第7話 美人を怒らせてはいけない、死ぬほど恐いから……
視聴覚室に入ると美人のお姉様方が出迎えてくれたのに全然嬉しくない。
なんでかって? お姉様方の鋭い視線がパネェからだよ。
「あなたを捕縛させていただきます」
その透き通るような声で言い放ったリーダー格の超絶美人に思わずうっとりしてしまうダイ。しかし気が付けば両サイドに別の美女2人が陣取っていてダイを椅子に座らせた。
両手に花? 馬鹿野郎、右門の虎と左門の狼だ。
捕縛すると言った割に手錠とか縛りとかは無かったが、両サイドの美女からダイが自力で逃げるのは120%不可能だった。美女だが立ち振る舞いが素人目に見てもプロフェッショナルだし。
特に右側の美女からは逃げられる気が全くしない、5人の中では一番屈強な体格でボディビルダーっぽい。欧米人らしく力自慢が売りの女性だった。
逆に左側の美女からは今直ぐ逃げ出したい。南米系の黒人でどこかセレブのような育ちの良さを感じる女性だった。しかし彼女の目はどこか不気味で、まるでダイの心の奥底まで見透かしていて丸裸にされているような気分だった。
肉体と精神の両方で捕縛すると言う意味では非常に最適な人員なんだろう、これ詰んだな。
「何故捕縛されているかお分りいただけているかしら? それはあなたが歩兵機に手を出したからなのよ。まずはその事実を伝えておきます」
そしてこのリーダー格のスゲー美人さん。北欧系の白人で透明感のある肌にプラチナブランドの髪とブルーの瞳の組み合わせがそりゃもう奇跡的で言葉を失くす。
女神とか言われたらもうこの人しか思い浮かばないぞ、いや冗談抜きで。
だがその美貌はどこか作り物めいていた。いや整形疑惑って意味じゃなくてな、この美人さんには表情が無いんだよ。
つまり無表情。
前に道を聞かれた時もそうだったけど彼女は一切表情を表に出さない。それがどこか彫像のようで芸術作品を彷彿させる、そういう類いの美人なのであって逆に言うと人間味の薄い、それこそロボットかと思うような近付き難いものがあった。
その所為かまるで年齢が分からない。他の美女は大体20代後半から30代前半の年齢層だがこの美人さんは20前半から30代後半、下手したら40代かとも思えるし10代でも通りそうな程にまるで見分けがつかなかった。
完成し尽くした美貌と言うのはそう言うものなのだろう。身体付きもモデルのような黄金比率であり、同時に兵士のような屈強さと洗練さを持ち合わせた完璧な肉体美だ、スーツの上からでもそれが凄く分かる。
その上アクセサリーの類いを一切身につけていない。多分それを身につけたら彼女の美貌は損なわれるだろう。美人さんの美貌とはそう言う次元のものだった。
「どうかしましたか?」
うっかり見惚れてしまってたダイを不審に思った美人さんが尋ねてくる、勿論無表情で。
「あ、えっと……凄く綺麗だなって」
ダイの奴、素直な感想がポロッと出たな。まぁ無理もない、俺もその場にいたら見惚れていただろうしな。
てか右の屈強美女が豪快な笑い上げてるし。左のセレブ美女もクスッと笑ってる。それでも美人さんは無表情。
「あら、日本人はシャイな方だとお聞きしていたのだけれど、このようなイタリアンボーイもいらしたのね」
ダイがイタリアンな訳無い、寧ろ滅茶苦茶シャイだ。
それがポロッと出てしまうくらいの美貌だったんだよ、あんたは。
「それだけあなたが綺麗だって事でしょ、リーザ。彼はただ素直なだけだわ」
なんか俺の意を汲んでくれたような感じで美人さんの右隣にいる美女がそうフォローしてくれた。
彼女はこの5人の中で一番の年長者っぽい。リーダーの美人さんにも上から物を言ってる感じだし、なんて言うか皆んなのお母さん的な存在だった。と言ってもまだ熟女手前くらいだけど。
美人と同じく白人で、オッドアイの目とグラマラスなボディがやたらと目を引かされる。ぶっちゃけ5人の中では断トツでエロい。
因みに美人の左隣にいた美女は東洋人だった。黒髪に黒い瞳、顔の彫りも浅い典型的な東洋美人だったが、でも日本人ではなさそう。中国か韓国辺りの人だろうな、多分。
ただ彼女は5人の中ではある意味一番目立つ、知性溢れるキャリアウーマン然とした雰囲気で仕事一筋で生きて来ました感のある知的美女だが、彼女が掛けている眼鏡はちょっと変わった形状をしていて左耳には謎のヘッドホンも装着、右手にはスマホともリモコンとも取れるような怪しげな機器を持って常に何か操作していた。
こうして見ると本当に個性豊かな美女揃いだぜ。これでもう少し視線が柔らかければ幸せなんだがなぁ。
「話を戻してもよろしいかしら?」
フッと我に返ってダイは反射的に頷いた。
「初めてお会いした時は事務的な質疑応答をしただけと思っているのでしょうけれど、その時あなたが歩兵機に乗っていたかどうかを密かに調べさせていただいたわ。あなたの年頃なら興味をそそられるのも分かるのだけれど、あれは無断で乗って良い物では無いの。公になれば国際問題にも発展する危険性を孕んでいるわ」
驚きはしたが予想はついていた。歩兵機を拒絶しつつあるダイもその辺の重大さは薄々分かりかけていたからな。
「勿論知らなかったでは済まされないわ。あなたがどこでどういう経緯で歩兵機を手に入れたのかは存じないのだけれど、結果として歩兵機に手を出した以上はそれ相応の処罰を覚悟してもらわないといけなくなるの」
処罰、分かってたけどいざ聞かされると結構ショックが大きいな。
「……それって、やっぱり逮捕ですか? それとも、島流しとか?」
「銃殺ってのもあるぜ」
右側の屈強な美女が男口調で恐ろしい事をさらっと言ってくれた。
いや、さらっと言うんじゃねぇーよ。ダイは昨日から死の恐怖をガチで実感している真っ最中なんだからよぉー。
あーあ、銃殺なんて言われて完全に竦み上がってるよ。でも情け無いとか言わんでくれよ、これが普通だから。
「勿論、それはあなたの協力次第よ。あなたが協力的であれば、処罰も軽減させられる。司法取引よ」
いや、脅しだし。
この面子でこの圧力かけながら取引とか言われても脅しにしか聞こえないし。
そして日本国内で司法取引は成立しない。
「答えて欲しいのは3つよ。1つ、あの歩兵機をどこで手に入れたの? 一介の高校生なら知り得る事すら無いと言うのに。どのような手段を講じたのかしら?」
洞窟で拾いました。てかダイが歩兵機を乗り回していたって把握してるなら、その辺も把握してそうなもんだけどなぁ。
しかし美人さんはダイが答える前に2つ目を言い出した。
「2つ、どうして歩兵機に乗れたの? あれにはセキュリティロックがかかっていた筈、専門の技術が無ければパイロット登録も操縦も出来ないのよ。それを普通に出来てしまえたあなたは、一体何者なのかしら?」
いや、一介の高校生です、はい。
いやいや、あれ簡単に乗れましたぜ。寧ろセキュリティ甘くないかって思ったくらいでっせ。
どうでもいいけど歩兵機に乗る人の事はパイロットでいいんだな。
「3つ、あの歩兵機は今どこにあるの? オッドアイと戦闘の後海岸沿いの洞窟に一度隠したのでしょうけれども、その後また移動させたわよね。まるで私達の目を盗んでしたみたいに」
「え?」
え? だよな。なんか聞き捨てならないような台詞が飛んで来たぜ。
「オッドアイ、あなたが港付近で戦った歩兵機よ。あれの詳細は教えられないけれど、敵であると言う事だけ覚えていればいいわ。それに―――」
「あ、違うんです! 眼帯野郎、の事じゃなくて、その……」
うん、そっちじゃ無い。聞きたいのはそっちじゃなくてその後。
「なに?」
その透き通る声にダイは僅かに躊躇ったが、しかし聞かなきゃならない。もし美人さんの言ってたことが本当だとしたら
「あの……洞窟に無かったんですか、ダオスロードは?」
そう言う事になるよな……って、うぉおおおおお!? なんか美人さんがキレたぁあああああ!!?
何故かいきなり、本当マジで突然、てか全く脈絡が見当たらないんだが、どういう事!?
で、その美人が突然鬼の形相で殺気バンバンの眼光を放ってる。なまじ超絶美人なだけに、そのキレっぷりは想像を絶する変わり様だった。もう死の恐怖とか、そんなの吹っ飛んでしまったわ。
今の今まで無表情を一貫していた美女さん、初めて見せた表情がこれって……トラウマものだな。
「あなた……どこでその名を!」
さっきまでの品性溢れる立ち振る舞いから一転、物凄い攻撃的な感じで詰め寄って来た。その目がもう、殺る気だって言ってるし。
ハヤセの時も思ったけど、女って180°変貌する生き物なのか?
「お、おいリーザ……」
良くない空気を察した屈強美女が美人さんを宥めようとしたが、その屈強美女を右腕一本で宙に投げ飛ばした。……バカな!?
こう言っちゃあ失礼だが屈強美女は背も高いし体格もがっしりしてるしその分体重もあるのは間違いないのに、それを軽々と投げ飛ばすって……あの細い腕のどこにそんな怪力が。
「ちょっとリーザ、あなた何やって……」
「止めなさいリーザ! エリザベータ・トロフィーニエヴナ・オベルタス大尉!!」
見兼ねたセレブ美女とグラマー美女が2人掛かりで止めに入るもやはり右腕一本で一蹴された。因みに知的美女はビビって動けなくなったっぽい。
超絶美人が台無しになる凶悪的強さ、ここに極まれり。
ダイも腰を抜かしていたし。このまま行くと胸ぐらを掴み上げられるのかなと思ったけど違った、それよりもヤバい事になった。
美人さんは胸元のスーツの内側から拳銃―――てかトカレフを取り出して直ぐ、ダイの耳元に発砲した。一切躊躇いの無い発砲で如何に本気かが伝わってくる、この女アブいぞ。
「答えなさい! 何故その名を……何故ダオスロードの事を知っているの!? 答えてっ!!」
いや、無理だし。銃なんか撃ったら答える口も開かなくなるって、ダイはビビリなんだから。
てか聞くとこそこなの?
それ以前に校内で銃声とかしたらヤバいんじゃ……あー、だから視聴覚室に呼ばれたのか。防音構造だし。
一頻り叫んだからか、美人さんは少し落ち着きを取り戻した風だったが
「……答えられないのかしら? それならこちらにも考えがあるのよ」
不気味な事を口にしたかと思えば、トカレフの撃鉄をカチッと引いた。なんか妖しいオーラも見えるような……ヤバい、こりゃマジで殺る気だ。
「もう一度聞くわ。ダオスロードの事をどこで―――」
「隊長、例の歩兵機が急速接近しています! 距離……っ! 来ます!」
突然知的美女が叫んだかと思ったら校庭の方で凄い轟音が響き渡った。防音構造の視聴覚室まで響いたんだからよっぽどのものだったんだろう。
流石の美人さんもそれは無視出来なかったらしく校庭に面した窓の方に向いた。窓はカーテンで締め切られていたが、そのカーテンを開けようとはせず逆に後ろへ下がった。
その直ぐ後だ。
外からカーテンごと窓を―――てか窓のある壁をぶち破って大きな手が中に入って来た。
その手を見てダイは悟った。これは歩兵機の手、多分ダオスロードだと。
その手は素早くダイの身体を掴むと直ぐに視聴覚室から手を抜いて校庭に躍り出た。美女軍団がトカレフを構えて容赦無く撃って来たが歩兵機にその程度のものが通用する筈も無く、ダイは歩兵機の手の中に守られていて難を逃れた。
ある程度距離を取ってから手を開き、その手に乗せていたダイを肩のところへ寄せる。
肩の向こうにある背中のハッチは開いていて、座席が迫り出ていた。まるでダイに乗れと言っているかのようなお誂えだぜ。
と、そこでダイは気付いてしまった。ここはさっきの視聴覚室からは離れているが直ぐ横には校舎、しかもダイのクラスの真横だった。
見られている。
ダイのクラスメートが窓の外で悠然と立つ巨大ロボット、歩兵機とその手の上に乗っていて今まさに操縦席へ入ろうとしているダイの姿を。
皆が皆驚愕の眼差しでダイを見ていた。同じ学び舎の同級生が、しかも最底辺として標的にされていたクラスメートが巨大ロボットに乗り込もうとしている。そんな現実離れした現状に只々驚愕していた。
そしてその中には宗谷美咲も当然いたし。
『最上ダイ、直ぐに歩兵機から降りなさい!』
その上全校生徒と職員に聞こえるような大音量で名前を呼んでくれた。ご丁寧な追い討ちどうもありがとう、もう学校には行けねぇーよ。
じゃなくてどこから声がしたのかと思えば、さっきの視聴覚室があった校舎に隣接する形でトレーラーが3台停車した。
その内の1台の荷台が、なんとワニの口のように上へ開いた。初めて見たぜ、あんな開き方する荷台。
そして荷台の中には、歩兵機が入っていた。
その歩兵機は荷台から出て立ち上がろうとしている。まだ操縦席に着いて無いダイとしては宜しくない状況だな。
「……もう、どうにでもなれ!」
意を決したダイはダオスロードに乗り込む。クラスメート達が見てる中での思い切った決断であったが、ある意味妥協した末の結果だったとも言える。
もう乗らないと決めていたのにもう後戻りが許されなくなった状況に立たされるとか、皮肉にも程があるぜ。
だが、こうなった以上は引き返せない。
だったら突き進むしかないだろ? 例え底無しの奈落だろうと、落ちるところまで落ちてやれぇー!
美女に気を取られてしまったけど、美人さん確か分隊長って言ってたよな。つまり軍人、しかも大尉って事はかなりの実力者って事になるよな。果たしてダイの運命は……悪い予感しかしねぇ。