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夜襲、待ち人を望む④

 二棟並ぶ高層建造物。千奈美とボスが逃げ込んだのは、奥にあるヘリが鎮座する建物だ。

 けれども直線で移動するには、鏡花と琴乃が敵総力と衝突している戦場を横切る必要がある。それはあまりにも無謀だ。可能な限り危険を避けるため、外側から迂回することにした。

 手前の建物を壁沿いに進み、奥の建物を結ぶ幅広の連絡通路の下まで到達した。頭上を見上げたが、高所に敵は潜んでいないようだ。

 物陰から飛び出て、奥の建物を目指す。

 頭上に敵がいないから安全というわけでもなく、眼前を数発の閃光が通過した。

 飛んできた方角を見ると、宿舎に隠れている敵の一部が俺を捕捉していた。

 だが動く的に当てるのは困難であるはずだ。

 琴乃の守護も伴っているいま、恐れる必要などない。飛来する弾丸に構わず駆け続ける。


「くっ――!」


 青紫の光がはじけて、雷鳴が耳元で炸裂した。

 運が悪いと愚痴をこぼしたくなる本心を抑え、一つに減った衛星とともに奥の建物に到達する。

 ガラスのない窓枠から、建物内に身体を投げ入れた。


「――なんだ、ここは」


 着地して、内部の構造を目の当たりにして、思わず声が漏れた。

 広大な面積を誇る建物だが、内部は視界を遮るものは一切なく、点々と柱が立っているだけだ。部屋がまったく区切られておらず、この一階全体が巨大な広間になっている。

 すでに破棄されている廃墟をフリーフロムが根城にしたのだろうが、いったい元は何を目的とした施設だったのだろうか。

 じっくりと見物したい欲が芽生えたが、いまは優先すべきことがあった。

 ボスがヘリを動かそうとしているのなら、最上階に向かったのは確実だ。

 視線を左に移動させると、暗順応した瞳が上階に続く階段を発見した。

 足音を殺すこともせず駆け寄り階段の前に立ち、この先に千奈美がいるのだと確信して一段目に足をかけ、

 その足を引き戻した。

 斜め上に見える二階への入口は、灰色の厚い氷で塞がれていた。


《慧ッ! そっちに二人ほど行ったわッ! なんとかしなさいッ!》

「簡単にいってくれるな」


 想定外の事態への対処を練らなければならないのに、腰を据えて考える暇もくれないらしい。

 数秒と置かず宿舎の方角から銃弾が飛来して、慌てて階段を盾にした。

 明かりの差さない暗闇でなぜこうも簡単に見つかったのか疑問だったが、周囲を浮遊する輝石を見下ろして合点がいった。


「魔術も便利なばかりじゃないなっ!」


 階段横の窓枠から外に飛び出た。せっかく命を一つ犠牲にして渡った道を、今度は逆側から折り返していく。

 広場では様々な色の光が入り乱れていた。戦況は不明瞭だが、助言する余裕があるくらいだから問題ないだろう。

 彼女たちが奮闘してくれたおかげで、今度は被弾せず手前の建物に戻ることができた。

 後方から追っ手の銃撃を受けたが、幸い命中はしていない。

 窓枠から内部に入り、壁際で息を潜める。

 手前の建物についても、一階が丸ごと一部屋となっていた。

 建物の外側から、乱暴に土を踏み散らす足音が近づいてくる。

 発光で存在を勘付かれないよう輝石を手で押さえると、便利なことに輝石は動きを止めてすっぽりと手のひらに収まってくれた。

 右手の大刀を握り直す。

 俺が入ってきた窓から、一人目の追っ手が飛び込んできた。

 敵は窓枠に足をかけ、離れた位置にまで跳躍して着地した。

 銃口と視線が、俺を捜して右往左往する。

 遅れて二人目の追っ手が侵入してきた。こちらは窓枠を跨ぎ、冷静に。

 瞬間、あとから入ってきた敵の脇腹を大刀で突き貫く。

 悲鳴をあげられるより早く引き抜き、左足の甲で敵の顎を蹴り上げる。

 敵は窓枠から外に転げ落ちた。

 絶命の間際、彼の装備していたライフルが無意味に天井を乱射した。

 当然異変に気づいた一人目の敵が振り返り、素早くライフルで俺の姿を捉える。

 危機を即座に察知して応戦態勢を整えるまでの反応速度は中々だが、


「それでも遅い」


 右足を踏み込み、鮮血を振り撒きながら刀を大振りで外側から振り抜く。

 刀の先端がライフルの銃身を叩き、衝撃に敵の手元からライフルがこぼれた。

 唖然とする敵を意に介さず、姿勢を落として返す刀で懐を一閃。

 敵は言葉にならない呻き声を吐いて、膝から崩れ、倒れ伏した。

 追っ手を片付けて、改めて辺りを観察する。

 上階に続く階段は、すぐ右後ろにあった。階段の正面に移動して見上げると、まだ入口は塞がれていなかった。

 足音を立てないよう細心の注意を払いつつ、闇に続く階段をのぼっていった。


 ◇◇◇


 二階を素通りして、折り返していた階段を三階までのぼりきった。

 二階も三階も、一階と同様に広間に支柱がいくつかあるだけの不思議な造りだった。

 建物の内側を壁沿いを歩く。室内には窓枠から漏れる僅かな月明かりと、琴乃のくれた御守り以外に光源はない。ここからでは銃声や魔術の奏でる音色も、遠くの世界の出来事のように小さく感じられた。

 やがて、壁が途切れた。

 それは崩落しているわけではなく、構造上の必然だった。

 途切れる手前の角に身体を密着させ、慎重に奥の様子を窺う。

 二つの建物を繋ぐ連絡通路があった。間近で見ると外から見上げたときの印象よりも広く、向かい側まで距離がある。

 通路の両脇にある支柱は、交差しながら奥まで続いていた。柱の外側は全面ガラス張りだったのだろうが、いまは外部を遮る壁はなく、外気が隙間を吹き抜けている。柱の合間からは微かな月光も差し込み、通路は闇から守られていた。

 だが、その微弱な光では、通路の反対側を支配する闇までは打ち消せない。

 視線の奥に待ち受ける深淵が、俺を引きずり込もうと手招いている。

 階段を塞がれた以上、ここを通るより他に道はない。

 たとえ何が潜んでいようとも、選択肢なんて用意されていないのだ。

 ここを渡らなければ、何年も続けてきた戦いは終わらない。

 これが最後の障害だ。ここを越えなければならない。

 意を決して闇の陰から歩み出て、微かに照らされる連絡通路に身体をさらけ出す。

 途端、青紫の御守りが轟音を伴い、はじけて消滅した。

 不意を突かれたが、なにが起きたのかは把握できた。

 〝彼女〟は俺と違って、狙撃が得意だったから。

 耳に装着していたイヤホンマイクをはずして、口元に近づけた。


「目標を発見した」


 短く告げて、返答には耳を貸さずに胸ポケットにしまう。

 果てのない暗黒の奥から、殺気と足音が奏でられる。

 小刀の柄を握り、刃を鞘から引き抜いた。それを順手から逆手に持ち替えて、両腕を垂らして目標の出現を待つ。

 覚悟はとっくに固めたはずだったが、できれば永遠に現れてほしくなかった。

 それが、俺の心の弱い部分が抱える偽りのない本音だ。

 こんなことをせずとも、もっと平和に、もっと簡単に解決できればよかったのに。

 そんな甘さが許されないことは、充分に理解している。

 この運命を超えなければ願望を果たせないのだと、はっきりとわかっている。


 ――あと、少しだ。


 行く手を覆う暗黒から、一人の少女が現れた。

 身軽な服装に、ショルダーホルスターとナイフが一本。外見は見慣れた姿だが、振り撒く雰囲気に、つい数日前までは向けられるはずのなかった憎悪と殺気をはらんでいる。

 俺のよく知る少女が月明かりに身体の半分を照らし、右手に銃を構えていた。

 少女の無感動な瞳が、通路の反対側に佇む俺を見つめていた。


「待ってたよ、慧」


 低く、憎しみに染まった千奈美の声が、脳に染み込んでいった。

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