1st Day
人は何のために闘うのだろうか。
金か? 色欲か? 名誉か? 名声か?
自分のため?
それとも他人のため?
人は必ず闘争に意味を求める。
だが、この闘いには何の意味があるのだろうか。
勝つか敗けるか。
生きるか死ぬか。
ただ、闘わねばならない。
「誰がために?」
「何のために?」
それを考え出したら最期。
感情や思考が心を掻き乱し、無惨に散る。
ここは戦場、闘う理由はただ一つ。
「生き残るため」
▼
(ここは、どこだろうか?)
思考する。だが、分からない。
辺りを見渡す。扉が一つ。
後は何の変哲もない、ただの白い部屋。
家具もなければ、生活の痕跡もない。
そこに居るのは、"ワタシ"ただ独りである。
("ワタシ"?)
やれやれ。これが記憶喪失というものだろうか。
何故ここにいるのか、自分が誰なのか。
何一つ思い出すことができない。
(ん?)
右手に違和感を感じる。
どうやら何かを握っているようだ。
握り締めていた右の拳を解くと、くしゃくしゃになった白い紙が姿を現した。
(何か書いてある?)
紙には次の事が書かれていた。
姓: 滝谷
名: 周
性: 男
年齢: 17
能力: 生命力
(滝谷 周? それが"僕"の名前か。能力は生命力? これは何だろうか。)
そして、紙の最後にはこう綴られていた。
『闘って生き残りなさい。あなたが真に適者たらんことを』
(闘い? 適者? いったい何のつもりだ?)
考える。
考える。
だが、一向に答えは見つからない。
そして、その時は来る。
ギ、キキギィ…
重苦しい音を立てて、扉が開く。
考えずに進めということだろうか。
誰かに手招きされているかのように扉の奥へ進む。
そこには、果てしなく長い廊下が続いていた。
(進むしかないのか…?)
疑念。いやむしろ、無心に近いのかもしれない。
ただただ、闇雲に進み続けた。
▼
(ここは?)
気がつくと、先ほどの部屋よりも格段に広い部屋に立っていた。
相変わらずここも何も無い白い部屋である。
違いと言えば、どこにも扉が無いということ。
それから、五・六歩先の距離に少女が立ち尽くしているということだけだ。
「あの」
先に声をかける。
「あ、えっ、はい」
動揺しているようだ。
無理もない。きっと同じ境遇に置かれているのだろう。
「僕は、滝谷っていいます。キミは?」
「私は…… 竜胆… と言います」
小さな声で、途切れ途切れに応える。
まだ警戒しているようだ。
当然のことだろう。相手からすれば僕の存在は怪しい。
もしかしたら、自分のことをこのよく分からないゲームか何かに巻き込んだ犯人かもしれないのだ。
「竜胆さん聞いてくれ。多分キミと僕は同じ状況だ。何かしらのおかしなことに巻き込まれている」
「私も、そう… だと思います。でも記憶も何もなくて」
「そうか、キミも…」
成る程。共に記憶喪失ということは、考えにくい。
ともすれば、意図的に記憶を消されている可能性がある。
だが、当然確信は持てない。
(パニックに陥れてしまうかもしれないな。今は黙っておこう)
それから数刻。距離を保った状態のまま、お互いの持っている情報を話し、整理する。
だが、それによって新たに分かったことは少ない。
おそらく与えられた情報に不公平が生じてないということ。
部屋のつくりは同じということ。
初めは自分が男か女かも忘れていたということ。
長い廊下を進み、気がつくとここに立っていたということ。
そして、同じ条件が揃う中、能力だけが違うということ。
彼女の持つ能力は透視であった。
言うまでもなく、どんな効力があるのかは分からないようだった。
「とにかく、ここから出る方法を探した方が良さそうだな」
「そうですね」
「とりあえずこの部屋を見て回ろうか」
そう言って、彼女との距離を一歩詰めた瞬間であった。
「来ないで!!」
けたたましい声量で彼女が叫ぶ。
僕は気圧され、身体が強ばった。
先ほどまでの柔らかな弱々しい印象とはうって変わって、怯えながらも敵意を向けた目でこちらを睨んでいる。
「ど、どうしたんだ?」
敵意がないことを改めて示すため、出来る限りの作り笑いをしつつ、もう一歩距離を詰める。
「来ないでって言ってるでしょ!」
(突然どうしたっていうんだ? きっと、精神が不安定になっているのだろうが…)
「安心させて殺そうと思ってたの?」
「そんなつもりはない!」
「こっちには見えているのよ」
(殺す? 見えている? 何のことだ?)
「どういうことだ? 説明してくれ」
「シラを切るつもり? 信用できない」
僕が何かしたのだろうか。
否、何もまずいことはしていないはずである。
となれば…
(僕は何かを持っている? いや、そんなはずは…)
先ほどの部屋で何も所持していないことを確認していた。
まさかとは思いつつ、一応着ている衣類をまさぐる。
チャッ
何かの擦れる音。
(胸ポケットに何が…? そんなはずは…)
息を飲む。
手を伸ばす。
そして、何かを掴む。
「あっ…」
鼓動が高鳴る。
何かを掴んだ拳を見る。
間違いない。
これはナイフだ、折り畳み式の。
ずっと、見透されていたのか。
「いや、違うんだ。これは…」
緊張が走る。
言葉につまる。説明できない。
(まずいまずいまずいまずい…)
焦る。
焦る。
最早彼女が心を許してくれることはないだろう。
全身を悪寒が包み込み、掻いたこともない量の冷や汗がどっと噴き出る。
(落ち着け考えろ落ち着け考えろ落ち…)
その時だった。
「私も何も分からないの。ごめんなさい」
気づく。
一瞬のうちに零距離に彼女はいた。
焦りでいつの間にか周りが見えなくなり、大きな隙を生んでいた。
彼女は泣きながら、右手で持っていた何かを、僕目掛けて突き出す。
ズブリ。
嫌な音がした。
嫌な感触がした。
首の辺りに何かがめり込んでいる。
約3㎝。
(これは…?)
ゆっくりとそれを引き抜く。
ドクドクと赤い液体が流れ出てくる。
恐る恐る真っ赤に染まったそれを見る。
(これは… ボールペン…?)
そう認識した途端、強烈な痛みが僕を襲った。
「あぐぅっ、ぎぎぃっ…」
彼女の方を睨む。
泣いた顔に一瞬だけニタリとした表情が見えた。
(何故刺された…? 何故?)
そして思う。
感じる。
直感的に…!
(殺される…!)
直感的にそう思うと、あれこれと考えるより先に身体が動いていた。
右手が自分の意思を離れ、まるでそこだけ単独で生きているかのように、彼女を襲った。
この距離では、かわすことはできない。
一撃。ナイフがお腹にググッととめり込んでいく。
「痛っ…!」
二撃。三撃。
「あっ…ぐっ…うっ…」
彼女は叫び声を挙げる間もない。
五撃。六撃。七撃…
ハッと我に帰ると、自分の首だけではなく、全身が血塗れていた。
目の前には今度は虚ろな表情を浮かべた彼女が、見るも無惨な姿でぐったりと倒れていた。
僕の血と彼女の血とが混ざり、とても綺麗なピンク色で白い床のキャンパスを染めていた。
(僕が… やったのか? この手で…?)
確かなおぞましい感触は遅れてやってきた。
止まらない罪悪感とこみ上げる嘔吐感。
いつの間にか先ほどまでの猛烈な痛みは消え、今は精神的なショックが全身を侵していた。
そして、今更になって理解する。
(これが、闘い… 適者生存をかけた… 生存闘争…!)
闘う理由は要らなかった。
無論、意味も要らない。
与えられたこの状況。
必要なのは、ただ「生き残る」という目的だけ。
そのことに気がつくや否や、目の前が暗くなっていく。
僕は再び意識を失った。
▼
目を覚ますと、僕は最初の部屋にいた。
いつの間にか、傷は癒え、血塗れていた衣服も元通りになっている。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
既に僕がこの手で殺した彼女の顔すらも忘れかかっている。
(僕は案外薄情で残忍なのかもしれないな)
今回の闘いを通じ、僕は何を得たのだろうか。
きっと何もないだろう。
あるとすれば、目の前にある青白く光る得体のしれない球だ。
(これは…?)
そう疑問を抱いた次の瞬間、本能がそれを求めた。
気がつくと、得体のしれない球を口に放り、飲み込んでいた。
味も何もない。
ただ、少し何かが満たされたような気がした。
(これから僕はどうなってしまうのだろうか)
気力が湧かない。
考えたくもない。
何故ここにいるのかも。
どうやったら出れるのかも。
(明日もまた闘うのか?)
終わりの見えない闘いに身を投じた僕は、現実から目を背けるため目を閉じた。
― 1st day END ―
ご精読ありがとうございます。
不定期連載していく予定です。