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交わる運命④

 あのとき、豪雨の打ちつけるアジトの屋上で、乱暴な雨に打たれながら俺は敵が来るのを待っていた。そこへ同じように髪と服を濡らした鏡花がやってきて、AMYサービスに寝返りたいと伝えたんだ。

 そのときに口にした言葉。

 AMYサービスに加入するために、自然と選んでいた単語。


 『仲間』


 他の言い方もあったのだろうが、俺は彼女にそう伝えた。

 そんな言葉が喉の奥から湧き上がってきたのは、偶然というわけではないだろう。自然の事象に偶然はあれども、人間の心に偶然はない。

 納得した。

 そんな言葉が出てしまったのは、心の奥底に願望が眠っていたからだ。

 損得勘定による相手を利用して利用されるだけの間柄ではなく、相手のためを想い行動し合えるような、俺にとっては空想だった本物の〝仲間〟が欲しかったんだ。

 俺はいま、どんな顔をしているだろう。

 鏡花はあいかわらず楽しそうにしているが、たぶん俺は、誰にも見せたことのない表情をしている気がする。


「私は、上倉くんの頼みを承諾しました。あの日から私たちは仲間になったんです。利益のためじゃなくて、その人のために力になってあげられる関係に。だから、私は上倉くんを手伝いたいんです。大切な仲間ですから。いまさら辞めるなんて許しませんよ」

「だが……お前は力を貸してくれるというが、俺はお前に何もしてやれない」

「そんなことありません。私は、上倉くんのような人がいると知っただけで嬉しかったんです。どれだけ強大な障害があろうとも、どれだけの時間がかかろうとも、守りたいものを守ることを曲げない不屈の信念。命の存続すら顧みず、すべてを誰かに、なにかに捧げられる人。私は、そんな存在に憧れていたんです。憧れて、でも、そんなふうになるのは無理だと思いました」


 握られる手に力が込められる。

 彼女から目を逸らすことができなかった。


「そんなとき、上倉くんが現れたんです。上倉くんは私が諦めた理想を、本気で形にしようとしていました。それで気づくことができたんです。不可能なんて、困難から逃げるための口実だと。願うのではなく行動すれば、叶えられないことはない。私はそれを証明したいんです。上倉くんの選んだ道の終点を見れば、私はまた理想を目指せます。信じた道を、いつまでも歩み続けられる気がするんです」


 熱っぽい口調ではなく、捲し立てるわけでもなく、一つ一つの言葉を大事にするように彼女は紡ぐ。

 あらかじめ決めておいた台詞ではなく、感情を偽った虚言にも聞こえない。あらゆる言葉が、彼女の本心から生まれているのだ。そう信じることができた。

 彼女の澄み切った色の瞳が、そう教えてくれた。


「だから、私をつれていってくれませんか?」


 強く握っていた手の力を抜いて、彼女はもう一度たしかめた。

 心は未経験の熱さに焼かれていた。その熱の理由は、ここで彼女と話す前の俺にはわからなかっただろう。

 なんとも恥ずかしい話だ。利用するだのと俯瞰的な態度で息巻いていたくせに、自分ですら気づいていなかった本心を、彼女にだけは初めから見破られていたのだから。

 ずっと望んでいた存在が目の前にいる。

 断る理由なんて、あるはずもない。


「――アンタたち馬鹿なの? ふたりだけでいこうとするなんて」


 鏡花に答えようとしたとき、門扉のほうから別の声に割り込まれた。

 声の主は腕を組み、鋭い眼差しを向けていた。


「敵が何人いると思ってんのよ。無謀だわ。死にたいなら勝手だけど、だったら最初からここに入ってなんか欲しくなかったわね。迷惑なのよ、同僚に死なれると」

「ちょっといいか琴乃」

「なによ。百割アンタが悪いくせに文句あるわけ?」

「いや、とりあえず俺の計画をどうやって嗅ぎつけたか知りたいんだが」


 琴乃は問いに声では答えず、代わりに鏡花に顔を向けた。

 鏡花は胸ポケットからイヤホンマイクを取り出して、悪戯っぽく短く舌を出す。

 彼女の手にした機器は、通話状態を示す緑色のランプが点灯していた。

 思いがけない事態に呆然とした。

 琴乃は俺を眺めて得意気に笑う。

 普段なら腹を立てているかもしれないが、それどころではなかった。


「全部聞かれていたわけか……厄介なことをしてくれたな。で、お前は俺にいくなというんだな? だが俺も引くつもりはない。止めるなら――」

「戦わないわよ。アンタが本当に強いなら興味あるけど、まだ信用してないから」

「まだ信用してくれてなかったのか。心外だな……」

「違うわよっ! アンタの実力をって意味よ!」

「ありがとう。信じてもらえるのは嬉しい」

「は、はあ? っていうか、そんなのどうだっていいのよ! あたしがいいたいのは、アンタたちだけだと無謀だから、つまり……ああもうっ! 察しなさいよッ!」


 そんな無茶苦茶な。

 だが、琴乃には恩がある。突き放すのは良くない。

 彼女の意図するところを考えてみる。隣の鏡花も唇に人差し指をあてながら首を傾げていた。


「――『アンタたちだけじゃ無理だから、最強であるあたしが手伝ってあげるわよ!』と、僕にはそういってるように聞こえたよ」


 さらに別の人物が割り込んできた。

 目をやると、尋ねる前から彼は耳元で点灯している電子機器を指で示していた。


「お前もグルか。だがそんなわけないだろ。手伝ってくれるなら最初からそう伝えるはずだ」

「ちょっと慧」

「なんだ。お前も言い返してやれ。誤解されてるぞ?」

「うん、もういいわ。俊平の話、その、だいたい合ってるから」

「ああ、そうか……」


 察しが悪かったために、少々気まずい感じになってしまった。

 いずれにしても、何人にも会話を盗み聞きされていたらしい。

 犯人の鏡花に目を向けると、彼女は悪だくみに成功した子供のような顔でイヤホンマイクの通話状態を解除して、そっと胸ポケットの内側に戻した。

 どうコメントすべきか迷った末、ため息をつくしかなかった。


「ともかく、妙な真似をしてくれたな。なんだ? つまり全員ついてくるというわけか」

「私たちは仲間ですから」

「死なれちゃ困るから、しょうがなくついていってあげるのよ!」

「運転手がいたほうが便利だろう? 我が友の夢まで、僕が責任を持って送り届けてよう。もちろん、渡す乗車券は往復切符さ」


 琴乃も俊平も、鏡花と俺の会話を終始聴いていたらしい。

 ふたりが初めから鏡花と一緒に待機していなかったのは、鏡花から聞いた話が真実か確かめたかったからだろう。

 そして俺は鏡花の読みどおり、単身で敵地に赴こうとした。


「お前には逆らえないな」


 隠し切れない本心をこぼして、視界に並んだ三人の同僚を順番に眺めた。

 全員が嘘のない澄んだ綺麗な瞳をしていた。それぞれに秘められる輝きに、無類の安心感と頼もしさを感じてしまう。

 こんなにも温かい感情を向けられるのは初めてだった。

 それゆえに、その優しさを断る方法を知らないから。……そんな言い訳が胸中に浮かぶ。

 認めてしまった真意を偽ることは、もうできそうになかった。


「――やれやれ。みんな揃って反抗期とは、困ったものだね」


 邸宅の照明が届いていない庭の暗闇から、またも別の人物が現れた。

 言葉とは裏腹に、AMYサービスの社長は唇を三日月型にしていた。


「うちは手を引くよう命じられたんだよ? 慧くんだけなら彼をクビにすれば丸く収まるけど、君たち全員に勝手なことをされたら困るじゃないか」

「嫌ならあたしたちみんなクビにすれば?」

「そんなことしたらそれこそおしまいだ。この豪邸のローンが払えなくなってしまうよ。年老いたおじさんに過酷な労働を強いるつもりかい?」

「え、この家ローンが残ってんの!?」

「あと二十年くらいはね。ははっ! 琴乃くん、いくらこの仕事でも、我々の家を一括で払えるほどは稼げないよ。私の希望としては、君たちにはあと二十年、ローン完済までは力を貸してもらいたいね」


 軽口を叩いて、悠司は俺の姿を捉えた。

 目が合うと、悠司は右手に握っていた小物を放り投げた。放物線を描き、正確なコントロールで俺の胸に飛び込む。

 受け取って手のひらに目を落とす。

 悠司が渡したのは、自室に置いてきたはずの俺のイヤホンマイクだった。


「まぁ、そういうわけだ。君たちを辞めさせるわけにはいかないし、辞めてもらいたくもないからね。好きにするといい。責任は私が取ろう。それもまた、社長であり父親でもある私の務めだ」

「やはり、お前が一番の変態だな」

「そうとも。親は子より優れてなければ親足り得ない。君たちみたいな奇特な変わり者を統率するには、私が頂点に君臨せねば駄目だ。光栄だよ慧くん。君は私を認めてくれるんだろう?」


 手のひらのイヤホンマイクを握り、そっと胸ポケットにしまった。

 この男には、口喧嘩では勝てそうにない。

 無視でも充分とも思ったが、今日は返事をしてやった。


「本当に、変わった男だ」

「ありがとう。右に出るものはない最高の賛辞だ」


 世の中では貶すために使われる言葉に、悠司は満足そうに笑った。


「俊平くん、車のキーは持ったかな?」

「二号車を使用させてもらう。キーはここさ」


 俊平は人差し指にキーホルダーの輪を引っ掛け、くるくると鍵をまわした。


「琴乃くん、しっかり疲れは取れているかい?」

「全身がうずうずしてるわ。あたしが全員ぶっ飛ばしてやるんだからっ!」


 静かな夜空に響き渡る勇ましい声で、琴乃は万全であることを主張した。


「鏡花。慧くんがピンチになったら守ってあげるんだよ」

「はい。それが私の願いですから」


 俺の顔を窺って、鏡花はにっこりと幸せそうに笑む。


「慧くん。必ず帰ってくるんだよ。ここが君の家だ」


 悠司は最後に俺を見据え、そういった。

 千奈美と戦うことになれば、無事でいられるか保証はない。

 だから悠司のかけた言葉には、安易な気持ちで頷くわけにはいかなかった。

 千奈美を助ければAMYサービスに用はない。

 事が終わったら脱退して、世界のどこかで千奈美と平穏に暮らしていく。

 そう。

 当初は、そういう計画だった。


 ――いまは、違う。


 この場所で暮らしていきたい。

 この仲間たちと、いつまでも一緒にいたい。

 騙しようのない強い欲求が芽生えていた。この感情を欺きたくはない。

 だから、約束しよう。

 千奈美と交わした約束とは違う、自分自身に誓う二つ目の約束。

 この誓約がこの運命を願う未来に導いてくれると、そう信じて。


「もちろんだ。帰ってこよう」


 それは、悠司にだけ答えたわけじゃない。

 俊平、琴乃、鏡花に対しても、その約束を果たすと誓ってみせた。

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