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AMYサービスへの加入④

 テーマパークのアトラクションにも勝るスリルな体験をしてさらに二〇分後。俊平の運転する車は、目的地に到着してエンジンを停めた。

 そこは、刑務所を彷彿とさせる高い外壁と鉄条網に囲われた敷地。車内から眺めたときにも思ったが、その広大な敷地面積と、それに相応しい立派な西洋館には驚いた。AMYサービスとは、そんなに儲かっているのだろうか。中型の車を五台は並べられる車庫も、隣接する本館に比べれば犬小屋程度に見える。

 車から降りたあと、俺たちは琴乃を先頭に、芝生が敷き詰められた庭の草のない部分を歩いて西洋館に移動した。

 見上げるほど大きい両開きの扉が付いた玄関前に立つと、数段ばかりの階段をのぼって彼女は後ろを振り向いた。


「あたしは先に休ませてもらうから。ほんと、とんでもない目に遭ったわ。びしょびしょだし臨死体験はするし! 全部アンタのせいなんだからねッ!」

「わるかった。世話になったな」

「なにが『世話になったな』よ! これから世話になるんでしょ! ふんっ!」


 琴乃は俺の声真似をしたようだが、全然似ていなかった。

 俺への嫌悪感を和らげぬまま、彼女は扉を開いて建物内に消えていった。


「思ったんだが、あいつは普段からあんなに不機嫌なのか?」

「気まぐれではあるね。だけど、猫のようにすぐ愛想を尽かす性格でもないさ。あれでも、君のことは認めてるようだからね」

「あれで認めているのか……難儀な女だな。もっと素直になってほしいものだ」

「それも彼女の魅力さ。さて、それじゃあ僕も一旦休むよ。社長への挨拶は、天谷さん一人で充分だよね?」

「はい。唐沢くんは運転で疲れてるでしょうし、どうぞあとは私に任せてください」

「お言葉に甘えさせていただくよ」


 片手を挙げて応じると、俊平も玄関に消えていった。

 絵に描いたような豪邸の緑豊かな庭に、俺と鏡花だけが取り残される。周囲を観察してみると、草木ばかりでなく所々が花で彩られていた。物騒な事業を営んでいる割に、庭は対照的に華やかだ。


「見事な庭だな。専門の庭師を雇っているのか?」

「いいえ。庭に限らず、この家の管理は基本的に従業員である私たちが行っているんです。常に仕事がある職種ではないですから、手があいているときは邸宅の整備に従事してるんですよ」

「基本的、というと、一応は小間使いも雇っているのか」

「食事だけは専門の方を雇ってますね。私たちのなかに、料理をできる者がいないので」


 彼女は俺の質問に淡々と答えてくれる。ここで俺が料理は得意といえれば英雄扱いされるのかもしれないが、あいにくと料理をした経験はほとんどなかった。

 気品ある所作で階段をのぼり、鏡花は玄関の脇に立つ。何をするつもりかと見守っていると、彼女は両開きの扉の片側を開いて俺を手招いた。


「上倉くん、なかへどうぞ。社長のところに案内します」

「楽しみだな」


 首肯して、敵対していた組織の活動拠点に足を踏み入れた。


 ◇◇◇


 二階まで吹きぬけた高い天井。広間の奥の突き当たりでは階段が左右に伸びており、分岐地点の壁面に向日葵の絵画が飾られている。部屋の両脇には見るからに高そうな応接セットが鎮座して、手前の両端から長い廊下が奥まで続いていた。床は全面に紅い色の絨毯が敷き詰められている。

 まさしく想像通りの豪邸だ。圧巻するほど豪奢な内装に、思わず足を止めてしまう。

 背後にいる鏡花が、不思議そうな顔で横から覗いてきた。


「どうしたんですか? 遠慮せずにはいってください」

「いや、見たところ絨毯が敷かれているようだが、下駄箱はどこだ?」

「土足で構わないですよ。見てのとおりの洋風建築ですから、下駄箱はありません」

「そういうものなのか……しばらく慣れそうにないな」


 和洋どちらも家にあがるときは靴を脱ぐものだと思っていたので、どこか釈然としない気持ちのまま玄関からエントランスホールの中央に歩を進めた。

 注意深く、室内全体の構造や状態を見回す。空気に埃が混じっておらず、汚れはどこにも見当たらない。潔癖症じゃないが、仮にそうであっても満足できるほどに室内は完全無欠の清潔感に満ちていた。


「上倉くん、社長の執務室はこちらです」

「すまない。それにしても、広いわりには掃除が行き届いているな」

「ありがとうございます。ここの部屋、私が綺麗にしているんですよ。任務がないときしか掃除はできませんけどね」

「よほど仕事が少ないようだ」

「それでいいんです。平和な証拠ですから」


 純真な微笑みを浮かべて、鏡花は左手に続く廊下を進む。廊下に並ぶ縦長の窓からは、草木の生い茂る庭の様子がうかがえた。

 やがて突き当たりにある部屋の前で立ち止まり、鏡花が茶色の扉をノックした。


「はいっていいよー」


 間を置かずに返ってきたのは、男性にしては高めの声だ。

 声色はともかくとして、言葉遣いの軽さが妙だった。社長を紹介すると案内されたはずだが、扉の奥から聞こえたのはおよそ組織のトップが使う文句ではない。


「失礼します」


 鏡花は返ってきた声を気にした様子もなく、丁寧に執務室の扉を開いた。

 

 ◇◇◇


 執務室は至ってシンプルな造りだった。部屋の片端に本棚が並んでおり、奥にある壁面はガラス張りとなっていて、邸宅の裏庭を眺めることができる。

 裏庭を背景に配置された立派な執務机の前で、俺は鏡花に合わせて足を止めた。

 AMYサービスの社長と思しき男は、執務机の椅子にどっかりと腰を預けて待っていた。男は黒髪をオールバックにして固めており、整髪料のせいか、髪が艶々としている。身長は俊平と同じくらいに高く、年はそれなりであることが窺えたが、二〇代、三〇代にも見える若々しい雰囲気を放っていた。


「社長、こちらが、さっき電話で話した上倉くんです」

「ほう」


 社長が興味深そうに相槌を打った瞬間、室内の空気が急激に張り詰めた。

 初対面の俺を鋭く値踏みするように、足元から頭頂部までを射るような眼光で観察する。殺意にも似た剣呑な視線に警戒心を逆撫でされて、無意識のうちに左腰にある大刀の柄に手を伸ばしていた。

 何をするつもりなのか。

 訝っていると、社長は唐突に表情を緩くした。雰囲気を豹変させるなり彼は椅子から腰をあげ、朗らかに笑いながら俺に近寄ってきた。


「やぁやぁやぁ! 君が上倉慧くんか! 報告は聞いてるよ。私の会社に入りたいんだって? よし、それなら入社試験だ。当然だろう? ここは穴の空いた障子の介在しない西洋館。抜け道はなく、入居者は厳格なる審査で判断するのが鉄則だ。例外は認めない。よし、さっそく試験開始だ。ほら、君の眼をよーく見せて…………はい合格! おめでとう、これで君も晴れて我がAMYサービスの聖人君子の一員だ! 一振りにて百を断罪する正義の鉄槌を許されし平和の番人に任命しようじゃないか! それにしても助かるねー。こんな役目、凡人から突然変異して、さらに二段階ほどの進化を経た奇特者でもない限り自分から就きたいとは思わない。それもそうだ。わざわざ地獄の炎に焼かれなくたって、単純な肉体労働をこなせば人間は生きていける。いくら立派な家を建てられるだけの大金が手に入るからといっても、命を換金していると揶揄される我々への世間の評価は常に『変態』だ。悲しいね。というわけで、改めて。ようこそ、我が珍獣動物園へ。園長の天谷悠司あまやゆうじだ。君のような変わり者を私は待っていた」

「俺には園長が一番の変態に見える」

「ふむ。いい洞察力だ。さて、くだらない冗談はもう充分だろう。君の心を鷲掴みにできた自負がある。本題に移ろうと思うが、ここまでで質問は?」

「入社試験に合格というのも冗談か?」

「ああ、失敬失敬。前言を訂正しよう。君の入社を認めるというのは真実だ。いいかい、慧くん。人間は芝居を打てる狡猾な生き物だ。世間は虚偽に満ちて、あらゆる嘘を隠して回っている。面接? そんなもの、相手の求める人物を演じれば合格できる。筆記試験? そんなものは過去の問題から傾向を掴み暗記すれば容易だ。完璧に正当な評価なんてものは不可能、それが彼らの言い訳で、自分自身を納得させるための惹句だ。しかし私はそうは思わない。人には一箇所だけ、如何なる対策を講じても誤魔化せない部位がある。わかるかな、慧くん。それは瞳だ。瞳は己の経験によって常に変化する。後ろ暗い悪行を企めば濁り、誇らしい善行を重ねれば光沢を帯びる。鏡花の教えてくれた通り、君の瞳は非常に綺麗だ。徹頭徹尾正義を貫く英雄の輝きを帯びている」


 ……なるほど。どこか胡散臭さのある男だが、いっていることは正しいように思う。他人の本心を見抜く方法があるとすれば、それが最良にして最上の試験形式であるに違いない。

 問題は、そんな〝ありえない方法〟を妄信している彼の思考回路だ。瞳が所有者の心を雄弁に語るなど、何を根拠に豪語しているのやら。

 ただ、これで謎は解けた。

 鏡花が俺を信じたのは、俺の瞳を見たから、というわけだ。俺にとっては都合が良いので文句をつけるつもりはないが、よくもまぁ、そんな不確かな理由で敵の人物を信用できたものだ。

 隣の鏡花に目を眇めると、視線に気づいた彼女はにっこりと微笑んだ。無感動にその笑顔を受け取り、悠然と佇むAMYサービスの社長に焦点を戻した。


「気味の悪い台詞を吐くな。俺は正義なんて呼ばれるような奴じゃない。俺がいた組織について知ってるんだろ?」

「無論だ。国家から指名手配されている犯罪組織・フリーフロム。首領の藤沢智弘ふじさわともひろの指揮下で違法取引、強盗、殺人と、金と逃亡のためならば何でもやる凶悪な集団だ。構成員は推定三〇名前後と目されているけど、散り散りになって活動しているため、実際には五〇名かそれ以上はいると私は推測している。当然我々の同業者も目をつけているが、総じて拠点の特定さえ叶わず返り討ちになったようだね。我がAMYサービスが、初の白星をあげたわけだ。今夜は赤飯でも炊かせようかな?」

「他の連中はフリーフロムの戦力を見誤っていた。それが奴らの敗因だ。あの組織は資金と人材を秘匿することを護身術としている。お前は看破したみたいだがな」

「とはいえ逃がしてしまっては元も子もない。せっかくうちの精鋭を送り込んだのに、少々残念な結果ではあったね。ねぇ、鏡花」

「申し訳ありません、社長」


 綺麗な立ち姿から真摯に頭を下げる鏡花。

 悠司は彼女に寄ると、にこやかにその肩を二度叩いた。


「まぁまぁ、鏡花だけの責任じゃないからね。頼れる新しい仲間を得られたことだし、それで相殺としようじゃないか! 我々の作戦はこれで終わりじゃない。依頼を受けたからには必ず完遂する。それがAMYサービスの社訓だ。最終的に根絶できれば、万事丸く収まって過程の失敗は帳消しだ! がんばりたまえ、鏡花。みんなにも、私が期待していると伝えておいてね」

「はい。わかりました」


 事務的に鏡花は頷いた。

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