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AMYサービスへの加入②

「じゃああそこに残ってたアンタの仲間は、隠し通路から全員逃げちゃったわけ?」

「〝元〟だ」

「そんなのどうだっていいわよ。アンタ、そいつらを無事に逃がすために、あたしたちの注意を惹きつけたんでしょ? やっぱ完全に敵じゃないっ!」


 豪語していただけあって、車内は揺れが少なく快適だった。不満があるとすれば、いつまでも疑いを解かない琴乃の存在だけだ。

 だが、彼女が嫌疑するのは正常な反応なのだ。俺が逆の立場でも、唐突に寝返った敵の言葉など容易く信じたりはしない。


「奴らは逃がしたほうが都合が良かった。俺にとっても、琴乃たちにとってもな。近いうちに、きっとそれがわかるはずだ」

「だぁかぁらッ! 気安く呼び捨てで呼ぶなっていってんでしょッ!」


 助手席の琴乃が髪を拭いていたタオルを握りしめ、後部座席の俺に怒声を浴びせる。彼女の甲高い声は、荒れたアスファルトを走る車の中で煩わしく響く。


「私が質問したとき、上倉くんは正直に他の方々が逃げたと教えてくれました。私は、上倉くんは最初から敵じゃなかったと思います」

「鏡花を釣ろうとしてたのよ、こいつはッ! ちゃんと仔細を教えてくれた? してないでしょ? ちょっと役に立つ情報をチラつかせて、油断した隙に襲うつもりだったに決まってるわッ!」

「でも、実際に襲われたりしませんでしたよ?」

「結果論よッ!」


 得意気に言い放った琴乃が、したり顔で俺に嘲笑を見せた。話している内容が滅茶苦茶すぎて指摘する気にもならないが、とにかく俺を信用していないようだ。

 否定しても興奮が増すばかりなので、これ以上は触れるべきではない。彼女の気分が落ち着くまで、意見を挟むのは自重しよう。


「俊平、この車はどこに向かってるんだ? 随分と険しい道を走っているようだが」

「僕たちの組織・AMYサービスの活動拠点さ。急峻な山道を通っているのは、単に近道だからだね。別に好んで走ってるわけじゃない。上倉のいたアジトの周辺だって、ここと遜色ないくらい荒れてただろう? それなのに揺れが気になるかい?」

「いや、そうじゃない。ただ、気になることがあってな」

「気になる?」

「俺を置いて逃げていった連中も、山のほうに向かったようだ」

「伏兵が潜んでいるかもしれないと?」

「奴らなら、ほぼ確実に奇襲を企てるだろう。噛みつかれたままで放っておけるほど寛容な連中じゃない」


 窓の右側には絶壁、左側には深く茂った樹林が広がる。申し訳程度のガードレールに沿って造られた山道を、俊平の運転する車は進んでいく。重力に反して走行しているが、この車の排気量は高く、坂道をのぼってもエンジンが悲鳴をあげることはない。まるでまだまだ余裕があると、運転手にそう主張しているようだ。

 安全な速度で穏やかに、車は繰り返し折り返す坂道をのぼっていく。

 何度目かの曲がり角に、道路の脇で停車している車があった。車は一台。車体の色は黒色で、木陰に隠れるかのように息を潜めていた。


「すまん、余計なことをいった」

「初めから決まっていたことさ。上倉が口にせずとも、どうせこうなっていた」


 停車している車両を追い越そうと反対車線にはみ出した瞬間、黒い車両のエンジンが吹いた。木陰から飛び出した車は車線に復帰して、速度をあげて俺たちのあとをついてくる。

 助手席の琴乃が身を乗り出して、リアガラス越しに目視で状況を確認する。


「あれがアンタのお仲間ってわけ? 待ち伏せだなんて、虫唾が走るくらいの卑怯者ねッ! まさかアンタ、あたしたちがここを通るって教えたんじゃないわよねッ!?」

「目的地を知らん俺に、どうやってルート予測をしろというんだ。それとも、発信機を使って位置情報を知らせているとでも思うか? 疑うなら好きなだけ調べるといい。ほら」


 飽きずに疑念の眼差しを向ける彼女に、両手を挙げて抵抗の意思がないことを示す。

 どういうわけか、琴乃は憤然としている表情をさらに赤くした。


「ば、ばっかじゃないのッ! それがアンタの目的ってわけッ!? あたしに身体を触らせるためにわざと疑われるような真似をしてたのねッ! 信じらんないッ! この害虫以下の変態男ッ!」

「敵に追われていながらもその緊張感のなさ、さすがは俺のいたアジトを易々と制圧した連中の一人だ。肝が据わっている。だが油断はしないほうがいい。あいつらは――」


 不意に隣にいた鏡花に頭を押し込められ、言葉を中断した。


「伏せてください。ライフルです」


 直後、戦場の音色ともいうべき火薬の弾ける音と弾丸の衝突音が連打する。

 警戒して姿勢を低くしたが、飛来した弾がガラスや装甲を貫通することはなかった。

 車体が左右に大きく揺れる。運転手の横顔を眺めてみたが、特に焦りは浮かべていなかった。


「幸い、特殊な弾丸ではないようだね。通常弾相手なら、この車の装甲はそう簡単には抜けないさ。修理代を抑えるために、極力当てないでほしいけど」

「あいつらは血の気が多い。ご希望には沿ってくれないだろうな」


 助手席に座る琴乃が、片方の眉を吊り上げて敵車両を睨んだ。


「命拾いしたわね。アンタより先に死にたい奴らが現れたわ。いいわ、あたしが吹っ飛ばしてあげる」

「待て琴乃。ここは俺にやらせてくれ」

「はぁ!? アンタがあいつらをおとなしくさせてくれるってわけ?」

「そうでもしないと、琴乃の信用を得られないみたいだからな。とはいっても、俺は飛び道具を持っていない。銃を貸してくれないか? 防弾仕様と物騒なこの車のことだ。反撃用の武器だって積んであるんだろ?」

「銃って、敵か味方かわからないアンタにそんな危険なもの貸すわけないでしょッ!」


 信用しないと主張するだけして、いざ証拠を見せようとすれば拒絶する。これは困った。いっている内容は正論な気がしないでもないが、ならばどうすれば信用してくれるのか。思わず眉間に皺を寄せてしまう。

 俺と琴乃の会話を横目に、鏡花が後部座席中央部の下に手を入れる。彼女が座席を下から持ち上げると、一部分が背もたれに密着する形で折り畳まれた。座席に隠れていた床には取っ手がついており、それを引っ張ると縦長の収納スペースが露になった。


「どうぞ」

「きょ、鏡花ッ! ちょっとなにしてんのよッ!」

「大丈夫ですよ。上倉くんは私たちを撃ったりしません」


 俺は二挺あったライフルの片方の銃杷を握り、そばにあった弾倉を取り付けた。レバーを引いて弾丸を装填して、窓ガラスの開閉スイッチを止まるまで押し続ける。荒々しい風が車内に入りこんできた。


「よく見ておけ」


 風圧を押し退けて窓から上半身をさらす。

 敵車両のフロントガラスに狙いを定めて、引き金にかけた指を引く。

 連射する音に鼓膜と銃身が震えた。射出された弾丸は無数の牙となり、追尾する黒色の車に飛びかかる――はずだったが、弾は一発として当たらない。連射された弾丸は例外なく、敵車両の両端で無意味に火花を散らした。

 構え直して銃撃を再開する。装填された弾丸を撃ち尽くすまで、標的に当たらずとも諦めずに攻撃を繰り返す。

 間もなく、装着した弾倉の弾を使い果たして、ライフルがカチッカチッと虚しい音を立てた。


「鏡花、予備弾倉をくれるか」

「はい」

「――待て上倉。もう充分だろう。窓を閉めてくれ」


 銃から取り外した空の弾倉を交換しようとしたが、俊平に指示されて身体を車内に戻した。


「なんでこの距離で当たんないのよッ! アンタ下手すぎでしょッ!」

「見ての通り、俺は近接専門だ。銃を扱ったことは過去に一度だけ。その際の戦果はゼロで、以来銃には触っていない。今日が久しぶりだったが、やはり難しいな」

「だったら最初から銃を貸せなんていわずに、あたしに任せとけば良かったじゃないッ!」

「だが、これで俺が敵ではないとわかってくれたんじゃないか?」

「う、」


 敵から反撃が返ってきた。可能な限りかわすため、車内が激しく揺れる。

 油断していたのか、琴乃が助手席の窓に側頭部をぶつけた。銃声には及ばないが、鈍く痛々しい衝撃音が車内に反響した。


「あだッ! いったぁ~ッ!」

「大丈夫か? 結構な音が聞こえたが」

「うぅ~……」


 両手を患部に当てて琴乃が呻く。

 またも何発か弾丸が飛来して、防弾ガラスと厚い装甲に弾かれる音がこだました。


「うう~~わかったわよッ! アンタが敵じゃないって認めてあげるわ。ただしっ! これは一時的なものだからねっ! アンタを完全に信用したわけじゃないんだから!」

「ありがとう、琴乃」

「っ――! お、お礼をいわれるようなことなんて何もしてないわッ! ふんっ!」


 気に障る発言をしたつもりはなかったが、不機嫌そうな口調でいって琴乃は俺から視線を逸らした。

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