第5話 初の歩兵機戦、勝てる気がしねぇぇぇぇぇ!
間もなく昼の1時になる。
噂の倉庫跡を遠目に捉えているダイは、今にも崩壊寸前の精神状態で少し離れた所に立っていた。
ハヤセの失踪があの脅迫状によって誘拐と確定して、しかも大事な歩兵機が無くなってしまっていた。
もうどうしろって言うんだよ。
色々悩んだ挙句、最後に行き着いた先は―――妥協案だった。
もう何もかも諦めて、けどハヤセの事は見捨てられないので指示通り言われるがままにする事にした。
それでいいのか、とか言わんでくれよ。歩兵機が無い今、16歳の小僧に出来る事なんざ高が知れてる。
てか無い。ぶっちゃけ無い。
まぁだからといって、言われるがままにしてたらいいと言う訳でもない。その辺ダイも一応は分かってるみたいなんだよな。
分かってるから頭の中がぐちゃぐちゃになって今にも精神が崩壊しつつあるんだけどな。
もう本当、どうしろって言うんだよ。
言っとくが警察に通報ってのは無しだ、同封された生爪を見てそんな事出来る訳ないだろ。
警察に限らず、誰にも言える訳ない。その瞬間ハヤセはアウトだ。
女子高生の生爪を無理矢理剝がすような輩だ、意に沿わない事をすれば何をするか分からない。ハヤセがアウトになる事だけは確かだが。
だったらもう諦めて素直に1人で行くしかないじゃん。
てか詰んでんじゃん。
ダイももう発狂寸前だし。それでも潔く行こうとする姿勢は買うぜ。
そしてリミットが迫ってきた。
ダイも腹をくくって倉庫跡に向かった。港付近に建てられて今は使われなくなった倉庫跡、人質を隠しておくには最適な場所だぜ。
倉庫は3階建てくらいの高さがあって、正面には重機も余裕で通れそうなデカい扉がある。しかも人が通れるくらいに開いてあるし。
ここから入れって事だな。
言われなくても入る。ダイは屁っ放り腰ながらに倉庫跡の中へ入る。
中は日が差し込んで明るかったが奥の方が階層になっていて、その下が影になっている。
その影の中で、人が座り込んでいるように見えた。
「……日向さん?」
急いで駆け寄ってみると、その影の中の人物が鮮明に見えてくる。
間違いない、日向ハヤセだ。昨日と同様に制服姿のまま、左手の薬指と小指がハンカチで包まれてるのは爪を剥がされたからだろう。
拘束されている様子は無かったが、制服はボロボロだし身体中のそこかしこに擦り傷のようなものも目立つ。かなり手荒な事をされたようだ。
「日向さ―――」
「最上君、後ろ!」
え? と言う間も無く、ダイは背後から来た。凄まじい衝撃に押されて前のめりに倒れた。
突然の事に頭が真っ白になったダイは、条件反射で衝撃のした背後に振り向く。
そこには、あのデカい扉をぶち破って入って来た―――歩兵機がいた。
歩兵機だ。全長8m前後ある人型巨大ロボット、それは間違いなく歩兵機だ。
ただし、ダイが乗っていたあの歩兵機じゃない。
全くの別機種だ。
比べると体格がプロレスラーの様にガッチリしていて、鈍重だがパワーがあって力強そうに見える。
左眼だけがバイザーで隠れていて、眼帯をしてるかの様な感じが印象的だった。
その歩兵機は大股で迫って来てダイに顔を近付けならがその目で捉えている。まるで何かを探るように。
『最上ダイだな、貴様が最上ダイで間違いないな!?』
歩兵機のスピーカー越しに聞こえて来たのは男の声だった。乱暴な物言いで、ヤクザなんじゃないかって思うような感じだ。
眼帯のイメージと合わせると、賊かもな。
『SR-7D3/MPM.ηはどこだ?』
「……え?」
何やら小難しい文字列を述べたけど、頭の悪いダイがそんな事分かる筈無いし。
『SR-7D3/MPM.ηはどこだ!?』
語尾が強くなった。どうやら苛立っているようだ。
「えっと……」
『ダオスロードはどこだと聞いている!!』
堪え兼ねたのか拳をダイのすぐ横に振り落とした。その威力はコンクリの床を凹ませる程にあった。
ダイが食らったら簡単にペシャンコだな。
『答えろっ! ダオスロードはどこだ? どこへやった!?』
質問してる割に答える間を与えてくれないのは気のせいだろうか?
まぁ大目に見ても、この眼帯野郎は気が短い。
何か答えないと今度はマジで叩き潰されるかもしれないんだが、しかし今の拳が振り下ろされた時点でダイは発狂を通り越して頭真っ白になってた。
ヤベーな。
『ダオスロードだ! しらばっくれても無駄だ、小娘から聞いたぞ! 貴様がダオスロードを最初に起動したとな!!』
流石にここに来てダイも理解が追いついた。
眼帯野郎が途中から言っているダオスロード、その前に言っていた小難しい文字列、それが意味しているのは―――ダイの乗ってた歩兵機の事なのだ、と。
「……あれ、ダオスロードって言うんですか?」
『質問をしてるのはこっちだっ! 答えろ、ダオスロードはどこだ!?」
ここだ。
歩兵機が喋れたなら、そう答えてただろうな。
当の本人ならぬ本歩兵機ダオスロードは横から現れて、左肩タックルで眼帯野郎を突き飛ばした。
横から。って倉庫のどこから現れたんだって話だが、どうやらダオスロードは倉庫の壁をぶち抜いて現れたようだった。
流石歩兵機、機体もデカけりゃやる事のスケールもデカい。
そして突き飛ばされた眼帯野郎は反対の壁をぶち抜いて倒れるし。
それよりダイもハヤセも乗って無いのにこのダオスロードが独りでに動いている事の方が問題だ。
誰か他の人が乗っているのかとも思ったが、そうじゃないとすぐに分かった。ダオスロードは眼帯野郎を突き飛ばした後、ダイの前で背中を向けてしゃがんだ。
するとハッチが開いて操縦席が出てくる。そこには誰も乗っていなかった。
無人で動いていたんだ、この歩兵機は。
「最上君! あいつがっ」
ハヤセが急いで駆け寄ってきたが、彼女が示した先であの眼帯野郎が起き上がっていた。
眼帯の無いもう片方の目がダイか、はたまたダオスロードかのどちらかを捉えている。
「……ヤバ!」
焦ったダイは直ぐさまダオスロードの背を登る。こういう時に運動神経が足りない事が悔やまれるな。
急いで登って操縦席に着いたのと、眼帯野郎のラガーマンばりのタックルが入ったのはほぼ同時だった。
「うわぁあああああ!!」
眼帯野郎のタックルをまともに受けて吹っ飛びながらも、ダイは何とか操縦席にしがみつく。
そして地面に叩きつけられる寸前でハッチが閉まり、ダオスロードが起動した。その時既に眼帯野郎の拳が迫っていたが。
「っ!?」
なすすべも無くその拳をまともに受けて、ダオスロードはまた突き飛ばされる。
気が付けば倉庫の外、人目が無かったのは幸いだがこのままいくと騒ぎを聞きつけて人が集まって来るかもしれない。
そうで無くてもこの一方的にやられている状況はよろしく無い。ダイは何とかダオスロードを立たせようとするも、眼帯野郎の追撃がそれを許さなかった。
地面に突っ伏して立ち上がる間も与えない程、眼帯野郎は執拗に攻撃を続けてくる。何故か武器を使わず殴る蹴るだけで。
その状況下にダイが感じたのは焦燥でも絶望でも無く、屈辱だった。
これは言わば、普段のダイの有り様だ。学生カースト最底辺で標的にされているダイ、その有り様が今の状況そのままだったからだ。
それが悔しく無い事は無かったが、自分にはどうにも出来ないと諦めて来た。ダイの妥協主義を確立させる最大の要因となったのだろう。
だが、今は違う。歩兵機ダオスロードを手に入れたダイは、自分はもう今までの自分じゃ無いんだと言う希望を持ち始めていた。
それが今、かつての自分と同じ有り様になっている。その事実に、ダイは自分自身が許せなくなると言う、屈辱を抱き出したんだ。
「うがぁー!」
眼帯野郎の踏み付けが来る直前でダイはうつ伏せから思いっきり上体を反らした。その結果眼帯野郎は足を持ち上げられる形となってバランスを崩した。
その隙を逃さず、立ち上がらないまま眼帯野郎の土手っ腹に拳を叩き込んだ。
バランスを崩していた眼帯野郎はその拳を受けて倒れ込む。それは見事な隙だった。
やるなら今しかない。
「くらえぇー!」
右腕を半回転して砲腕を展開、そして直ぐ様眼帯野郎に向けて波動砲を撃った。
楕円球状に歪む空間に灯る青紫色の光が揺らめく炎を思わせる実体の無い弾丸が眼帯野郎目掛けて飛来する。
当たった、筈だった。
しかし直撃を受けた眼帯野郎は、物の見事に無傷だった。
そんな馬鹿な話ってありか? 波動砲の一撃って崖の岩壁を物凄く抉ったぱねぇ威力だったんだぞ。
いくら奴が頑丈だとしても無傷は無いだろ。
『ちっ、油断したな。もう容赦しねぇ、なるべく無傷のつもりだったが、腕の1本や2本壊そうが構いやしねぇ!』
どうやら眼帯野郎はダオスロードを捕獲する目的だったようだ、まぁ冷静に考えてみればそうだと気付けたな。
故に奴はなるべく無傷で手に入れる為に殴る蹴るばかりで武器を使わなかった訳だ、なにせこいつが持っていた武器は捕獲用の武器じゃなく破壊専用の武器だった訳だからな。
て言うかハンマーだった。日本語で言うと鉄槌。
鈍重で力強そうなフォルムにピッタリな感じの、割とゴツめのハンマーだ。それを奴は背中に担いでいて、今右手に構えやがった。
あれで殴られたら歩兵機とて一溜まりも無い、恐怖に駆られたダイはまたすぐに波動砲を撃つが、眼帯野郎はそれを左腕で受け止めた。
いや、受け止めたのとは何か違う。
ダイも違和感を感じてもう一度波動砲を撃つと、やはりそうだった。波動砲の実体の弾丸―――波動弾は奴の左腕に当たると霧散していった。
よくよく見れば眼帯野郎の左腕にはIIの形に固定されたリブが付いていた。もしかしたらあれが波動弾を無効化させる装置なのかもしれない。
もう一度撃ってみようとして……エネルギー切れで撃てない事に気付かされた。おせーよ!
「え、ええっ!?」
ええっ、じゃねーよ。そんなチートくさい兵器がそう何発も連射出来るかってーの。
波動砲が連射出来るのは3発まで、それ以降は1発毎にチャージが必要になるが、ダイは既に3発撃ち尽くしていた。
『はっ、やはりか。小僧、貴様サーパストじゃねぇな』
「さ、さーぱすと?」
『センスが無いと言ってるんだ、歩兵機乗りとしては致命的なまでになっ! その程度じゃ成長したとしても伸び代は知れているぞ!』
うわっ、言っちゃいけねー事をズバッと言いやがった。悲しいかな間違ってねぇんだけど。
実際ダイにはセンスの欠片も無い、それどころか凡人以下だ。ぶっちゃけセンスのあるハヤセの方が乗るべきだったと俺も思う。
「う、うるさい!」
ダイは砲腕を折り畳んで右腕を突き出すと、手首の下からフックランチャーのフックを撃ち出した。
フックランチャー、これもダイがダオスロードの固定武器の一覧を見た時に知った。ダオスロードの両腕に備えられた補助用の武器で、上腕の方にリールでまかれたワイヤーと、前腕にワイヤーの先端が固定されたフックとそれを射出するランチャーが内蔵されている。
こういうのは色々と便利だが、直接的な攻撃には向いてないんだが。
しかし撃ち出されたフックを眼帯野郎は左手で弾き、その背後の古びたコンテナに刺さった。
『諦めろ、お前に歩兵機乗りは向いていな―――いっ!?』
その後自動的に巻き取られたワイヤーが引き寄せたコンテナをぶつけて、眼帯野郎を背後からの奇襲に(偶然にも)成功した。
更に引き寄せたコンテナからフックが抜かれると、ダイは思わずそれを持ち上げて眼帯野郎に投げつけた。もうやけくそ感がスゲーよ。
だが今度はうまくいかない、眼帯野郎はそれをハンマーで易々と薙ぎ払った。
『調子に乗るなぁあああああ!!』
そしてそのハンマーを振りかぶって襲ってきた。
その勢いにダイは動けない。だが負けたくないと、まだ闘志は消えていなかった。
その葛藤の中で、ダイは目の前に迫ってくる脅威から目を逸らさずにいる事が精一杯だった。
その時波動砲のエネルギーが1発分溜まったのは僥倖だったんだろう。ワンチャンスだ、砲腕を展開して波動砲を構える。
奴も波動砲を警戒していたのか、左腕を上げてきた。あの腕には波動弾を霧散させられる。
その前に当てる、と言う瞬間だった。
突然ダオスロードの側頭部ギリギリを何かが通過して眼帯野郎の左腕に命中した。
ダイには何が起こったのか分からなかっただろうが、俺の見間違えで無ければそれは歩兵機用の銃弾だった。
それが命中した事で左腕の装置は破壊され機能しなくなったのだろう。撃ち放った波動弾が直撃したのはその直後だった。
『ぐはぁっ!!』
まさか無傷と言う事は無いと思っていたが、結果は予想以上の破壊力だ。
ど真ん中とはいかず命中したのは右肩関節の辺りだった。右腕はハンマー諸共見事に吹っ飛び右胸も大きく抉れている、操縦席まで達していないのがちょっと不思議なくらいだ。
『ぐぅぅぅ……伏兵を潜伏させていたか、小賢しい事を……』
潜伏させてない。そんな味方がダイにいる筈ない。
だが波動砲が命中したのは奇跡だけじゃない、ダイも遅れて気付いたが今の幸運は外部からの力が働いている。それが何なのかが分からないから困るんだが。
『ちっ、今日は勝ちを譲ってやる。だが覚えておけ、次は無いとなっ! 俺は雪辱を忘れたりはしないぞ!!』
その捨て台詞の後、眼帯野郎は背中からミサイルを撃ち出した。
いや、ミサイルじゃなくてスモークだった。撤退時の必需品だよな、それ。
スモークはすぐに収まって風に飛ばされたが、その後に眼帯野郎の姿はなかった。
だがスモークが無くてもダイに追いかける気力は無かったし、何より勝った実感の無い空虚な心境に動けなくなっていた。
実際最後の波動砲が決め手になった訳だが、それも誰かの助力があったみたいだし。
そして背後を見渡すも、助力をくれた誰かは見当たらないし。
そもそも何で助けてくれたのか、それに助けたにも拘わらず名乗りをあげないのも意味が分からないし。
そんな訳の分からない中での歩兵機戦で初勝利、微妙過ぎて有り得無いわ。
倉庫の方で見ていたハヤセも、少し困った顔してる。
本当もうグダグダ、ダイらしいぜ。
「任務完了。オッドアイは破壊しきれず、想定範囲レベル2に留まる。ターゲットは無事、こちらの狙撃に気付かれた様子は無く、次の作戦移行に問題無し。しかしMPM.ηの出現に不可解な点が有り、調査継続を推奨する。………………了解、これより次の作戦行動に移行する。
……ふう、ジーザス」
歩兵機の外装って割と丈夫でな、歩兵機用の機銃とかでも数発なら耐えられるのが基本なんだわ。だから銃器類よりもハンマーとかみたいな直接攻撃の方が割と効果的だったりするんよ。それ容易に破壊する波動砲が規格外なだけでな。