夜襲、待ち人を望む②
道路が硬いコンクリートからやわらかな土に変わった。
幾筋も轍が走る荒地を、上下に揺れながら地図にない道路を進む。
途中にあった坂道をくだり、目的地に続く曲がり角の手前で俊平はエンジンを止めた。次いでフロントのライトを消灯する。
「僕の役目はひとまず終わりだ。みんなの帰りを待っているよ」
「逃げてきた奴の相手はしなさいよッ!」
「ああ。行き場を失った子羊に行く先を与えるのもまた、僕の使命さ」
奇妙な台詞を吐いて俊平は瞼を閉じた。満足そうに、口元が薄っすらと笑っている。
「あたしの前で意味不明なこといわないでくれる? さ、こんな奴ほっといて、さっさと仕事を終わらせるわよっ!」
琴乃が助手席のドアを開けた。俺と鏡花も、手近なドアを開けて暗闇に降り立つ。
ドアを閉めて車の後方にまわり、トランクを開く。
長さの異なる二本の直刀と、二メートル程度もある布袋が紐で固定されていた。
刀を手に取って腰に差す。鏡花も布袋を手にして、納められている得物を取り出した。
彼女の装備した薙刀の刃が、光の差さない空間で冷たく煌く。邸宅で掃除を担当しているだけあって、武器の整備は怠っていないようだ。
準備を整えた俺たちは闇に身を潜め、敵陣の入口に接近した。
◇◇◇
本拠地の手前まで、気づかれた様子もなく無事に辿り着いた。
網目の粗いフェンスで造られた門扉は閉ざされている。
敷地内の三箇所で明かりが動いていた。
小型電灯を持った哨兵のようだ。広大な敷地をカバーするために、広範囲に分散している。
光量も強く、敷地外まで白い光が及んでいる。
おかげで、前回は見えなかった敵本拠地の全貌を、はっきりと視認することができた。
二棟並んだ高層建造物は手前が三階建て、奥が四階建てだ。面積はそれぞれが俺の以前住んでいたアジトと同程度。
俊平の読み通り、四階まである建物の屋上に巨大な漆黒のヘリコプターが鎮座していた。
二棟の間隔は目測で三〇メートルはあり、その二棟を、建物の三階部分で連絡通路が繋いでいる。
奥の高層建造物の隣には、二階建ての簡素なアパートのような建物があった。
おそらく宿舎だ。等間隔で区切られたいくつかの部屋から、微かな室内灯の光が漏れている。
「行くわよ鏡花。馬鹿な悪党を、あたしたちの力で後悔させてやりましょう」
「はい。お願いします、吉永さん」
車輪の轍からはずれた樹林。自然の生んだ暗闇に溶けていた琴乃が、闇から出て施設の入口に悠然と歩いていく。
鏡花もまた、彼女のうしろを似たような足取りで続いた。
「ふたりとも、よろしく頼んだ」
《見てなさい。敵に恐怖を植えつけてやるわ》
《派手なのをお願いしますね》
《もちろんよッ。全員を釘付けにしてやるんだからっ!》
俺も樹林の闇から抜けて、彼女たちの後方に立った。
肉声は届かないが、耳元からは鮮明にふたりの声が聞こえている。
先頭の琴乃は、照明を向けられたら敵から発見される位置にいる。
幸い、哨兵たちは誰も入口を注視していない。
感知されることなく、琴乃は閉ざされた網目状の門扉に手を向けた。
《第四宝典魔術――》
詠唱を始める。魔力の風が渦巻いて、琴乃の服と結った長髪が踊りだす。
高貴なる者にのみ許された魔術。邸宅が襲撃された際と同じように青紫の眷属が次々と生まれ、雷を操り琴乃を守護する衛星となった。
煌々とした光球の出現に、哨兵たちはようやく琴乃に小型電灯の明かりを向けた。
電灯はライフルに固定されていた。
三方向から白光と銃口を集めた彼女だが、動じることなく高揚する声音で詠唱を紡ぐ。
《――ノーブル・タンザナイト・ガーディアンッ!》
詠唱を完走して、魔術名が叫ばれた。
瞬間、暗闇で銃口が一斉に火花を散らす。
フェンスの網目を抜けて飛来する銃弾を、琴乃の魔術は悉く撃ち落とした。
落雷にも似た轟音が響き、幾筋もの稲光が瞬く。
聴覚と視覚に警鐘を鳴らされれば、大抵の者は恐怖して足が竦むものだ。
例に漏れず、哨兵たちは雷光の発生とともに怯んだ。
銃声の雨が止む。
《とっておきよッ!》
琴乃は敵の隙を許さず、彼女らしく朗々と宣言する。
盾の陣形に展開していた衛星が、次々と閉ざされた門扉に等間隔で接着していく。
瞬く間に全ての輝石が門に取り付き、石は内側から一層眩く発光する。
仕上げに琴乃の手のひらが門扉の中央を捉え、拳が握られた。
《吹き飛びなさいッ!!!》
命じると同時、大気を揺るがす音とともに、輝石が鮮烈な稲光を四方に炸裂させた。
太陽の直視にも勝る眩さに、反射的に瞼が閉じる。
目を開いたとき、輝石はすべて琴乃の周りに戻っていた。
門扉があった周辺のフェンスが無惨に焦げている。
そこにあったはずの入口部分に至っては、跡形もなく消滅していた。
なぜか上を向いている琴乃の視線を追い、俺も暗い夜空を仰ぐ。
探していたものは、そこにあった。
外敵の侵入を阻んでいた門扉が、青紫の雷光を帯電して闇夜高くまで吹き飛んでいた。




