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罪の終わり①

 大刀と小刀を携え、四階を抜けて屋上までのぼった。

 階段の終点に遮蔽物はなく、屋上の床にそのまま繋がっていた。

 のぼっている最中に聞こえ始めたローターの回転音が鮮明となる。

 転落防止の欄干のない平坦な足場の中央に、中型のヘリコプターが鎮座していた。深緑色の厚い装甲に覆われる機体の後部座席に、藤沢智弘の姿を見つけた。

 ボスもまた俺に気づき、後部座席の扉をおもむろに開いた。

 開け放たれた機内から、大口径機関銃の銃口が覗く。

 咄嗟に背後の階段を滑り降りた。

 直後、銃声と呼ぶには派手すぎる火薬の炸裂音が周囲の地面と壁を抉る。

 破砕された床の欠片が傍らを転げ落ちていく。

 やがて乱射が収まると、ローターの回転音を凌ぐボスの大声が真夜中の空に広がった。


「慧ッ! てめぇは終わりだッ! フリーフロムを潰すつもりだったのかもしれねぇが、残念だったなッ! 死ぬのはてめぇだッ! このカスがッ!」


 なんといわれようと、ボスの話には興味がない。

 とにかく敵の様子を観察しようと階段から身を乗り出す。

 けれども顔を出した途端に銃撃が再開して、満足に覗くこともできずに身体を引っ込める。

 急な運動をしたことで、ナイフで刺された肩が悲鳴をあげた。

 どうにも、銃弾をかわして接近なんて真似はできそうになかった。仮に不意をつけたとしても、負傷したこの身体ではヘリに到達するまで命がもたないだろう。


「無駄だッ! 馬鹿なことをしたなァ! この私に逆らわなければ、お前は大事にしてやるつもりだったのに!」


 口の減らない男だ。人を身代わりにしておいて、よくもそんな台詞が吐けたものだ。

 憎たらしい口をすぐに封じてやりたかったが、

 もう、それが可能なだけの余力は残っていなかった。


 ――ここまでか。


 ようやく王手をかけたが、この身はもう限界を迎えている。

 トドメをさすことは、できそうにない。


「てめぇは殺すッ! けどなぁ、それだけじゃ終わらねぇッ! てめぇを匿った仲間も全員殺すッ! この私に逆らったこと、貴様ら全員に後悔させてやるからなァ!!」


 断続的に続く銃声の合間を縫ってボスが喚き声を散らす。

 苛立ちが込められた言葉とは裏腹に気分が良さそうだ。手が出せない俺を一方的に蹂躙する優越感に浸っているらしい。

 ふと、肌に感じていた風圧の質が変わった。

 銃撃を警戒しつつ窺うと、ヘリが浮上を始めていた。

 上空から接近されての掃射を危惧して、さらに深く段差の陰に隠れる。


「……また『仲間』か」


 ボスの言葉にあった単語を、自分の声で音にした。

 両手の刀を鞘に納めて、胸ポケットからイヤホンマイクを取り出して装着する。

 ヘリが数十メートル浮き上がったのを視認して、再び屋上に立った。

 ボスは俺たちの掃討が目的だったのではなく、このまま逃げるつもりのようだ。

 遠ざかっていく敵を眺めながら、通信回線を繋いだ相手に語りかけた。


「見えているか?」

《ああ。よく見えているよ》

「頼まれてくれるか?」

《答えるまでもないさ。他でもない友人の頼みならね》

「ならば――」


 夜空と一体化した機影が空にのぼっていく。

 地上に残された俺には、逃げていく敵を無力に仰ぐことしかできない。

 雲の流れが停滞した静寂の空に、異質な風切り音が溶けていく。

 果てのない暗闇に助けを請うように、音は瞬きのない星空の彼方を目指す。


「――やってくれ」

《了解》


 しかし、

 闇に手を伸ばした逃亡者の願いは、

 突如として地表から雲間を貫いた、一筋の流れ星によって拒絶された。

 眼下の森から暗雲を裂いた橙色の閃光。比類なき燦然とした輝きが、ボスの搭乗したヘリを貫通した。

 フリーフロムの本拠地に響いていた風切り音はなくなり、暗闇に溶けかけた機影は傾き落ちていく。

 イヤホンマイクを付けた耳の奥から、澄まし声が脳に届いた。


《第三六宝典魔術、カーネリアン・エッジ。カーネリアンの石言葉は勇気。君の夢を叶えるに相応しい流星といったところかな?》

「その流れ星は、願わずとも願いを形にしてくれるのか?」

《なにいってるんだい上倉。君の願いを勝手に叶えるような無粋な真似はしないさ》


 ヘリを撃墜した俊平の発言に、白煙をあげて夜空から落ちてくる物体に目を凝らした。

 制御の利かなくなったヘリは、屋上のふちに激突する角度で落下した。

 壁面のコンクリートを低速回転となったローターが抉る直前、後部座席から丸々とした人影が転がり落ちた。

 建物の側面を破砕しながら機体は高度を落としていく。

 次々とローターが断裂して、羽根を失った機体に遅れて落ちていく。

 やがて地上に激突する衝突音が聞こえると、爆発音とともに落下地点から紅い火炎と黒煙が噴き出した。

 寸前で屋上の片隅に着地した人影が、立ちのぼる赤色の熱に照らされ明らかとなった。


《君の帰りを待ってるよ》


 一方的に告げられて、イヤホンからは何も聞こえなくなった。

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