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交わる運命②

 宣言を曲げずに、今日一日は自室で過ごした。

 いつの間にか窓からさ差していた光は赤く染まり、暗くなった。

 電話連絡を許可していたが、結局誰からもかかってこなかった。

 引き篭もってばかりいるのも不健康かと思い、なんとなく邸宅の外に出た。

 目的もなく玄関を出て建物の側面にまわり、裏庭へとやってきた。そこならば誰もいないと思ったからだ。

 ところが裏庭には男が一人、邸宅の壁に背を預けて佇んでいた。

 彼の手元には、まだ火をつけたばかりの煙草が指に挟まれている。

 発見したとき、男はすでにこちらに気づいていて、俺のほうを見据えていた。


「慧くんか」


 名前を呼ばれ、黙って彼に近寄った。


「どうだい? ここでの生活には慣れたかな?」

「温かい飯に、柔らかい布団。こんな場所で暮らせる日が来るとは、一週間前の俺にいっても信じないだろうな」

「そうか。しかしね、それは別段恵まれたことじゃない。我々人間の営みにおいて、受けて当然の在り方だ」


 ここが恵まれているのではなく、これまでが恵まれていなかった。俺は当たり前すらも許されない生活を強いられてきたのだと、悠司はそう語った。


「AMYサービスの雰囲気にも驚いたな。組織というのは司令塔たるトップがいて、絶対的な力で部下たちを統率すべきだと、そう思っていた。だが、ここでは社長はただの飾りだ。指令を出すばかりじゃなく、異論も飲んでくれる。部下と上司が、良好な協力関係を築いている」

「それが私の理想とする関係だからね。間違ってると思うかな?」


 他人の意見を受け入れる行為は混乱の原因となる。組織を管理する者は、確固たる意志のもとに組織を支配しなければならない。

 フリーフロムはボスである藤沢智弘によって統制されており、その方向性はともかくとして、やり方は正しいのではないかと思っていた。


「わからん。だが、こんな組織があってもいいとは思う。藤沢も社長のような考えを持っていればな。その場合、そもそもフリーフロムなんて組織は誕生せず、俺は今頃どこかで平穏に暮らしていたかもしれんが」

「それは素敵な世界だね。しかしそうなっていたら、私と君が出会うこともなかった。気を悪くさせるつもりはないけど、私は君の歩んできた道に感謝したいね」


 冗談なのか本気なのか、飄々とした態度からは、あいかわらず発言の真意が判然としない。

 くわえていた煙草を口元から離して、悠司はゆっくりと息を吐き出した。

 白く曇った煙が、星の瞬きの見えない夜空に溶けていく。


「慧くん。君は〝彼女〟をどうしたい?」

「……今朝は惚けていたのか。鏡花からか?」

「鏡花からは聞いてないよ。単なる私の勘だ」

「つくづく恐ろしい親子だな。人の隠し事を看破したうえで、それを悟られぬよう完璧に偽装するとは」

「慧くんにとっては厄介かもしれないけど、親にとっては嬉しいものだよ。子供が自分に似るっていうのはね。それで、君は九条千奈美を助けたいのかい?」


 直接的な言い方に変えてきたが、それに付き合うつもりはない。


「口にしたところでどうする。詮なきことだ」

「本人には、君がどんな気持ちでいるのか伝えたのかな?」

「まだ伝えるわけにはいかない。しかるべきタイミングで伝えると、そう決めている」

「ふむ。そういうわけか。君たちが目に見えない絆で繋がっているのなら、それでも心配ないのかもしれないね」


 何をいいたいのかと訝しげに凝視する。

 悠司は俺の視線をよそに、鷹揚とした手つきで短くなった煙草をうまそうに吸った。


「けどね、慧くん。私も君も、彼女だって、心で通じる前に眼で見る人間だ。盲目ならば話は別だけど、見えている以上、無視はできない。裏でどう思っているかは別として、表面上では君と彼女は敵同士だ。君の心が彼女の心に届いていればいいが、どうしたって人間は〝見えるもの〟を優先してしまう。もし、君の心がもう届かないのだとしたら、君は彼女をどうする?」


 それを心配されるのは、これで二回目だ。

 そろって他人のことを神妙に憂慮するなど、お節介な親子だ。


「――ああ、やっぱりいいよ、答えなくて。君のしたいようにすればいい。ここで私と共有してしまったら、変な意地が生まれてしまうからね。そんな濁った決断じゃあ、誤った判断を下しかねない」


 悠司は煙草の火を消すと、おもむろに歩き出した。

 俺の横を言葉もなく通り過ぎる。

 視線で背中を追った。

 数歩進んで、悠司は振り返った。

 彼は冗談の混じらない真剣な面持ちで、ジッと俺の双眸を見つめた。


「不幸な結末にならないよう、私も祈っているよ」


 去り際の台詞に、本当にお節介な奴らだと思わず笑みが漏れてしまった。


「その祈りが、叶えばいいんだがな」


 自嘲するように、彼に聞こえない声で呟いた。

 流れ星の見えない夜空に、一途な願いが放たれた。

 俺の願いに鏡花の願いが重なり、悠司の願いも重なった。

 それぞれが描くのは同じ憧憬。現実の風景とするために。長年の願望を成就させるために、また一歩前進する。

 叶えたいのなら、待っているだけでは駄目だ。

 千奈美との約束。いつの間にか他の誰かが応援してくれるようになった彼女との誓いを果たすため、俺は、最後になるかもしれない戦いの準備に取り掛かる。

 フリーフロムはもう、AMYサービスの敵じゃない。

 それでも奴らと戦うならば、この組織を抜ける他に道はなかった。

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