序章 雨天 -1-
銃砲刀剣類所持等取締法
(所持の禁止)
第三条 何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は
刀剣類を所持してはならない。
三 第四条又は第六条の規定による許可を受けたもの(許可を受けた後
変装銃砲刀剣類(つえその他の銃砲又は刀剣類以外の物と誤認させる
ような方法で変装された銃砲又は刀剣類をいう。以下同じ。)とした
ものを除く。)を当該許可を受けた者が所持する場合
六 第十四条の規定による登録を受けたもの(変装銃砲刀剣類を除く。)
を所持する場合
「種子島先生、これ以上の続行は無理ではございませんでしょうか」
テントの軒先から曇天を見上げ、時間を追うごとに大きくなる雨粒を老眼鏡で受けながら、「花山鉄砲サミット」大会責任者の千葉氏が断腸の思いで呟いた。
全国古式砲術鉄砲サミットとは、全国各地の古戦場や城下町で時代まつりの呼び物となっている鉄砲隊や、古武道大会で火縄銃演武を行っている古式砲術流派が集まり、その地の御霊に演武を奉納する祭典である。
甲冑武者姿の演武者たちが、実際に火薬を使って繰り広げる火縄銃演武は勇壮で、それが各地より十数隊も集まるのだから、鉄砲サミットの観客動員力は古武道界屈指であり、全国から引く手あまたの一大イベントなのだ。
その鉄砲サミットが、東北の復興支援の一環として、宮城県の北端、栗駒山の麓にある花山の地で開催されることになった。
宮城県全域を含むかつての仙台藩は、戦国武将伊達政宗の肝煎りで鉄砲製造が奨励されたことから、実は江戸時代を通じて日本屈指の火縄銃保有藩であった。
そして花山村というのは、当時の軍事機密たる火薬の原料のひとつ、硝石の製造を担った場所なのである。
そのため花山の村落は長年、外部との交流を一切断ち、村への道筋には検断小屋を設けて侵入者を見張り、警備として百五十名から成る鉄砲足軽組まで組織されていたという。
長年存在を隠されてきたがゆえに、現在でも一般にはほとんど知られていないが、実情は堺や国友といった全国有数の鉄砲の生産地にも引けを取らないほど鉄砲との深い因縁を持つのが、花山という土地なのだ。
当然ここにも地元の鉄砲隊として、かつての鉄砲足軽組を祖とする花山鉄砲隊があり、その督頭を務める千葉氏は花山鉄砲サミットの開催に向けて、最も骨を折ってきた人物だった。
全国的に晴天の確率が高い十一月三日、文化の日を開催日と決め、一年半も前から準備を始めてようやく開催に漕ぎ着けた大イベントなのである。
だが天は無情だ。開催二日前に季節外れの大嵐が吹き荒れ、会場となった花山中学校の傍にある花山湖は、水面が上がって湖畔のキャンプ場を水没させるほどとなっていた。
幸い翌日には雨が上がり、湖も水位が下がり始めて決壊の虞もほぼなくなったため、予定通りに開催と決定。関係者一同は「明日は雨模様」と予想している天気予報を睨みつつ当日の朝を迎えた。
彼らの執念が天を動かしたのか、朝方には分厚い雲の切れ間から陽射しも覗き、人出もまずまずの中、地元復興の願いを乗せた花山鉄砲サミットが幕を開けた。
種子島流砲術宗家・種子島時葉師が、種子島家に伝わる筒長二尺三寸五分の日本伝来銃「古郷」の写しを使用して礼砲を行うという最高のオープニングイベントから始まった鉄砲サミットは、伊達藩と縁が深い岩手県住田町の五葉山鉄砲隊、片倉小十郎様式の鎧兜で統一された白石片倉鉄砲隊と地元周辺の鉄砲隊から次々に登場し、号砲を栗駒山に響かせていった。
ところが昼前から雲行きが怪しくなり、みるみる雲が厚くなって、大会も終盤に差し掛かったところでついに観客の頭上に冷たいものが落ち始めた。
雨が酷くならないうちに大会を終わらせようと、主催者側は朝の段階で各鉄砲隊に演武をなるべく急いで行うよう指示していた。だが、警察に事前に届け出ている火薬の使用量の変更はできず、演武も原則として申請通りに行わなければならないため、濡れた大地と空気が重く湿る悪コンディションに煩わされて演武が伸びることはあっても、短くなることはほとんどなかった。
それでも現在演武中の埼玉県・川越鉄砲隊が終われば残るはあと二流派というところまで来て、いよいよ本降りの様相を呈してきた。
なにしろ火縄銃の演武である。雨はまさに天敵だ。
一般には火縄の火が雨で消えるからだと思われるだろうが、八〇〇度で燃える火縄は多少の水分などたちまち蒸発させてしまう。
問題は黒色火薬なのだ。
火薬とは、硝石・硫黄・木炭の混合物だが、その中で最も重要な硝石は、「水に消える石」と言われるほど水に溶けやすい性質を持っている。
そのため黒色火薬も、火縄銃の点火装置のひとつである火皿に雨粒が入っただけで簡単に溶けてしまい、不発の原因になる。
最悪、暴発事故の遠因ともなるため、雨天中止は已む無しといえた。
ただ、残る二流派というのが、大トリを飾る地元・花山鉄砲隊と、女子高生のみの鉄砲隊として今話題となっている長篠流砲術隊であった。
この二隊こそが本イベントの目玉であり、これを目当てに来場した見物客も多く、千葉氏としても簡単に演武中止というわけにはいかないと理解した上での、苦渋の選択を迫られていた。
「花山鉄砲隊を先に回して、長篠流の演武は取りやめとしましょう」
大会本部テントの中央最前列に陣取る種子島時葉が、日本前装銃射撃協会の重鎮として冷静に判断を下す。
花山で開催する鉄砲サミットで、地元・花山鉄砲隊の演武を中止するという選択はさすがにないと判断したのだ。
この一言で肩の荷を下ろしてもらった千葉氏が、一瞬安堵の色を浮かべる。だが、たちまち表情を引き締めた。
「そないは言うたて、ここまできて一流派やけ取りやんぺんは、酷ちゅうもんでっしゃろ」
種子島師と並んで本部席に座る稲富流砲術宗家・稲富夢路が、千葉氏の心中を口にする。
関西の砲術界を統べ、関ヶ原の観光大使も務める稲富師は、祭りの流れの中で観客が求めるものに目敏く対応し、場を盛り上げるサービス感覚に長けている。
見物客が一番楽しみにしている長篠隊を、ここまで引っ張っておきながら中止にしては、せっかく盛り上がりつつある砲術界全体にとってプラスにならないと踏んだのだ。
「長篠流砲術の設楽先生を呼んやてらえまっしゃろか」