交わる運命①
朝を迎え食卓に入ると、とりわけ関わりの深い面々が一堂に会していた。朝食の時間には遭遇したことのない悠司まで、角の席に座っていた。
「朝から社長がいるのは初めてだな」
「ん? そうだったかな? まぁ、私は朝早くから忙殺されてるからね。実は日が昇る前からいつも真面目に働いてるんだよ? こうして一日の始まりに共にご飯を食べられるのはとても貴重だ。したければ記念撮影をしてくれてもいい。肖像権がどうとかいったりしないから遠慮なく撮ってくれたまえ」
「よくも朝から舌がまわるな。周りが辟易している理由がわかってきた」
疲れはそれなりに取れていたが、道化を演じる悠司の相手をしてやるほど陽気な気分ではなかった。
「アンタも慣れてきたみたいね。社長の馬鹿な話には付き合わないほうが賢明よ。終わりが見えないんだもの」
「斜に構えるけど、琴乃くんは私の相手を一番してくれるから嬉しいね」
「相槌を打ってるだけよ。あれが一番って、アンタどんだけ無視されてんのよ」
「君の対応に嬉し涙を流すくらいだね。君の優しさにはいつも助けられているよ。おもに私の精神が」
「案外メンタル弱いのよね、社長って」
琴乃がフォークで青々としたサラダを頬張った。
俺もフィッシュフライをいくつか自分の皿に移しつつ、改めて悠司を見た。
「つまり今日は仕事がなくて暇というわけか」
「まぁね。いやぁ困ったものだよ。思わぬタイミングで手があいてしまった。他にやることもないから、今日はのんびり英気を養う予定でいるよ」
「それでも敵の襲撃には備えておくんだろ?」
「そうだね。いつ、どこの勢力が襲ってくるかわからない。警備はいつも通りに機能させておこう」
どこか退屈そうに答えて、悠司はコーヒーを啜った。
今日に限って仕事がないとは意外だった。迎え撃つ姿勢で応対するとはいえ、昨日の爆破事件の報告書作成など、いくらでも仕事はありそうなものだが。
そういえば、フリーフロムが来襲した際の立ち回りをまだ聞いていなかった。各個撃破でも問題ないのかもしれないが、千奈美を誰が相手するのか、それだけは伝えておくべきかもしれない。
「ところで、フリーフロムが攻めてきたら俺たちはどう対処するんだ?」
俺がAMYサービスに寝返った理由を鏡花以外は知らない。
妙な詮索をされては困る。他意がないように何気なく、フィッシュフライを齧りながら問いかける。
咀嚼しながら悠司のほうを眺めていると、別の人物から奇異な視線を感じ取った。
目をやれば、メイド服の鏡花が困ったように眉を八の字にしていた。
どうしてそのような顔を向けるのか。
もしかすると、俺の意図を悠司に報告済みなのか。
恐らくそうなのだろう。特に口止めもしなかったのだから、そう考えるほうが自然だ。
少しの沈黙のあと、悠司は質問に答えた。
「実はね、さっき鏡花たちには伝えたんだけど、我々が対処しなくても良くなったんだ」
けれども、彼はまったく予期しなかった言葉を返した。
「……どういうことだ? まさか、例の本拠地から消えたのか?」
「そうじゃないよ。ただね、フリーフロムを始末する仕事が、我々の手を離れてしまったんだよ」
「意味がわからん。そんな話、いつ出てきた?」
「昨晩の遅い時間に、依頼主から連絡が入ったんだ。頼んでる任務を取り下げたいとね」
「警察が? なぜだ。この組織の戦力では心許ないと思われたのか?」
「違うよ。慧くん、私が昨日した話を覚えているかな? 都市部で爆破事件が起きたときにした話だ」
あまりに突然すぎる事態の転換に、焦らずにはいられない。
思考も随分と乱れていたが、ぼんやりと昨日の悠司の声が脳内に蘇ってきた。
「この世の摂理がどうとか、というやつか?」
「そう。潜伏先が割れてる状態で、彼らは行き過ぎた犯行に手を出した。それが我々の仕事がなくなった原因だ」
悠司はそれだけいって口を閉ざした。
それだけで説明がつくと思っているのか。
そんなものはヒントにすらならず、依然として理解が追いつかない。
どんな要因が働けば、爆破事件とAMYサービスへの依頼取り下げが結び付くのか。
困惑を察してくれたのか、悠司は補足するように再び口を開いた。
「つまりだね、フリーフロムはより確実に排除すべき危険分子に昇格したんだよ。慧くん、STEという組織は知ってるかな?」
「知らぬはずがない。かつて最も警戒していた組織だ」
「ああ、そうだろうね。STEとは、全世界で乱立している民間治安維持組織の中でも圧倒的と付くほどの頂点に君臨する組織だ。SaveTheEarthの頭文字を取ってSTE。なんとも直球ではあるが、その名に恥じぬ力をかの組織は有している」
「なるほど……つまりSTEが、俺たちの獲物を横取りをしようとしてるわけか」
「正確には依頼主が心変わりしたんだけど、我々からすればその表現が適切だね」
「だが、敵の戦力が結集されているかは不明だ。どこが担当するのであれ、それが明らかにならなければ壊滅は不可能だろ」
「ところがSTEは一刻も早く戦力を削るべきだと進言したようで、警察はそれを承認したらしい。我々が掴んだ情報も半ば脅しに誓い形で全部持っていかれてしまった。まったく感心を覚える働き者たちだよ。この国が再生する日もそう遠くないのかもしれないね。
ちなみに、STEは明朝に奇襲を予定してるそうだ」
「降伏した構成員は捕えるのか?」
「抵抗しなければね。私には、君の元仲間たちが潔く降伏するとは思えないけど」
「……そうだな」
末端組織であるAMYサービスにさえ捻り潰せるだけの戦力がある。
頂点ともなれば、フリーフロムを潰すというのは、飛んでいる蝿を落とすくらい容易だろう。
決行は明日の朝らしい。
千奈美を救い出すだけの猶予など介在しない。千奈美にしても、最強の組織を相手に生き残れるとは思えない。
八年前に立てた計画。いくつもの痛みに耐えて、その成就は目前に迫っていた。
しかし、このままでは水の泡となってしまう。
「あとはSTEに任せるつもりか?」
「しっかり報酬もくれるそうだからね。反対する理由はないよ。そんなに戦いたいなら好きにさせておけばいいって」
AMYサービスは依頼主の指示を黙って受け入れるつもりらしい。
それは都合が悪いどころか、必ず拒絶しなければならない展開だった。
フリーフロムと戦えないのなら、この組織にいても意味がない。
俺が急に沈黙したので気になったのか、悠司も食事の手を止めた。
「それとも、慧くんは自分の手で自分のいた組織を潰したいのかな?」
その質問には、どう答えるべきか。
少なくとも、俺の目的は知らないようだ。
知っていれば、そんな疑問は抱かないだろう。
決まってしまったことは覆しようがない。首を縦に振っても横に振っても同じだ。悠司にどう返事をしたところで、確定してしまった結果は変わらない。
「あの組織が消えるなら、なんでもいい。誰かが潰してくれるのなら楽でいいな」
誰の目とも視線を合わせないまま、フィッシュフライを口に運んで繰り返し咀嚼した。
舌から伝わる料理の味が甘いのか辛いのか、うまいのかまずいのかさえもわからなかった。
「ふむ、そうか。まぁ嫌だといわれてもどうにもならないんだけどね」
返答が想像と違っていたのか、悠司は合点のいかない顔をした。
「というわけで、我々の仕事は終わりだ。各自、次の任務までは自由に過ごしてくれたまえ。申請してくれれば遠出の許可も検討しよう」
その場にいる全員にそう伝えて、悠司は食卓を出て行った。
休暇の件を告げた際には、悠司はいつもの気の抜けた顔をしていた。
俺も席を立ち、出口のほうに向いた。
振り返らずとも、食卓にいる全員が俺の背中に注目していることがわかった。
「そういうことなら、俺は一日部屋でゆっくりさせてもらう。用があれば、電話にでも連絡を入れてくれ」
誰の顔も見ないまま告げて、都合が悪い状況から逃げるように食卓をあとにした。




