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私の幼馴染ライバル化阻止計画

作者: 青い犬

 突然だが、私の幼馴染の話をしようと思う。


 幼馴染の名前は円城寺凛。私、谷口妙子と同じ一六歳の高校二年生だ。

 彼女は平凡な私と違ってハイスペックだ。父親が有名なお医者様で、お祖父さんが院長のため、家は当然お金持ちだ。モデルの母親譲りの綺麗な顔に、胸はないものの背が高いモデル体型。成績は常にトップ。運動は得意なのにもかかわらず、「面倒」という理由で体育は毎回休んでいる。それでも座学は出ているので、先生は黙認している。


 そんな彼女だが、一つだけ難点がある。それは性格だ。

 彼女――いや奴と呼ぼう――と私が知り合ったのは幼稚園の時。そのころから奴の性格は最悪だった。私の家は一般家庭なので、金持ち幼稚園に通っていた奴とは幼稚園が違ったのだが、そのときは運悪く少し遠くの大きな公園に連れて行ってもらったのだ。そして、たまたま習い事の帰り道、公園の前を通った奴が遊んでいる私を見つけ、声をかけてきたのだ。


 初めて奴を見たときは、子供心に天使が現れたと思った。それぐらい奴は可愛かったのだ。性格はひどいものだが。


 最初は普通に一緒になって砂場で遊んでいたのだと思う。だが、奴は飽きっぽい性格で、私はのめり込む性格だった。そのため、私は集中して砂の山を作っていたのだが、奴はすぐ飽きてどこかへ行ってしまった。今思うと、それに気づくべきだったと思う。


 ペタペタと砂の山を作っていると、突然、私の目の前に何かが落ちてきた。見ると、それは毛虫だった。虫が苦手な私は、すぐさま飛びのいた。毛虫を落とした犯人は当然奴だ。奴の方を見ると、私の方を見てけらけらと笑っていた。どうやら、私の飛びのいた姿が相当面白かったらしい。ベンチで休んでいた母親に泣きつくと、母親は「虫も命があるのだから、そんなに嫌がっては可哀想よ。それにあの子も驚かせようとしたわけではないと思うわ。きっと虫が好きでたえにも好きになってもらいたかったのよ」と言った。いや、奴は絶対私を驚かそうとしていたと思ったが、母親の言うことにも一理あったので、私は奴に向かって「虫を嫌がってごめんなさい。あなたは虫が好きだから見せようとしてくれたのに」と謝った。昔の私なんて健気。


 だがそれが良くなかった。いじめがいがあると判断されてしまった私は、それから奴に付きまとわれ、ひどいことやきついことを言われるようになった。


 幼稚園の時は「お姫様」に憧れ、なりたいと言う私を「妙子にはなれないわ」と一蹴。小学校の時は私の好きな男の子を知って「どうせ妙子みたいなちんちくりん、すぐふられるわよ」と言い放った。中学の時はさんざん奴の買い物に付き合わされ、荷物持ちさせられたと思ったら「全部いらないから妙子にあげるわ」と押し付けた。奴のひどい行いをあげたらきりがない。


 そんな奴とは高校は離れて疎遠になるのではと期待したが、まさかの同じ学校。奴曰く、「庶民の感覚を知るのも重要なことなのよ」らしい。腹が立つったらない。


 高校生活も奴と一緒に過ごすことになるのかと、諦めモードになって一年以上が過ぎたころ、その時は来た。


「あっ、ごめんなさい。お水、かかりませんでしたか?」


 床に水をこぼしてしまい、慌てて拭く目の前の女子生徒を見て、私は返事ができなかった。


「私たちは大丈夫です。申し訳ありませんが、私たち急いでいるので。お手伝いはできませんがよろしいでしょうか」


 黙り込んだ私を見かねてか、隣にいた奴が代わりに答えてくれた。笑顔ではあるが、どこか冷めた感じがした。私が答えられなかったせいでいら立っているのかもしれない。女子生徒は謝りつつ「大丈夫です」と答えてくれたので、すぐさま奴は私の手を引っ張って食堂を出た。


「妙子、あなた大丈夫?」

「あ、うん。ごめん、ぼーっとしてて。対応してくれてありがと」


 私の返答を聞いても奴は怒っている様子だったが、今の私はそれどころではなかった。


 あの女子生徒を見て私は思い出してしまったのだ。この世界が「乙女ゲーム」と似た世界であることを。そして、奴の立場を。




 正直、私の前世は覚えていない。乙女ゲームをやっていたということは、オタクだったのかもしれない。だが、今はそんなことはどうでもいい。


 この世界は、私が前世にやった乙女ゲームと似ている。先ほど水をこぼした女子生徒、あの子が確かそのゲームの主人公だ。名前は涼風小夏。平凡を絵に描いたような私とは違い、「平凡」という設定の美少女だ。実際、この学校での彼女の存在は奴に次いで知られている。私が間近で見たのは、さっきが初めてだけれど。


 攻略対象は確か四人……だったはず。生徒会長と後輩と先生と夏にこの学校に来る転入生。涼風さんは生徒会には入っていないし、部活にも入っていないから後輩と関わる機会も少ない。先生と恋愛は一般的に難しいだろうし、転入生もまだ来ていない。


 彼女は攻略対象と接していないし、この世界はゲームと別だと考えるのが普通だが、問題は奴だ。


 奴はいわゆる主人公の「ライバル」だ。主人公が攻略対象と結ばれるのを阻止するという役目の。主人公に嫌味を言いまくり、主人公に多くの嫌がらせをして、最終的にはそれがばれて攻略対象に糾弾されることにより、精神を病んで学校を退学する。いわば、「悪役」である。


 普通なら、ここがゲームと別の世界だと考え、何も気にすることはないだろう。だが、奴は違う。奴の性格は、ゲームと同じくらい悪いのだ。ゲームと同じ展開にならないとは言えない。


 なんで私は奴の名前を聞いたときに思い出さなかったのだろう。そうすれば、奴の性格を矯正することができたかもしれないのに。いや、あの顔を見て思い出さなかった私も相当馬鹿だ。なんであの縦ロールを見てライバルと同じ見た目だと気づかなかったんだ。あんな見事な縦ロール、どうみても悪役じゃないか!


 ……ちょっと待って。今のところ、涼風さんは誰とも結ばれる様子はないし、奴がイケメンに興味を示したところも見たことがない。このままなら、ライバルにはならないのでは?




 ……なんて思っていた私の考えはすぐに覆った。


 朝のホームルーム、この六月に入ったばかりという珍しい時期に転入生が来た。

 名前は新井透君。爽やかなイケメンで、先ほど述べたゲームの攻略対象です。


 なぜかゲームと違い、涼風さんのクラスに転入したわけではないし、大丈夫だろうと安心したのも束の間。

 奴を見ると、転入生なんて普段なら興味ないはずの奴が、新井君の方を見つめていた。


 このままだとまずいのではないか。そんな考えが頭にちらつくが、まだ涼風さんが新井君を好きになるとは限らない。彼女が好きにならなければ、別に奴が新井君を好きでも構わないのだから。


 しかし、やはりそうはいかなかった。


 昼休み、購買でパンを買ってきた帰り、涼風さんと新井君が話しているのを見つけた。


どうやら涼風さんが「私が学校案内するよ」と新井君に言ったらしく、新井君は「別に大丈夫だよ」と返したらしい。


 それでもなぜか涼風さんはぐいぐいと「私に案内させて」と頼み込んでいる。これはどう見ても彼女は新井君のことが好きだろう。でも、新井君はちょっと困っている様子。私は今後どうすればよいのかと頭を悩ませていると、最悪のタイミングで奴が現れた。


「あら、新井君。どうかしたの?」

「あ、円城寺さん。実は……」


 新井君が奴に状況を説明する。私の予想通り、新井君は涼風さんに学校案内に誘われて困っていたみたいだ。話を聞き終えた奴は、一瞬むっとしたものの、すぐに作り笑顔で涼風さんの方を見た。


「ごめんなさい。彼への学校案内は私がやることになっているの。だからやらなくても大丈夫よ」

「え? じゃあ私も一緒に……」

「申し訳ないけれど」


そう言いかけた涼風さんの声を、奴はぴしゃりと冷たい声で遮った。


「私が先生に頼まれているの。それに私の遠回しの拒絶を察せられないような人間に、ついてきてほしくないわ」

「……ひ、ひどい……」


 涼風さんは奴の言葉に傷ついたらしく、悲しそうにつぶやくと口元を手で押さえた。私の方からは彼女の背しか見えないのでどう思っているかわからないが、彼女にとって奴は「性格の悪い敵」と判断されてしまっただろう。それは新井君も同じらしく、「円城寺さん、言い過ぎ」と奴に注意していた。


 これは本当にゲームの通りになるかもしれない。私はそうなることを防ぐべく、行動することにした。




「ねぇ、お願いだから涼風さんにはこれ以上かかわらないで」


 「行動」といっても奴に直接訴えることしか思い浮かばなかった。あと今の私にせいぜいできることと言えば、涼風さんと奴が遭遇しないよう、涼風さんに近づかないことくらいだ。


 とはいえ、私は「乙女ゲーム」の内容を覚えているわけではない。「ライバル」がどういった流れで結末を迎えるのかは思い出したが、具体的に「ライバル」がした嫌がらせは覚えていない。だから、ゲームの行動通りになると仮定し、回避することは難しい。ちなみに、攻略対象のイベントやエンディングについても同様、覚えていない。私が思い出した情報は偏りすぎだと思う。


 ……とにかく、私が奴に直接頼むことが、私が一番できることだと思ったのだ。奴に頼んでも拒否されるのは目に見えてはいるけれど。


 だが、奴が返してきた言葉はちょっと予想と違っていた。


「あら、妙子が私にお願いするなんて珍しいわね。もしかして私を彼女に奪われそうで妬いているのかしら」

「何変なこと言っているの」


 冗談でもやめてほしい。そういうのは仲の良い友人同士でやるべきだ。私が非難の意味を込めて奴を見ると、奴は少し残念そうに息を吐いたが、すぐにいつもの冷静な表情に変わった。


「まぁ冗談はともかく、妙子のお願いは聞けないわね」


 今度は予想通りの答えに私は肩を落とすしかなかった。

 なら、涼風さんと奴を会わせないようにするしかない。


 そう決意したのだが、そう簡単には上手くいかなかった。




「ど、どうして……?」


 あれからようやく一週間が経った。

 たった一週間しか経っていないはずなのに、奴が涼風さんと遭遇する確率は異様に高かった。


 あるときは、涼風さんが新井君に調理実習で作ったクッキーを渡しているところに遭遇。奴は「自分の力だけで作ったものをあげられないなんて、料理下手な人は大変ね」と言い放ち、涼風さんは怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも「班の子たちは他の料理を作っていたから、クッキーは一人で作ったもの!」と言って逃走。クッキーはちゃんと新井君が受け取っていたので食べたと思う。


 またあるときは、「授業で分からない箇所がある」と新井君に聞きに教室に来ていた涼風さんに、「その箇所なら数学の野口先生に聞いた方が頭の中に入るのではないかしら」と笑いながら奴は言った。ちなみに、「野口先生」とは、同じことを何度も繰り返すお爺ちゃん先生で有名だ。それを聞いた涼風さんの顔が引きつったのは私でも分かった。「何度も言われれば馬鹿でもわかるでしょ」と言っているようなものだから。


 そしてついには、涼風さんの方から奴にケンカを売りに来た。内容は「そのネクタイやスカートは規則違反ではないのか」というもの。この学校の制服は、男子は青いネクタイ、女子は青いリボンなのだが、奴はリボンではなく男子用のネクタイをしている。スカートも本来は膝下なのだが、奴は膝上まで上げている。彼女の指摘はまともなのだが、奴は「ネクタイは許可をもらっているし、スカートの丈に関しては、当然私以外の他の方にも注意しているのですよね?」と返した。ネクタイはともかく、スカートを短くしている女子は他にも大勢いるのだ。私も奴ほどではないが折っている。彼女は「見つけたらちゃんと注意しているわ」と自信満々に返していたが、奴に「じゃあ、注意した生徒のクラスと名前教えてくれますか。普通は先生方に報告するので、もちろんメモしていますよね」と聞かれたら、すぐに言葉に詰まって逃げた。「さっきの返答で終わるはずなのに!」と言って去ったが、あれは何だったのだろうか。


 とにかく、なぜか涼風さんを避けようとしても、奴と彼女は遭遇しまくっていた。そのせいで、新井君の奴を見る目が冷たい。おそらく、涼風さんに対してきつい言葉を放つ奴を「嫌な奴」認定しているのだろう。奴が彼に糾弾されるのも時間の問題かもしれない。


「妙子、ちょっと新井君に呼ばれたから行ってくるわね」


 私がどうすればよいか頭を抱えていると、奴が爆弾を落としていった。


 驚いて教室中を見回すも、新井君の姿はない。今は放課後で帰っている可能性があるが、机の横に鞄があるため、まだ学校にいるようだ。奴の発言の通り、奴をどこかで待っているのかもしれない。


 慌てて奴の後をつけようと奴がいたほうを見たが、すでに奴の姿はなかった。


 もしかして新井君に呼ばれたのは、涼風さんをいじめたと糾弾されるからなのでは?


 そんな考えが浮かび、私の顔が青ざめるのがわかった。私はそうなるのを阻止しようと、急いで教室を出る。


 私は何となく屋上ではないかと思い、屋上に向かって階段を駆け上った。理由は、二人で話せそうな場所なんて屋上ぐらいしか思いつかなかったのと、奴がいそうな気がするというカンがあったからだ。


 屋上の扉の前にたどり着き、かすかに扉が開いていることに気づいた。そこからそっと覗くと、奴の後ろ姿と険しい表情をした新井君、そしてなぜか涼風さんがいた。


 ここからだと涼風さんの表情があまり見えないが、この光景の雰囲気は見たことがある。おそらく、「主人公」へのいじめがばれた「ライバル」を糾弾するシーンだろう。


 そんな、と思った時には屋上の扉をバンッと思い切り開けていた。大きな音に、三人が一斉に私の方を見る。いつもならすぐに「盗み聞きしてすみません」と言って逃げるのだが、今の私はそんなこと関係なかった。逃げたら後悔すると思ったからだ。


「そいつは……、凛は何もしていません! 確かに、性格悪いしきついこと言うけれど、でも、人をいじめるなんてことはしないんです! 私が昔『お姫様になりたい』って言った時『なれない』って返したのは王族とかじゃないから当然なれるわけないし、小学校の時だって、私の好きな男の子を否定したのは、女を見た目でしか判断していない最低な奴だったからだし、中学の時に付き合わされた買い物だって、結局私に似合うものをあげるために素直になれない凛が連れまわしただけだし!」


 凛の目が大きく見開かれる。私は無我夢中で続けた。


「凛は無暗に人を傷つけるような人間じゃない! だから凛を責めないでください!」


 何とか言い終わると、久しぶりにこんなに叫んだせいか、ぜーはーと荒く息をする。やがて、私の息が整ってくると、凛は驚いたようにつぶやいた。


「……妙子、私の名前覚えていたのね」

「こんなときに馬鹿にしているの」


 私の話を聞いたうえでの第一声がそれなのかと呆れると、凛は「だって私の名前めったに呼ばないじゃない」とむっとした。確かに、心の中では「奴」呼ばわりしていたけれど、表向きはちゃんと呼んでいたはずなのだが。


「それよりも、妙子? どう勘違いしたらそんなぶっとんだ発想になるのか知らないけれど、今は黙っていてくれる? ちょっと問題を片付けないといけないから」

「え? どういう……」


 意味が分からず凛を見るが、彼女は「いいから黙って」と言うだけでそれ以上は何も言わなかった。とりあえず私は黙っておくことにし、相変わらず険しい表情の新井君と不安そうな涼風さんを見る。凛は涼風さんを見つめると、にこっと笑みを浮かべた。


「涼風小夏さん。あなた、ここに呼ばれた意味、わかるかしら?」


 新井君が凛を呼び出したのではないの、と聞きたかったが、「黙って」と言われていたのを思い出し、その言葉を飲み込む。涼風さんは「わからない」といった様子で首を横に振った。凛は「そう」とつぶやくと、なぜか新井君の方をちらりと見てから涼風さんを見た。


「では、はっきり言うわね。私たちにつきまとうのをやめてくれないかしら。迷惑なの」


 バッサリと言った凛を見た涼風さんの表情が、すぐに強張ったのがわかった。しかし、私にはある疑問が浮かんでいた。新井君だけではなく凛にもつきまとっていたとはどういうことなのか、と。


 説明をこっそり聞けないかと思い、ちらりと新井君を見ると、厳しい表情をした新井君と目が合った。私も嫌な目で見られるのかと思ったら、なぜか彼は「大丈夫」とでも言うようににこっと微笑んだ。頭に疑問符が浮かぶものの、彼がすぐに人差し指を口に当て、「しー」というポーズをしたので、私は黙って事の成り行きを見守ることにした。


 凛たちの方を見ると、涼風さんが悲しげに否定しているところだった。


「そんな……。つきまとうつもりなんてないです。ただ私は、本当の意味でも凛さんと友人になりたくて……」

「気安く私の名前を呼ばないでくれる? 不快だわ」


 心底不愉快そうに顔を歪ませる凛に、「ひどい」と涼風さんの目も潤む。だが、凛は表情を変えず、冷たい声で言い返した。


「『ひどい』? ひどいのはどっちかしら。私知っているのよ、あなたが妙子にしたこと」

「何を言って……?」

「ここまで言ってもわからないの? ならば素の『俺』で話せばあんたも認める?」


 私の名前が出てきたことに驚くのも束の間、凛の声が一段と低くなったことにより、私も涼風さんと同様、「ひっ」と息を呑んだ。凛の「俺」発言も気になるが、こうなった凛が一番怖いことを私は知っているので、そんなことは頭の隅に追いやられた。


「俺、知っているんだよね。あんたが裏で妙子の悪い噂流していたこと。食堂で水こぼしたのもさ、あれ妙子にかけようとしていただろ。それどころか転入してきた透を利用して俺に近づこうとしていたのもわかっている。悪い噂程度なら見逃してやろうと思ったけど、妙子に害を及ぼすなら話は別だ」


 ぎろりと涼風さんを睨みつける凛。美人が睨むので迫力がすごい。睨まれていない私までもが睨まれているような気分になり、私の体も強張った。そのせいか、涼風さんが私の悪い噂を流していたことについても頭の隅に追いやられた。


 涼風さんはと言うと、凛に睨まれ泣きそうになっているが、それでも「やっていない」と首を横にぶんぶんと振っていた。だが、それもすぐに終わった。


「なら、証拠を全部ここでぶちまけようか。嬉々として噂を流しているあんたの声と、生徒たちのあんたが噂を流したという証言。すべて録音しているから」


 ボイスレコーダーが入っているだろう胸ポケットに手を伸ばそうとする凛を見て、涼風さんは「わかったから! 私が悪かったから」と叫んだ。その発言を聞いて凛はにやりと笑う。


「なら、これ以上俺たちに近づくな。当然妙子にも、だ。次妙子に嫌がらせしたら」


 凛が涼風さんの耳元で囁いた。私の位置からは何を言ったのかはわからなかったが、涼風さんの顔が真っ青になったのはわかった。


 そのまま私は凛に腕を引かれ、新井君も共に屋上を出る。だからそのあとの涼風さんの事は知らない。


「……どうして、なんで。凛に幼馴染なんていないはずなのに。透ルートからの派生で凛ルートに進めたはずなのに。透の好感度イベントも発生したし、凛との対立イベントもちゃんと発生させた。ゲームの通りなら、凛を退学させずに助けることができたのは私だけなのに。それなのになんで、凛ルートに入れなかったの……」


 彼女のつぶやきも絶望も、私たちには届かなかった。




「ということで一件落着! 良かったね、凛!」


 なぜか教室に戻らず、私たち三人は空き教室にいた。凛に連れてこられたからだ。そして着いて早々、新井君の笑顔でのテンション高めな発言に、私は驚く。


「新井君、凛の事嫌いじゃないの?」

「どうして?」

「だって、凛の事見る目が冷たかったし……」


 そう返した私に、「気づかれていたのか」と驚く新井君。すると、凛が説明してくれた。


「あれは演技。俺が指示したんだ。あの女に俺と透の仲が悪いと誤解されるようにするための。そうすれば透につきまとわなくなって、透を利用しようなんて思わないだろうと思ったから。まぁ、上手くはいかず、ずっとつきまとわれっぱなしだったけれど。なぜか隠していたのに、俺と透の関係も知っていたし。正直もうかかわりたくない」


 「あの女」とは涼風さんの事だろう。そんなに彼女の名前を呼ぶのが嫌らしい。凛は嘘をつくことがあまりないので、先ほど言っていた私への嫌がらせの件も事実だろう。傷ついていないと言ったら嘘になるが、私の気持ちはすっきりしていた。凛が私のために怒ってくれたからだろう。


「実際の俺たちは仲がいいから安心してくれ。透は従兄弟だし、昔からの付き合いだから。今回の件も協力してもらっていたんだ」

「従兄弟……。凛とは付き合い長いのに知らなかった」

「僕は別の地方に住んでいたし、こっちに来ることも少なかったから、知らなくてもおかしくはないよ。まぁ、僕は君のこと知っていたけれどね。凛の幼馴染についてはよく話を聞いていたから」


 若干、私の知らない凛を目の当たりにしてもやっとしたが、先ほどからお互いに名前で呼んでいることの理由がわかって納得した。


「それにしても、意外と驚いていないね、谷口さん。もっと驚くかと思ったのに」

「何が? 二人の関係が従兄弟だった件なら十分驚いているけど?」


 私が首を傾げると、なぜか凛があからさまにため息をついた。そのことにむっとしていると、新井君がにこにこしながら衝撃発言をした。


「またまたー。もう気づいているくせに。凛が『男』だってこと」

「……え? は? 『男』……?」


 私の脳がフリーズする。新井君は誰が「男」だって言ったんだっけ。えっと、確か凛が「男」だって……。


「え、えぇー!?」


 私が驚きで上げた声に対して、凛が冷静に「大きな声出すな」と注意する。私はハッと気づき、すぐさま謝った。


「……って、そうじゃなくてっ。凛って『男』なの?」

「そうだけど?」

「谷口さん、さっきのやり取り聞いていても気づいていなかったなんて、鈍いね……」


 呆れたように私を見る二人に、私は何も言い返せない。凛の「俺」発言の事などすっかり忘れていたからだ。


「だ、だいたい、なんで女のフリなんかっ」

「それは僕が説明するよ。凛はきっと言いにくいから」


 新井君が私に向かってにっこりと笑う。凛は新井君に任せるようで、話を聞く態勢をとった。


「まず、谷口さんは凛と会った時のこと覚えている?」

「……うん」


 思い出したくもない、あの公園での記憶。私は心の中で「お砂場毛虫落下事件」と呼んでいる。私の目を見て察したのか、新井君は「そんなにひどかったんだね」と憐れむようにつぶやいた。


「谷口さんは思い出したくもないかもしれないけれど、凛は谷口さんに毛虫を落としたよね。それで谷口さんは当然怖がった。でもすぐに怖がったことを反省して凛に謝った。そうだよね?」


 新井君の言葉に私は頷く。そして、新井君は次に爆弾を落とした。


「それでさ、必死に謝る谷口さんを見て、凛は惚れちゃったんだよね」

「は?」


 私の口がぽかんと開く。「だらしないぞ」と凛に指摘されるが、それどころではない。


 今、信じられない言葉が新井君の口から飛び出たような。


「驚くのも無理はないよね。凛はほんときついし意地悪だから。でも、事実だよ」


 嘘だぁと笑い飛ばしたかったが、凛を見ると「本当だ」と返してきたので事実だと認めざるを得なくなった。凛は性格が悪いが、嘘をついて馬鹿にすることはしない。いっそのことそういう性格だったらよかったのに。


「……それで、どうして、女のフリにつながるんですか」

「それはね、谷口さんが凛を女の子だと勘違いしちゃったからだよ」


 まさかの私が原因であるという発言に、昔の私の様子を思い出した。


 確かに、最初の頃は「凛ちゃん」と呼んでいた。おそらく、本気で女の子と勘違いしていたのだろう。昔の凛は髪が長めだったし、可愛らしい顔立ちをしていたから。


「それで、凛がとった対策が『女の子になりきる』ということ。君、『お姫様になりたい』とも言ったよね。『姫』にはなれないけれど、『姫みたい』になることはできるからと、凛はお姫様を目指したんだよ。そしたら、君に好かれると思ったからね。だから、漫画みたいな縦ロールヘアーだし、お嬢様言葉だし、お姫様みたいな綺麗な顔とスタイルを目指したんだよ」


 まさかの凛の涙ぐましい努力の話に、私は感動……というか、正直「なぜそこまで……」という気持ちでいっぱいになった。新井君も「初恋こじらせすぎだよね」と笑っている。


「もしかして、私と同じ高校を選んだのは……」

「俺が妙子を好きだから追いかけてきたに決まっている」

「……ちなみに体育を毎回さぼっていたのは……」

「実際はさぼっていない。男子の体育に出ていただけだ」

「……えっと、女子の制服を着ていたのも……」

「女になりきるのを徹底するためだな。ちなみに、スカートの丈はあの長さが一番スタイル良く見えるからだし、リボンをネクタイに変えたのも一応は男だからだ」

「あと、凛が男だってことは結構有名だよ。凛が口封じしていただけで。知らなかったのは谷口さんくらいだよ」


 新井君の言葉に、私はショックを隠し切れず、思わずうなだれた。どれだけ鈍感なんだ、自分。


「……本当はさ、できれば俺が男だってことは言いたくなかったんだ」


 ぽつりと話し始めた凛に、私は顔をあげて耳を傾ける。


「でも、さすがに体つきや声までは女だとごまかすのにきつくなってきたし、下手にばれて嫌われる方が怖かったんだ。だから、賭けに出た」

「賭け?」

「あぁ。今日、もし屋上まで妙子が追いかけてきたら、俺の正体をばらそうと思っていた。『追いかけてきた』ってことは、俺の事気にしてくれているんだってわかるから。まさか、あそこで俺をかばうような発言するとは思わなかったけど」


 静かに微笑む凛に、私はあそこで追いかけて正解だったと安堵した。もししなかったら、私は凛を傷つけ、一生後悔したと思うから。


「……まぁ、でも結果的にはよかったよね。二人ともお互い想いあっていて両思いだということがわかったし」

「え?」


 新井君の発言に私は聞き返すも、なぜか凛も頷いている。


「だって、さっきの発言はそういう意味だよね? 『凛はいじめていない!』って叫んでいたし、凛とのエピソードを熱く語っていたし」

「あ、あれは! 新井君が凛の事を嫌っていると思ったから、てっきり新井君が『涼風さんをいじめた!』って言って凛を責めるのかと思って必死で!」

「でも、あの発言って告白だと思うんだけど」

「けど、私は凛が『男』って知らなかったし! せいぜい友情で……!」


 懸命に否定するも、新井君はにやにやしている。凛はというと、なぜかとろけるような笑みでこちらを見つめていた。


「り、凛! ちがうからね、私は……」

「妙子」


 凛が私の両手を優しく包む。私は嫌な予感を察知し、体中から汗が噴き出るのがわかった。そして凛はバラ色に頬を染め、まるで天使のような顔を私に向けながら、言い放ったのだ。


「これから恋人としてよろしく、妙子」


 語尾に見えないハートマークがついていたのは気のせいだと思いたい。





 私が彼女……いや彼をゲームの通りにさせたくなかった理由は、主人公の涼風さんや攻略対象の新井君のためではない。全部自分のためだ。

 なんだかんだ私は彼が大切で、彼が精神を病んだり退学したりする姿を見たくなかったのだ。

 つまり、彼だけではなく、私も素直ではなかったということ。

 この話は、ゲームに似て、けれど実際に起こった、私たちの物語なのである。


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