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井戸の底

 雷鳴の轟く音に意識が叩き起こされた。硬いベッドから起き上がり、窓から空を見上げる。

 暗い空に半月が浮かんでいた。星は瞬いていないけれど、雷が鳴るような天候でもない。

 宿舎が騒々しい空気に苛まれていた。

 所々から荒々しい音が聞こえきた。何が起きているかわからず混乱に陥っているらしい。

 窓の外で稲光が三度連続で煌く。

 雷は空から降ってきたわけじゃない。アジトの入口辺りで発生して、敷地内に伸びてきた。

 ありえない位置から轟く異質な青紫色の雷光。

 先日AMYサービスの邸宅を襲撃した際、同じ光を見た。

 どうやら、フリーフロムは先手を打たれたようだ。

 意識は覚醒していた。眠気は、その概念を身体が忘れてしまったかのように消滅していた。

 鮮明になった思考と視覚をもって、〝彼〟の姿を視界から探す。


「あいつ……!」


 雷女の後方に、元アジトで彼にべったりとくっついていた女が立っていた。

 片手には薙刀。もう片方の手では宝典を操っていて、まさにこれから魔術を発動しようとしているところだ。

 ただ、今日は近くに彼の姿がなかった。どこかの木陰に身を潜めているのかもしれない。


 ――もしかして、慧は襲撃に参加してない……?


 そう思った直後、樹木の影が生む夜より深い闇の片隅に、傍観するように佇む人物を見つけた。

 距離があるため肉眼では明瞭に見えず、ここからでは人物の輪郭を知ることで精一杯だ。

 けれど、私にはわかった。

 彼だから私にはわかった。

 彼以外なら、きっとわからなかったと思う。

 部屋の扉が開かれた。宿舎を支配する喧騒が大きくなった。

 宝典魔術師の傭兵二人を引き連れて、不機嫌と憤怒を折衷した顔のボスが照明のついた廊下に立っていた。

 微かな青紫の光が差し込む窓際に立つ私を、ボスは表情を変えぬまま見据える。


「千奈美ちゃん、敵が攻めてきたんだよ。やられたりはしないと思うけど、万が一に備えて私はヘリで待機してようと思う。千奈美ちゃんには護衛をお願いしたいんだけど、いいかな?」

「そのふたりじゃ足りないの?」

「彼らには敵の宝典魔術師の殲滅を頼むんだよ。圧倒的戦力による援護射撃付きだから、敵が数人程度なら一瞬で片付いちゃうかもしれないけどね」


 銃撃を受けながら異能力者と戦うなんて、勝敗は考えるまでもない。

 異能力者も所詮は人間なのだから、銃弾が当たるだけで簡単に死に至る。

 こちらの戦力は過剰だ。そこには、事態を主導するつもりが逆に奇襲をかけられたボスの怒りが表れている。徹底的にAMYサービスを潰したくて仕方ないらしい。

 ボスの問いに、私はどうすべきかを考えた。

 考えて、相手の顔を見ないまま返答した。


「いいよ。敵が来たら私が食い止める」

「助かるなぁ! それじゃあ、準備できたら屋上に来てね」


 私の了承を聴いて、ボスたちは視界から消えた。

 任務の準備に取り掛かる。

 寝間着のタンクトップのまま、ショルダーホルスターを装着した。少し寒いけど、このほうが身軽で戦いやすい。

 机からリボルバーを取ってホルスターに差して、転がっている数十発の薬莢を作業ズボンのポケットに詰めた。

 仕上げにナイフのホルダーをベルトに括りつけ、自室から喧噪に包まれている廊下に出た。

 彼が自分の所属していた組織を潰そうとしているなら、ボスの逃亡を見逃したりはしない。

 ボスのいるところに、彼は必ずやってくる。

 私はボスを追ってきた彼と対峙して、

 その場で今度こそ殺す。

 もう私は、生きることに固執しない。

 ボスが死んで、組織が滅んで、周りに誰もいなくなったとしても、私には関係ないことだ。

 だって私は、どんな結末を迎えようともここで死ぬから。

 彼を殺して自分で死ぬか。彼に殺されて死ぬか。もしくは、彼の仲間に殺されるか。

 いずれも大差はない。

 私に選択を許された運命は、等しく今日で終わっている。

 どうせ死を約束されているのなら、選ぶべき答えは決まっていた。

 彼を一緒に連れていく。私にこんな人生をもたらした元凶である彼を。

 そして思い知らせてやるんだ。私を裏切り、弄んだ罪の重さを。

 絶対に後悔させてやる。

 絶対に謝らせてやる。

 私の心を壊した責任を、絶対に取らせてやる。

 明かりのない部屋に振り返り、小さな窓から喧噪が包む戦闘地帯を眺めた。

 武器を未だ手にせず、一歩引いて戦況を観察している憎き男の存在を、瞳の奥に焼きつけた。


「これで終わりにしよう、上倉慧」


 私が一番大好きで、一番大嫌いな男。

 その名前を口にするのも、今日で最後だ。

 彼との決戦が目前に迫っている。

 もう、ふたりで過ごした日々の思い出は、蘇ってこなかった。

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