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看破する瞳①

 フリーフロムによる襲撃を退けた翌日、邸宅の会議室に呼び出された。

 室内には先客が二人いた。扉を開けてすぐ左手にある大型モニターの前に悠司が立っており、その横で演台に置かれたノートパソコンに鏡花が目を落としていた。パソコンから伸びたケーブルはモニターの側面に繋がれている。

 モニターの映像を見やすくするためか、室内は照明が絞られていた。眩しいくらいに発光するモニターには、天谷邸周辺の地図が表示されている。

 鏡花の操作するペンの形をしたカーソルが、地図の中心にある天谷邸を大きな赤丸で囲った。

 映像を横目に見ながら手近な椅子に腰かけると、悠司が俺のほうに目を向けた。


「さて、話を始める前に上司らしく労いの言葉をかけさせてほしい。慧くん、昨日は大変な一日だったね。君ほど濃密な入社初日を過ごす人間もそう多くないだろう。自分がいた組織の裏切りからの敵対組織への即日電撃入社。社長の素晴らしき言葉に感涙した入社式。仲間と卓を囲んでの温かな食事。かつての仲間の襲撃、そして決別。いやぁ、私も最初に入った会社の初日を思い出したよ。とにかく、おつかれさま。そう、我々の会社には上下関係がない。ゆえに労いの言葉は常に『おつかれさま』だ。覚えておきたまえ」

「記憶に欠落があるようだ。一部の出来事に覚えがない」

「そうかい? まぁ終わった出来事なんてのは総じて些末なことだよ。大事なのは今日、そして明日からの未来だ。過去なんてのは、年に数回振り返るくらいでいい。過去の思い出に浸るより、未来の夢を目指したほうが生きる力が湧いてくるからね」

「素晴らしい名言だが、そろそろ本題に入ってもいいんじゃないか? 鏡花が暇そうだ」

「おおっと、ごめんよ鏡花。別に悪気はなかったんだ。これも社長としての義務でね。しかし申し訳ないことをした。怒ってるかい?」

「いいえ。でも、上倉くんもいってますし、そろそろ始めてもいいんじゃないでしょうか。そのために地図を映してるわけですから」


 鏡花は今日もひらひらとした白黒のメイド服を着ていた。嘘のような習慣だが、本当に毎日着ているらしい。気に入っているというのも本心だったようだ。


「やれやれ、ふたりともせっかちだね。手落ちの最たる原因は逸る心だ。何事も失敗しないためには慌てず騒がず、堅実に慎重に運ぶべきだよ」

「社長のは悠長というのですよ。もしくは冗長でしょうか」

「これは手厳しい。しかし、そうだね。せっかくの指摘を蔑ろにしては信用が落ちてしまう。早急に本題に入るとしよう」


 そういって悠司は端にある椅子に座って、机に片肘をついた。


「朝も早くから慧くんに来てもらったのは、フリーフロムに対する今後の行動方針を説明しておくためだ。そもそも我々がなぜフリーフロムを追っているか、その経緯はもう誰かから聞いたかな?」

「そういえば聞いてないな。多くの治安維持組織と同じように、警察から指示を受けてるんじゃないのか?」

「ふむ。ある程度は我々の事情を心得ているようだね。その通りだよ。我々は原則として警察、つまりは国からの指示でしか動かない。なぜだかわかるかい?」

「似たような組織の競合を避けるためだろう。知らぬうちに同一の敵を追っていたら、それもまた不測の事態となる。味方同士で足を引っ張り合う間抜けな失態を防ぐには、組織単位で管轄する存在が必要だ」

「話が早くて助かるね。まさにそういうわけだ。我々は敵の潜伏先特定から殲滅までを命じられている。愛国心に身を任せて活動していたところ、こうして慧くんと出会うことができたんだ。国に仕えるのも悪くないと思わないかい?」

「そう思えるようになれば、自分の選択を誇れるかもしれんな」


 悠司の戯言に適当に答えて、改めてモニター上の丸が打たれた部分を見た。


「で、その丸は何だ?」

「この家の位置だよ。鏡花、丸から都市部に向かって線を引いてくれ」


 指示を受けた鏡花がパソコンを操作して、地図上の天谷邸から左に向かって赤い線が引かれる。

 道路に重ねて引かれた線は、建造物を示す灰色の図形が密集する地域で止まった。


「これが昨日の襲撃者たちが逃走に使用したと思われるルートだ。見てのとおり、どうも都市部の方面へ逃げたらしい。てっきり廃墟に戻るかと思ったんだけど、それが意外でね。フリーフロムは都市部にも拠点を持っているのかい?」

「わからん。わるいが、俺も全部を把握してたわけじゃない」

「ふむ。それなら、犯罪以外の目的で藤沢や幹部が都市部へ出かけることはあったかな?」

「ボスと奴の雇った傭兵はよくどこかに出かけていた。おそらく仕事の関係で」

「なら、末端の者は働くとき以外アジトにこもっていたわけか」

「俺はそうだったが、毎週木曜日に食料の買い出しを命じられている奴が二人いた。俺は付き添ったことはないが、食料は盗んできたわけではなく金を払って購入していたようだ。おかしな話だがな」

「一週間分か。それが十数人分ともなれば相当な量だ。しかし金銭的な価値としては薄い。盗みの難度に対して割りに合わないと思ったんだろうね。賢いといえば賢いが、買い物か。それに、今日はちょうど木曜日だね。ふむ……」


 悠司は腕を組んで短く唸ってから、鏡花と向き合った。


「鏡花、都市部にある食料品販売店に丸を打てるかい?」

「はい。わかりました」


 首肯した鏡花が、都市部の五箇所に大小様々な青色の丸を打つ。丸の大きさは、店の規模を示しているようだ。

 悠司は新たに加えられた印を順番に眺め、最も大きな丸以外を消すよう追加の指示を出した。鏡花は即座に対応して、地図上の青い丸は一つになった。


「たぶん、ここがフリーフロムが懇意にしてる店だ」

「わかるのか?」

「さてね。でも、単純な推測だよ。木を隠すなら森の中、人を隠すなら喧騒の中。店内が広く来客数も多いこの店では、よほど目を引く服装でもない限り人混みに埋もれる。顔の割れていない犯罪者からすれば都合がいい。小さい店で常連になれば、顔を覚えられかねないからね」

「納得のできる理由ではあるが、そうなると別の組織も利用してそうだな。経営者も、まさか自分の店が汚れた金で潤っているとは思ってないだろう」

「それはどうかな? 入手方法が正当であれ不当であれ、懐に入れば関係ない。案外狙ってる客層には犯罪者も含まれているのかもしれないけど、それを防ぐのが我々の仕事だ。さて、私が君を呼んだ理由に、もう見当がついているんじゃないかな?」

「ここに行けってことか」

「習慣というのは、どれだけ些細なことであれども変えたがらないものだよ。それが人の習性だ。行ってみる価値はあると思うね」

「そう都合良くいくとは思えんな。ボスは身を隠す術には長けている。裏切った俺が生きていると知ったなら、不用意に買い出しになど行かせないだろ」

「果たしてそうかな? これまでの傾向からして、彼が敵を潰したいと考えてる確率は高い。どうせ潰すと思ってる相手をわざわざ警戒するかな? 自分が攻撃側だと認識している間は、なかなか敵の攻めを警戒できないはずだよ。藤沢が慎重に事を運ぶ性格なら、無駄足になるだろうがね」


 悠司の自説が正しければ、無駄足になる可能性は低いだろうが……


「知ってる顔を見つけたらどうする。尾行して、新たなアジトを突き止めるのか?」

「そこまで達成できれば上出来だね。だけど、今回はあくまで調査だ。間違っても攻撃をしかけたりはしないでね」

「当然だ」


 きっぱりと宣言して、体温で温まった椅子から立ち上がった。


「さっそく目的地に向かうとしよう」

「まてまて、まさか歩いていく気かい? 到着する頃には日が沈み始めてるかもしれないよ?」

「車でも貸してくれるのか? だがあいにくと俺は免許を持ってない。免許なしでも運転しろといわれれば、やってみてもいいが」

「ちょうど銃弾を受けて傷だらけの練習に適した車両もあるけど、慧くんが運転する必要はないよ。同行者を選出してあるからね。一人は鏡花で、もう一人は――」


 名前を呼ばれた鏡花が丁寧にお辞儀している途中で、会議室の扉が唐突に開いた。

 注目すると、背の高い銀髪の男が済ました顔で廊下に立っていた。


「もちろん僕さ。草原を走る馬車のごとく爽やかな運転で、上倉と天谷さんを目的地まで送り届けよう」


 言い方はともかくとして、拒絶する理由はなかった。

 ボスの新しい潜伏先は、おそらくフリーフロムの本拠地だ。AMYサービスを利用してその場所を知ることができれば、あとは機を待って袋叩きにすればいい。

 それで全部終わる。悩む余地などない。


「頼むから、今度は安全運転を心がけてくれ」


 切実なお願いに、俊平は腹の立つ顔で親指を立てた。

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