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第一章 火縄銃の撃ち方、教えます -1-

 都落ち。


 今朝で三日目になるけれど、秩父線の三峰口行電車が熊谷駅を出発して、窓の外をホームが流れていく様を見るたびに、私は都落ちの気分を味わわされる。


 そう……言うなればこの私、井上まつりは平氏! 一ノ谷の戦いで源氏の先鋒たる「日本一の剛の者」熊谷(くまがい)次郎(じろう)(なお)(ざね)(こう)に蹴散らされ、敗走させられた平氏の落人なのよ!!


 ハァァ~。

 この春から念願の熊谷生活を始める予定が、よもやこんな人生になろうとは……。


 埼玉県行田市なんていうもっさい町を出て、県北民が憬れる近隣随一の都市・熊谷に三年間通うつもりだった私の計画は、宇治川の戦いの木曽義仲ばりに打ち砕かれた。


 だいたい行田なんてさ。あるものといったら埼玉の県名の語源になった埼玉(さきたま)古墳群、古代蓮、『のぼうの城』で一躍脚光を浴びた(おし)(じょう)、埼玉ローカルで有名な「うまい、うますぎる」の十万石まんじゅう、それから生産量日本一の足袋。


 そこそこあるけど、どれもおしゃれじゃない。十万石まんじゅうは好きだけど。


 それに引き替え熊谷といえば――


 ヘアサロンから服屋さんまでおしゃれが詰まった駅ビル!

 8スクリーンもある映画館にスポーツジム!

 スタバにミスド!

 クレープ屋さんにサーティーワン!

 本屋さんに電気屋さんにアニメショップ!

 そして熊谷の象徴ともいえる、駅前の熊谷次郎直実像!!


 どうよこのおしゃれスポットの充実ぶり! 十万石まんじゅうとクレープの圧倒的なおしゃれ力の差を見た!?


 街並みもおしゃれで、市街地のど真ん中を流れる星川沿いには、クリスマスシーズンになればイルミネーションも楽しめる遊歩道が整備されているし、星川通りを西におさんぽしていった突き当たりには、星川源流の清流が湧き出すパワースポットとしても知られる星渓園。そこを右に曲がれば、有名ブランドや名店がたくさん入ってる埼玉県一の老舗デパート・八木橋百貨店だってあるわ!


 そして八木橋の裏手には、我が心の聖地・(ゆう)(こく)()! 直実公が一ノ谷で(たいらの)(あつ)(もり)を討ち、諸行無常を悟って出家、(ほう)(りき)(ぼう)(れん)(せい)と名を改めて開いたお寺があるわけよ!


 美貌の公達たる敦盛の首を、直実公が泣く泣く刎ねて手厚く弔うとか、まさに直×敦!!


 なんつったって、あの信長公が好んだ幸若舞『敦盛』の題材だもの。源平合戦きってのカプと言っていいだんべ!!


 ……コホン。危ない危ない。興奮すると忌まわしい方言が出ちゃうわ。気をつけないといけませんわね。


 ともかく、行田からJR高崎線でひと駅隣の熊谷駅。酷暑で有名な夏場には、ドライミストシャワーのお出迎えがある北口を出て駅前通りをまっすぐ徒歩七分。市街地のど真ん中に鎮座する、県北きっての名門女子高・(くま)(じょ)


 そこが私の母校になるはずだったのに! なんでこうなった!?


 ……いやまぁ、受験に失敗しちゃったからなんですけどね。


 よりにもよって受験当日にインフルエンザが発症して、苦手な英語と数学を終えたところでトイレでダウン。気がついたら病院のベッドで、悔やんでも後の祭り。


 得意の日本史も古文も活かせなかったし、悔しくてあの夜は泣いたなぁ~。


 まぁ当然のように不合格になっちゃって、慌てて行ける高校を探した結果、二次募集で滑り込んだのが秩父の()(はな)(ばたけ)高校だもんね。


 言うたらなんやけど秩父だよ!?

 電車だって、一時間に二本しかない、乗り遅れたら三十分待つ秩父鉄道だよ!?


 乗る駅もJR行田駅から秩父線の持田駅になって、通学にも一時間半かかるし。


 さらには降りる駅の名前が「御花畑」! 誰だよこんなファンシーな名前つけたの。


 電車が駅に停まってから扉が開くまでに妙なタイムラグがある秩父線で、熊谷を離れてどんどん田舎に向けて走っていけば、否が応にも都落ち気分にさせられるってもんよ。


 でも、そんな私よりも、もっと都落ちの人がいるのを先週の土曜日に見つけたの。


 熊谷に向かう朝の秩父鉄道はギュウギュウ詰めだから、持田駅から乗る私はドアの間際に身体を押し込んで、熊谷に着いたら一旦ホームに降りて、みんなが降りてガラガラになった車内に戻って、あとはゆっくり座っていくんだけど。


 私と同じ御花畑高校のブレザーを着て、同じく熊谷駅から乗り込む子がいるのよ。


 ネクタイも私と同じ、新一年生であることを示す赤。

 スレンダーで、背は私より頭ひとつ高い。一七〇センチ台に届いてるんじゃないかな。


 背中まで伸びたツヤツヤな黒髪ストレート、大きな猫目とぷっくり膨らんだ涙袋、それに口角が上がった唇。全体の印象は癒し系で、雑誌のモデルさんと言われたらああやっぱりなと思えるような、明らかに一般人から抜きん出た顔立ち。


 そしてその手に輝く、熊谷駅ビル『AZ熊谷』の白い買い物袋!!


 ありゃあ間違いなく熊谷住人だで! 行田から羽生に至る秩父線沿線住民は、言うたらなんやけど県北育ちの天然芋娘ばかりで(なにを隠そう私もその一人である。えっへん)、あんなおしゃれさんはいないもんね!


 熊谷に住んでいながら、熊女とか共学の熊西には行かず、JR高崎線で大宮や東京の高校に通うでもなく、秩父鉄道で三峰口行に乗り込み、御花畑高校に通学するのだとしたら。


 これはもう、私以上の都落ちでしょ!


 私、この癒し系黒髪少女のことを心の中で「都落ちモデルさん」って呼んでるの。


 今朝は思いきって相向かいの席に陣取って、小説を読みながら時々上目づかいにチラ見してるんだけど、ほんっと目の保養になるのよねぇ。


 別に百合百合な趣味とかはないけどさ。きれいな女子を朝から見られたら、その日をしあわせな気分で始められるもん。


 それに、ひとつ気になることもあるのよ。


 都落ちモデルさんは必ず先頭車両の一番後ろのシートの端、扉のすぐ横の席に座って、長いケースを席の横に立てかけるの。

 またそのケースが何が入ってるんだか、よいしょって感じで扱ってて、すんごく重そうなのよね。


 ヤベッ!

 ケースをガン見してて、都落ちモデルさんにすっごい見られてるの、気づかなかった!!


 うわ、ヘンな子って思われちゃったかな!? どうしよどうしよ!?

 ととりあえず小説読むふりして……ダメだ、全然内容が頭に入ってこない!!

 よし! 寝たふりだ! ぐー。


 ……やがて、春のぽかぽか陽気とやたらに揺れる秩父線の振動が、私を本当に夢の国へと導いていった。


 肩をとんとんされて気がついた時には、電車が御花畑駅を発車する直前だった。


 大慌てで電車から駆け出した背中で扉が閉まる。うわ、間一髪だよ。

 ふぅ…と息を吐き、手にしていたはずの小説本がないことに気づいて衝撃が走る。電車の中に置き忘れたか!?


「はい。落としましたよ」


 まさにそう思っていた小説本が目の前に提示され、その拾い主を見上げてさらに驚いた。

 都落ちモデルさんだった。


「あっ!? あの……あありがとうごじゃましゅ!!」


 完全に噛んでしまい、恥ずかしすぎてぺこりと下げた顔を上げられない私に、頭の上から声がかかる。


「新選組とか、好きなんですか?」


 ぱっと顔を上げた目の前で、都落ちモデルさんが口角をしっかり上げて微笑んでいた。

 うわヤッベ、この子超かわええ!

 しかも、もしかして歴女仲間を見つけちゃった!?


 小説本は新選組モノのラノベで、着けてたブックカバーが外れてたから、拾ってもらった時に若干BLくさい表紙が見られてしまったらしい。


 気恥ずかしさはあったものの、新選組を知っている女子というだけで、それ以上に親近感は爆アゲよ!!


「は、はいっ! 大好きです! あなたもお好きなんですか!?」


 興奮気味に問いかけると、都落ちモデルさんは少しすまなそうな顔を見せた。


「幕末はそんなに詳しくないんですよ。戦国時代が専門なので」

「あ、戦国時代……ですか」


 私も歴女の端くれ。日本史全般にそこそこ知識はあるけれど、()()のせいで戦国時代だけはダメなんだよね。とてもじゃないけど楽しく語る気分になれない。せっかく地元に忍城があるのに、それが原因で避けていると言ってもいい。


 おかげで平安、鎌倉、南北朝、室町(応仁の乱まで)、そこから時代が飛んで幕末を好むという、かなり変則的な歴史ファンになっちゃっている。


 話題を続けられなくなってしまい、お互いにちょっと微妙な空気になった時、都落ちモデルさんが「そろそろ学校に行かないと」と切り上げにかかった。


 私としては、もうちょっと話していたい気もしたけれど、反対方面の電車が到着して同じブレザーを着た生徒の群れが押し寄せてきたので、慌てて改札に向かった。


 上りと下りの到着電車が重なるこの時間の改札のごった返しっぷりは、熊谷のうちわ祭の三日目夜のお祭広場レベルだからね。


 人波に流され、気がついた時には都落ちモデルさんの姿が見えなくなってしまい、結局名前も聞けなかった。


「明日の朝は、思いきって隣に座ってみようかなぁ……」


 否応なく田舎の高校に通うことになり、クラスにもまだ馴染めず、なんとなく沈んでいた心に、久々の煌めきとなったこの出逢いを、私は大切に育みたいと考えていた。

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