゲートを潜り抜けたのだ。
それから30分後、リュックに一杯の荷物を背中に抱えた将ノ佐がコテージに戻ってくる。
「優畄君、今日は君の大好きなポトフだよ。納得の行く素材が無くてね、散々探し回って遅れてしまったよ……」
将ノ佐が優畄の部屋の扉を開けると、そこには誰も居らず、一枚の手紙が残されていた。
「……」
将ノ佐はテーブルの上に置かれた手紙を取ると無言のままにそれを読む。
「そうか君は彼女の元に……」
そして手紙を読み終わると背負っていたリュックを壁に叩き付ける。
無言のまましばし暴れ周りコテージを破壊すると、何事も無かったかの様に振り返る事もせずその場を立ち去ったのだ。




