夜襲、待ち人を望む①
車内のデジタル時計が示す時刻は、あと五分で深夜一時に達しようとしている。
車は現在、都市部を抜けて幹線道路を北上中だ。時間が時間であるためか交通量は少なく、両脇の景色を常闇が支配している。
運転席に俊平、助手席に琴乃、後部座席には俺と鏡花。
この構図は、初めて四人で乗ったときと同じだった。
「あと十五分もすれば到着する。今回の作戦について、最終確認しておくぞ」
座席から背中を起こして、エンジン音にかき消されない声を意識する。
「到着後、鏡花と琴乃は敵陣の正面入口から侵入する。深夜だが、奴らも見張りを立てないほど馬鹿じゃない。すぐに発見されて、襲撃者の実力を知った途端に総出で迎撃に当たるはずだ。ふたりはそこで怯まず、とにかく多くの敵を引きつける。敵がふたりに夢中になっている間に、俺は千奈美を見つけだして一対一の状況に持ち込む」
「あの女――九条って奴を説得するにはアンタがやらなきゃ駄目なんでしょうけど、勝算あるわけ? あいつ、宝典魔術師なのよ?」
「そうだな。だが俺も無策で行動するほど愚かじゃない」
「無能力者のアンタが魔術師を相手に勝ち目あるってわけ? ふぅん。雑魚を片付けたら、お手並みを拝見させてもらおうかしら?」
「好きにしろ。奴らもそう簡単には倒されてはくれないだろうがな」
愉快そうに「どうかしらね?」なんて余裕を浮かべ、琴乃は窓の外に顔を向けた。
車は幹線道路から脇道に移り、電灯の無い暗黒を進んでいく。
「作戦の件ですが、先日のように敵の一部が逃げる可能性はないでしょうか?」
「ほぼ確実に逃走ルートは用意してあると考えて間違いない。襲撃前にルートを潰しておきたいが、施設の全貌がわからんので難しいだろうが」
「前と同じように、地下道を用意している可能性はありませんか?」
「充分にあり得るな。だが、こちらには完全な包囲網を敷けるだけの人員はない。当たりをつけるか、あるいは逃げる間もなく電光石火で殲滅するしかなさそうだ」
もっとも、奴らが即座に逃げるとは思っていない。対抗する準備は整えているだろうし、そう簡単に本拠地を捨てる決断はできないだろう。
ただし、優劣が明瞭になれば確実に逃走を図るとは思う。
少なくとも、ボスは自分だけでも助かろうとするはずだ。
奴に逃げられても作戦は失敗だ。なんとしても逃亡を許すわけにはいかない。
「違うね。注意すべきは空さ」
フロントガラスに広がる闇を見つめながら、俊平は俺と鏡花の予測を否定した。
いっている意味がわからないのか、鏡花は首を傾げた。
「唐沢くん、どういうことでしょう? フリーフロムの人たちは空を飛べるってこと??」
「その点は天谷さんのほうが詳しいだろう? 僕は実際に見てないけど、彼らはおととい、空からやってきたらしいじゃないか」
俊平に指摘されて、最も有力な逃走ルートを見落としていたことに気がついた。
〝あんな物〟を所有しているのなら、使わない手はない。破棄したくもないだろう。
偵察した限りでも、着陸できるだけの充分な敷地面積はあった。偵察時には実物を確認できなかったが、敷地内のどこかで保管しているに違いない。
「あっ、そういえばそうでした。敵はヘリコプターを持っていましたね」
「偵察の際にヘリポートと思しき場所は見当たらなかった。あるとすれば……二棟の高層建造物のどちらかの屋上が怪しいか」
「その二棟の高さが異なるなら、たぶん高いほうが有力だろう。上方に障害物があっては、離着陸の邪魔となるからね」
「だったらあたしが速攻で屋上を押さえてもいいわよ? なんなら機体もバラしとく?」
「それだと残る鏡花の負担が増える。隙も作りやすくなって危険だ」
「私なら大丈夫です。と、いいたいのですが、不安はありますね」
「まぁ、相手の総数は推定五十人だものね。敵の戦術しだいでは対処しきれない状況に陥るかもしれない。でも、じゃあどうすればいいのよ?」
目的地は間近に迫っている。到着までに打開策を示さなければならなかったが、抜け目のない方策は簡単には浮かんでくれなかった。
俺が屋上を制圧できれば最適なのかもしれないが、それでは千奈美の相手をしている暇がなくなる。
屋上にうまく千奈美を誘いこめれば、ヘリの破壊と説得を同時に成せるかもしれないが……。
「こういうのはどうだろう?」
手詰まりを意味していた沈黙を破り、俊平はある提案をした。
彼の示した対策は、まさに意外な内容だった。琴乃と鏡花も、その方法は思いつかなかったようだ。
しかし話を聴き終えると、ふたりは納得した様子で頷いた。
個人的には一抹の不安が残っていたが、ふたりが認めたのなら、それは杞憂だろう。
「それでいこう」
夜襲作戦の内容は固まった。
あとは計画通りに事が運ぶよう祈り、尽力するのみだ。




