魔法のスープ
〜エヴァ〜
いつだろう。
食卓をみんなで囲って、「笑顔」で食事をしたのは。
いつからだろう。
食卓を囲むのが辛いものになったのは。
祖父が《雷帝》だと言うのは幼い頃から聞かされていた。悪名も名声も得た人物だということも。
そのせいでなるべく表舞台にたたず、人目を避けるような貴族とは名ばかりの使用人もいない、家族3人だけの慎ましい生活であることも。
幸い、領民の全てが嫌悪しているわけではなかった。今ほど食事に困ることはなかったが、両親が共働きで家を空ける時間は多く、自分で家事は全般をこなし、両親の負担を減らそうと努力した。小柄ながら力仕事や野良仕事をして体力を、領の内政の簡単な事務処理も手伝うことで知識も得た。
そんな彼女の家ではボルシチという、食材の余りを消費でき、栄養たっぷりのスープがしばしば食卓に並んでいた。幼いエヴァでもわりと簡単に作ることが出来るので、一石二鳥だったのだ。
そんなボルシチを両親は「疲れた身体に染み渡るようだ」と褒めてくれた。
みんなが笑顔になる、彼女にとって「魔法のスープ」だったのだ。そんな食卓がエヴァにはささやかで質素だが大切な時間だった。
しかし、そんなささいな幸せも洗礼の日を境に終わりを告げる。
彼女に発現したスキルが《雷帝》と同じだったからだ。
スキルは近親者で系統、能力が似かよる。
そして稀に遺伝で同じスキルを得ることがあるのだ。彼女の場合は隔世遺伝。
親の世代をまたいで発現したのだ。
その日以来、領民とは距離が開き、さとらせまいと娘に気を遣う父と母の笑顔が仮面のように見えるようになった。前とは違う、心からの笑顔はもう見れないのかもしれない、、。
自分のせいだ
このスキルのせいだ
運命からは逃げられないからだ
エヴァは自身に失望し、出自を恨んだ。
だがそれは大好きな両親を否定することだ。
その矛盾に彼女の心は耐えられなかった。
徐々に口数も少なくなり流されるように、無気力に、無表情に、、心が枯れてしまったのだった。
そして第一学園に入学が決まり、親元を離れることになり、この王都にあてがわれた屋敷はエヴァには居辛かった。
《雷帝》の血を引く叔父の屋敷。
その中は枯れた心を潤すどころか、祭り上げよう利用しようとする魂胆のみで自分の存在価値をさらに否定するように感じられたからだ。
孤独感からエヴァは屋敷に帰ることをやめた。
必要のない自分ならどこにいてもいい、ならば気楽な外の世界に出よう。
雨がしのげれば何とかなる。ただ襲われないよう危なくない場所を選んだ。
自分のスキルを使えばそれは容易だ。
生きるためにスキルを使う。
エヴァにためらいはなかった。
そうしてここ最近は王都のあちこちを点々としていたのだ。
路銀が底をついたこの数日は特に飲食店の残飯を漁るため、目立つ容姿の自分を見られないように慎重にしていた。
そして、誰にも見つからない「隠れ家」を見つけた矢先に、、。
「彼」に見つけられた。
いくら突き放しても私を必要と言葉をかけてくれる「彼」に。、、脚を掴まれた時、いやらしい手つきだったが。
そして、彼の母の優しい気遣いの言葉。
彼の家族が見せた温かい心からの笑顔。
「美味しい」という言葉。
その食卓に自分の憧憬があった。
枯れた心を、希望が潤す。
両親が褒めてくれた、食べた人が笑顔になる
「魔法のスープ」の力によって。




