表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/42

灰色の流星②

 テロップによると、すでに多数の死傷者が出ているようだった。


「どこのどいつか知らないけど、派手にやってくれたわね。ていうか、ここって昨日慧たちが張ってた店じゃない! あいつら、あたしたちに一本取られたからって関係ない一般人に八つ当たりしたってわけ!?」

「無益な暴挙を起こすほど愚かじゃないと思っていたが、このタイミングでこの場所だ。奴らの犯行であると考えるのが自然ではあるが……」

「現状、犯人は不明のようですね。メディアが報道しているのですから、そろそろ犯行声明が出てもおかしくはないと思いますが」

「愉快犯なら黙っているほうが賢いさ。今頃、どこか人目につかない所で、アルコールでも呷りながら満足そうにニュースを見ているんじゃないかな」


 個々の意見を聞いても、どうにも腑に落ちなかった。

 フリーフロムは報酬しだいでは大量殺人すら厭わない集団だが、目的もなしに大事件を起こしたりはしない。これが奴らの犯行だとすれば、必ず何か意図していることがあって、そのために、あるいはその手段として、無関係の一般市民を巻き込んだと思われる。

 目的として有力なのは、いうまでもなく自分たちを狙うAMYサービスの排除だ。

 今回の事件と奴らの目的の因果関係について思考を巡らせていると、ジッとモニターを眺めていた悠司が振り返った。

 事態を把握した彼は、憐れむような、あるいは悲しむような瞳をしていた。


「やってしまったね。犯人が誰であれ、犯行グループがどこであれ、もう終わりだ。これはやりすぎだ。そう日を置かずして、強大な力で捻り潰されるだろう。それがこの世界の摂理だ。境界を越えた者たちは、総じて世界から除外される」


 元来、この世界には脅威となりうる存在や自然現象が溢れている。それらを一挙に解消することは不可能で、より危険なものから対処するしかない。

 今回のような大事件を起こせば、脅威の序列は変動する。上位に躍り出れば秩序の番人の目に留まり、混沌を忌避する名目で即刻排除されるだろう。悠司がいっているのは、たぶんそういうことだ。

 鏡花が、思い出したように悠司の胸ポケットを見た。


「社長、さっきの電話、もしかしてこの事件に関係することではないでしょうか?」

「む。確かにそうかもしれない。至急確認しよう」


 胸ポケットから携帯電話を取り出した悠司は、端末を片手で操作して怪訝そうに眉根を寄せた。

 指を寸秒だけ止めていたが、すぐに操作を再開すると、彼は電話を耳に押し当てた。

 指示されたわけではないが、会議室を沈黙が包む。

 悠司の耳元から、単調な呼び出し音が漏れ聞こえていた。

 四回コールして、回線は繋がった。

 相手が電話に出たらしく、何かを喋っているようだが、ぼそぼそとしか聞こえない。

 相手が喋り始めても、悠司は口を結んでいた。捲し立てるように話しかけられているようだが、彼は一貫して黙したままだ。

 悠司は手近な椅子に腰かけて電話を置くと、喚き続ける電話のスピーカー切替ボタンを押した。


《聞こえてんだろッ! いい加減返事しろよッ!》


 途端にボリュームが跳ね上がり、苛立ちを隠そうともしない乱暴な声が響いた。言葉遣いから男性の声と思われるが、ボイスチェンジャーを使用しているようで性別は判然としない。

 悠司は俺たちに目配りして、口元を緩めてみせた。


「ああ、すまないすまない。電話をかけた際に手が離せない用事が割り込んでね。いましがた片付けたところだ。それじゃ、お名前を教えてもらっていいかな?」

《ふざけんな! わかってんだろ? 昨日はよくもやってくれたな》

「ああ、フリーフロムの人か。何度も電話を無視してすまなかったね。会議の最中だったんだ。喜びたまえ。君たちを滅ぼすための会議だ」

《滅ぶのはてめぇらだ。テレビを観てねぇのか?》

「爆破事件のことかい? なるほど。これは君たちの仕業か。それとも君の仕業かな? いずれにしろ馬鹿なことをしたね。それで、要求は何かな? 我々を脅すつもりなのだろう?」


 声の調子を微塵も乱さず、悠司は自らの推測を実行犯に伝える。

 やや間があってから、機械によって変調した声が再開した。


《さすがはAMYサービスの長だ。俺たちは目的のためならば手段を選ばない。これ以上の被害を抑えたいのなら、指示に従ってもらおうか》

「ふむ。それで、いくら用意すればいい? それとも身の安全を保障してほしいのかな? しかし申し訳ないが後者は無理だよ。我々は小さな組織だ。強大な力から君たちを守ってやることはできない」

《勝手に話を進めるな。そちらに上倉慧という男がいるはずだ。そいつを二日前にお前たちが潰した俺たちのアジトに連れて来い》


 意外なところで名前を呼ばれた。

 電話口に何かいってやろうと思ったが、悠司に手で制され、上げかけた腰をおろした。


「それだけでいいのかい? 彼を連れてけば、無関係な一般人を狙わないでくれると?」

《約束しよう。他の者が同行してもいいが、建物に入っていいのは上倉慧だけだ。それ以外の者が入れば、街に仕掛けた残りの爆弾を作動させる》

「承知した。要求どおり彼を差し出そう。無数の市民と一人の新入社員。天秤にかけるまでもなく、どちらが重いかは明白だ。煮るなり焼くなり好きにするといい。到着予定時間だけど、一時間後の十一時を希望したい。ここからは結構な距離があるからね」

《それでいい。ただし、遅れるようならこちらも相応の行動を示す。くれぐれも、誠実に行動することだ》


 終始尊大な態度の話し声が途切れて、部屋から音が消えた。

 悠司は机から電話を拾いあげ、胸ポケットにしまった。


「やれやれ、『約束』とは未熟だね。それにしても、君の命は随分と重いようだね、慧くん」

「囮にされ捨てられた身だが、奴らの俺に対する評価は存外高いようだ。市民を人質に誘き寄せるなど、正気とは思えん」

「実に犯罪者らしい発想じゃないか。彼らはとうに狂気に汚染されている。それに、我々からすれば安い要求だ。そうだろう?」

「俺一人で解決するのなら、まったくそのとおりだ」


 これも自らが撒いた種だと諦めて、犯人の要求に従うために席を立った。

 すると、俊平も涼しい顔を浮かべて腰をあげた。


「同行者の有無は自由だったね。行くなら僕が運転手を務めよう。今回ばかりは少々荒くなるかもしれないけど、そこは留意してくれ」

「あたしもついていってあげるわ。宝典魔術師が待ち伏せてたら、アンタじゃ勝てないものね」


 次いで立ち上がった琴乃も同行を申し出てくれた。

 善意からの判断だとは思うが、ふたりが付いてくるとなると、少々の不安があった。


「その気持ちは慧くんとしても嬉しく感涙ものだろうけど、今回はふたりとも邸宅で待機していてほしい。代わりに鏡花、君が同行したまえ」

「はい。了解です」


 鏡花が頷き、深く理由を尋ねることもなく了承した。

 一方で、拒絶された琴乃は納得がいかない様子で悠司に噛みついた。


「なんでよっ! あたしは退屈に留守番してろってこと!?」

「そうじゃないよ。琴乃くん、よく考えてみてほしい。複数人の同行も許可して、大胆な行動をしてまで慧くんを遠く離れた場所に誘導するのはどうしてかな? そりゃあ、慧くんの抹殺が目的かもしれないけど、せっかく戦力を思いどおりのタイミングで分断できるんだよ? 彼らにとって我々は最たる敵対組織だ。警備が手薄になるこの状況を、みすみす逃してくれると思うかい?」


 悠司の解説に、琴乃はばつの悪そうな顔をした。


「少なくとも、あたしなら逃さないわね……はぁ、そういうことは先にいいなさいよ。いいわ、社長の希望に従ってあげる。でも、どうして鏡花だけは行くのよ?」

「鏡花の得意魔術は多人数相手には向いてないからね。その点、琴乃くんは一対多に適してるし、君は優秀だと私は評価している。鏡花を連れていくのは、向こうで慧くんに救援が必要になった際に働いてもらうためだ。邸宅は琴乃くんと他のみんなだけでも大丈夫だと思うけど、万が一想定外の戦力が押し寄せてきたときの保険として、俊平くんも残っておいてほしい」


 社長から絶賛された琴乃は、どこか満足そうに胸を張っていた。

 俊平も人選に異論はないようだったが、素朴な疑問を口にした。


「構わないけど、ドライバーはどうするのかな? 急ぐなら、それなりに慣れた者でなければ任せられないだろう?」

「ああ、その点は問題ないよ」


 指摘には、緩い雰囲気を醸したままの悠司が答えた。


「運転するのは、この私だからね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ