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看破する瞳②

 住民で賑わう灰色の街の中心、モニターの地図上で青い丸が打たれていた大型スーパーに到着した。

 店の敷地内は何人もの警備員が巡回していた。

 しかし来客の数も半端ではなく、悠司のいっていたように、よほど目立つ格好をしていない限り事件を未然に防ぐのは不可能に思えた。

 警備員に身分と目的を明かし、店の正面入口が見える位置に車を停めて張り込みを始めたが、未だ不審人物は発見できていない。

 少し前、俊平が店内のファストフード店へ昼食を買いにいった。彼が席を外している間も、俺は後部座席から、鏡花は助手席から監視を続けている。

 任務中にも関わらず鏡花はメイド服だった。俊平も制服ではなくカジュアルな私服を着ていた。

 新人の俺だけが律儀に青色の制服に身を包んでおり、若干の違和感を覚えた。どうでもいい問題なため、文句をいうつもりはないが。


「監視から二時間か。現れないな」

「上倉くんの情報だけが頼りです。ですが、疲れたら休んでくださいね。無理は禁物です」

「座ってるだけで疲れる奴がいたら、どう休養を取れというんだ。それより、鏡花は暇じゃないのか? 奴らの顔は俺しか知らん。探してる人物がわからないなら、人混みを眺めていてもしかたないだろ」

「私では発見できないかもしれませんが、それでも私は任務を楽しんでいますよ。上倉くんの初任務が成功するか、ずっとドキドキしてますから」

「それで楽しいのか? 俺は買い物客を見物してるだけだが」

「はい。とても楽しいです」

「つくづく奇特な奴だな、お前も」


 助手席から後部座席を覗いて朗らかに笑うと、鏡花は車の正面に視線を戻した。

 監視の任務は続く。都市部の住民と思しき客たちは、全員が平和そうな顔で車から現れては、買い物袋を車にのせて駐車場から去っていく。人の往来は片時も途絶えることがなく、交通量に差があれども、常に客が入れ替わっていた。

 監視を続けている最中、鏡花が軽く息を吸い込む音が耳に届いた。


「昨日の女の子、千奈美さんというんですね」

「いきなりどうした。社長に訊いたのか?」

「いいえ。上倉くんが呟いたのを、イヤホンで聞いたんですよ」


 そういえば、昨晩千奈美と喋ったときはマイクを装着していた。彼女の名前を呟いた覚えはなかったが、どうも無意識のうちに漏らしていたらしい。


「それで、あいつがどうかしたのか?」

「どうということもないのですが、上倉くんとの関係が気になりまして。いつぐらいから一緒にいるんですか?」

「そんなもの、知ったところで役に立つ情報でもないだろ」

「立ちますよ。上倉くんのこと、もっと知れますから」


 本当にそれだけか。

 『ただ知りたい』なんて理由があるだろうか。

 俺が千奈美を完全に突き放したところを彼女は見たはずだ。なのに、俺と彼女がまだ裏で繋がっていると疑い、探りをいれているのか。

 彼女は裏表のない性格というが、それはAMYサービスの長である悠司の説明だ。AMYサービスという組織全体が俺をまだ疑っているのなら、鏡花が本性を隠している可能性もある。


 ――違うか。それだと、出会ったときの反応に説明がつかない。


 宝典魔術の捕捉情報がなくとも、鏡花が本能のまま生きていることはわかる。誰の目にも明らかなほどに。

 そんな彼女に対して根も葉もない疑念を抱く行為は間抜けなように思える。

 喋ってもいいだろう。

 俺自身、誰かに九条千奈美という少女を知ってほしいと思っていた。


「八年前だ。俺がフリーフロムに加入した二年後に、九条千奈美が入ってきた。俺も千奈美も当時は十歳の子供だった。子供であれば、それだけで人々は警戒心を解く。犯罪者からすれば最高の道具だ。俺も千奈美も便利な道具として育てられた。もっとも、その価値には雲泥の差があったがな。千奈美が特別な力を使えると知った途端、ボスは彼女に低頭するようになり、その分だけ俺は迫害された」

「そもそもなぜ、おふたりはフリーフロムに入ったのですか?」

「俺も千奈美も片方の親に売られたんだ。俺は父親に、彼女は母親にな。まぁそれも罠で、俺の父親も千奈美の母親も、金を受け取る前に殺されたがな。もう片方の親は、犯罪組織に加入する俺たちを〝凡人〟から進化――いや、退化させるための試験に利用された。俺と彼女に違いがあるとすれば、その試験で合格したか、しなかったかの違いだ。俺は試験に落ちたが、彼女は受かった。表向きは俺も合格したことになっているが、それは、俺の母親が合格したように偽装してくれたからだ」

「その試験というのは……」

「自分を育ててくれた親の殺害だ」


 彼女の顔は見えないが、閉口したことは雰囲気で感じ取れた。

 親の殺害。それも、相手は自分を換金しようとした下衆ではなく、守ろうとしてくれた本物の親だ。まともな人間なら殺せるわけがない。

 人は生まれたときから倫理観に行動を制限される。殺人のできる輩は〝外れた〟者たちだ。

 逆にいえば、〝外れて〟さえしまえば倫理に背くことに躊躇しなくなる。だからボスは買った子供たちを試験でふるいにかけて、〝外れる〟ことができなければ親子共々処分した。

 相手が大人というだけで歯が立たなかった当時の俺と千奈美が生き残るには、この手で大切な親を殺すより他になかった。

 実際に、千奈美は親の命を食らって延命した。ただ、それは千奈美の自発的な行動ではなく、彼女の父親がそう指示したからだ。

 子供に自分を殺せと命ずること、親に自分を殺せと命令されること。それが双方にとってどれほどつらいのか、俺はよく知っている。

 俺もまた、同じ命令をされたから。

 けれども、それでも俺は殺せなかった。

 ボスが見かねて〝不合格〟の烙印を押そうとしたとき、ためらう俺の握る刃に、監視の目を盗んで母親は自らの胸を突き刺した。

 俺は最後まで親に自分を守らせてしまった。生まれてからずっと守り続けてくれた人を救うこともできず、そればかりか自分のために死なせてしまった。

 親に恩を返すことは、もう叶わない。俺にできることがあるとすれば、それは、同じ過ちを繰り返さないことだと思った。

 だから俺は、この守られた命で、守りたい何かを守ると誓った。

 その誓いが俺の生きる理由、道を選ぶ基準となった。

 そして母親の死から二年後、俺は千奈美と出会ったのだ。


「上倉くん。私は、上倉くんのことが好きです」

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