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看破する瞳④

「さて、愚かなねずみに穴倉の在り処を教えてもらうとしよう」


 そういって、俊平は車を駐車場から発進させた。

 車のナビには周辺の地図と現在地を示す矢印に加えて、移動する赤い点が映っている。この赤い点は、敵の車両に仕掛けた発信機の位置情報らしい。

 目標が駐車場を出たあと、赤い点との間隔が充分にあいてから、俺たちは追跡を開始した。

 ともすれば、奴らはすでに機器の設置に勘付いていて、俺たちをどこかへ誘い込もうとしているのかもしれない。

 だが、奴らにそんな狡猾な発想ができるとも思えなかった。それが十年もフリーフロムに身を置いていた俺の見解だ。こうして観測してきた情報が役立つのなら、あの長い年月も決して無駄ではなかったのだろう。

 幹線道路を北上していた敵車両が脇道に移った。

 片側二車線の道路のすぐ左隣を走る細い側道だ。ナビ上に道路以外の表示がないことから、辺りに民家はなく、木々に囲まれた交通量の少ない道であることが想像できる。


「いかにも、といった場所だな」

「同感だね。穴倉もきっと、僕たちの想像通りの建造物なんだろうさ」

「廃業したが取り壊されずに放置されてる工場跡地とかな」

「敷地が塀で囲まれていて、入口に立入禁止のテープが三枚も貼られていれば上出来だね」

「まさしく想像に易いな」


 敵車両が側道に入って五分後、俺たちの車も同じ分岐点で側道に移った。

 側道と幹線道路は、二重の金網フェンスで隔たれていた。


「曲がったね」


 俊平の言葉でナビに目を落とすと、側道をひたすら直進していた敵車両が、ある交差点で左に曲がっていた。地図で見る限り、その地点は直進する道と右折する道で分岐しているだけで、左に曲がる道は存在しない。


「おかしいですね。曲がった先には道がありません。故障でしょうか?」

「そうでもないさ。見てなよ天谷さん。彼らの車が停車するよ」


 鏡花の素朴な疑問に、俊平は満足そうに頬を緩めた。

 数秒後、彼の予測どおり、赤色の点はナビ上では何もないはずの地点で停止した。鏡花は驚いた表情で運転席を見る。


「本当に停まりました。唐沢くん、どうしてわかったんですか?」

「ナビに道が表示されていなくとも、必ずしも道がないわけじゃない。何もない空間なんてこの世界には存在しないだろう? ナビを見てごらん。ほら、こうして走ってる僕たちの隣もナビ上では何もないことになってるけど、実際には林が続いてる。地図上には何もなくとも、実際には必ず何かが存在しているのさ」

「あっ、ということは、そこが彼らの住処というわけですか」

「ほぼ確実と考えていいんじゃないかな。上倉はどう思う?」


 ――わかりきったことを。


 結論は出ていたが、念のためにもう一度思考に耽った。

 簡単に決めつけるのも危険かと憂慮したが、やはり結論は揺るがなかった。


「同感だ。そこが奴らの新たなアジト、もしくは本拠地だろうな」


 ◇◇◇


 敵車両が最後に曲がった交差点付近の脇道で、俊平は車のエンジンを切った。

 一応道路の左端に車を寄せてはいるが、自転車はともかく自動車がすれ違えるだけの幅はない。通行妨害などで騒ぎを起こされるのは面倒だと思ったが、見える位置に民家はなく、頻繁に利用される道にも見えない。杞憂だと気にしないことにした。


「感心だね。これほどまで人目につかない場所、そうそうあるものじゃない」

「あいかわらず、ろくでもないことにだけやたらと利く嗅覚を持ってるらしい」

「実に便利な鼻だね。羨望さえ覚える。もっとも、悪に堕ちてまで欲しいとは思わないけどね。さ、僕の仕事はこれで終わりさ。ここで君たちの帰りを待つとしよう」


 一仕事を終えた俊平は、全身の筋肉を伸ばして座席に深くもたれた。

 鏡花はジッとナビを凝視していた。ナビ上では、五分前と変わらぬ位置で赤い点が点灯している。ここから一キロも距離はないが、回り道になる。歩いていくのなら、所要時間はおよそ十五分といったところか。

 座席の下に置いていた大刀と小刀を手に取り、後部座席のドアを開けた。


「上倉、マイクをつけておきなよ」

「忘れていた」


 脱力している俊平に注意されて、ジャケットの胸ポケットから取り出したイヤホンマイクを右耳に装着する。


「この習慣も、身につくまでは時間がかかるかもしれん」

「時間ならいくらでもあるさ。ゆっくり慣れていけばいい」

「暢気なものだ。これから敵の本拠地かもしれん所に行くのだがな」

「いざとなったら僕が手を貸すさ。それなら安心だろう?」

「お前がどれだけ頼りになるのか知らんが、遠慮なく救援要請を出せるよう心に留めておく」

「それでいい。僕らは仲間だ。頼って頼られて、それが在るべき姿ってやつさ」


 大層な台詞を吐いているが、ルームミラーに映る俊平は窓枠に肘をついて気の抜けた顔をしている。

 車を降りてドアを閉めると、反発したかのような絶妙のタイミングで運転席のドアが僅かに開いた。

 上半身を傾けた俊平がこちらを見ていた。彼の頬は弛緩していたが、瞳にだけは鋭利な眼光を湛えている。


「上倉、今日の君の任務は何かな?」

「敵地偵察だ」

「それは僕らの任務だろう。そうではなく、僕は君が君に与えた任務、君がやりたいことが何かを訊いているのさ」

「いってる意味がわからんな。何がいいたい」

「僕は君を止めるつもりはない。君がやりたいのなら、なんでもやってみればいいさ。要請されれば、僕もできるだけ手を貸そう」


 意味深にそういうと、運転席のドアは閉じられた。

 ……俊平の伝えたいことはなんとなくわかったが、おそらくは見当違いだろう。先ほどの俺と鏡花の会話を聞いていたのなら、話は変わってくるが。

 いずれにしても、ここで問い質しても時間の無駄だ。気を取り直して車の正面にまわると、助手席から降りていたメイド姿の鏡花が待っていた。

 ひらひらとしたスカートの裾が、木々の合間を縫って吹く澄んだ風に踊っている。


「歩きにくくないか?」

「歩きにくいですね。このヒールもそうですが、スカートの空気抵抗がとても強いです」

「偵察なら俺だけでも充分だ。鏡花も車で待機していて構わないぞ」

「いいえ。ついていきますよ。上倉くんがピンチになったら、守る人がいるでしょう?」


 あらかじめ考えてあったかのように鏡花は即答する。

 鏡花もそうだが俊平も、会ってまだ二日目だというのに俺を手厚くもてなしてくれていた。それぞれの背景にどんな想いがあるのかは不明だが、俺を罠にかけるつもりだとか、そういった疑いをかける必要は感じない。

 たとえ不自然でも、敵を追い詰めるという利害は一致していると解釈して間違いないはずだ。


「別に無理に止める気はない。そこまで心配なら、一緒に行くか」

「はい。後ろはお任せください」


 話がまとまり、二本の刀を腰の右と左に差した。

 移動を始めようとしたとき、ただでさえ戦いにふさわしくない格好の彼女が、まったく武装をしていないことに気がついた。


「例の薙刀は持っていかないのか?」

「あれは重いので。偵察であれば武器はいらないと思いますし、身軽なほうが都合が良くありませんか?」

「その戯けた立ち姿の奴がいう台詞じゃないと思うが」

「この服、そんなにおかしいでしょうか。でも心配いりませんよ。武器がなくても、制服を着てなくとも、上倉くんを守るための力はこの胸に宿っています」


 鏡花が自身の胸に手を重ねると、微弱な緑色の光が胸元を照らした。


「それもそうだな。ぐずぐずしていると敵に勘づかれるかもしれん。さっさと任務を終わらせるとしよう」

「はい。行きましょう、上倉くん」


 敵の見張りを警戒して、慎重な足取りで車を離れていく。

 意識を広範囲に拡散して、細心の注意を払って進む。

 俺のあとを、緊張しているのか気が抜けているのか判然としない表情の鏡花が、一歩分の歩幅をあけてついてきた。

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